その思い、しかと受け取った

 時間が止まる。

 いつの間にか、僕とあいすは裸になっていた。

 僕とあいすだけの静かな世界で、艶めかしい音だけが響く。

「ん……んむ……っ」

 その息遣いが、とても色っぽい。

 僕の唇を何度もねっとりと吸うあいすは、まるで謎の軍団の事を忘れたかのように、艶めかしく目を閉じていた。

 されるがままに唇を吸われる僕。

 酔うような甘い味に、全身の肌が触れ合う感触が合わさったら、抵抗なんてできやしない。

 何が何だかわからないまま、僕はその感覚に溺れていく。

 ようやくあいすが唇を離すと、とろけた目で僕を見つめながら、言った。

「何の事はない。私への思いを示してくれれば、それでいいのだ……」

「思い……?」

「そう、ゆうべと同じように、な……」

 ゆうべ……そうか。

 そういえば、今朝言ってたっけ。

 僕からいっぱい元気をもらった、と。

 もしかして、あれは比喩じゃなくて、本当にそうだったという事なのか。

 なら、力を貸してと言ってキスするのも、納得できる――

「あいす……」

 両手が、あいすの丸い肩に伸びる。

 すると、あいすは一瞬だけ唇を僕の唇に近づけて、催促してきた。

 今度はそなたから、と。

 もう迷わなかった。

 僕は自分から、あいすと唇を重ね合わせた。

 そして、沸き上がる感情に身を任せるままに吸う。

 あいすの細くてすべすべな背中を、強く抱きながら。

「ん……んむ……んん……っ」

 唇の吸い方は、どんどん激しくなっていく。

 あいすの色っぽい息遣いが、それをさらに加速させていく。

 僕はどんどん、その味に自分から溺れていく。


 ああ、好きだ。

 好きだ。

 好きだ、あいす。

 だから。

 だから僕は。

 君を。

 君を守りたい――!





 ――その思い、しかと受け取った。





 あいすの声が、聞こえたような気がした。

 すると、あいすの体が溶けて僕を包むような感触がした。

 とても、暖かい。

 裸の体に、新たな服が纏われる。

 周りの世界が、見る見る内に変わっていく。

 T字に並ぶ3つの画面。

 次々と表示される、無機質な映像。

 響き始めるタービン音。

 そして。

 僕の体は、僕を包む力に身を預け、急加速して真上に飛び上がった――


     * * *


 爆発。

 それをバネにするように、飛び上がる。

 体を押し潰すような強い力で、僕は目を覚ました。

「え……!?」

 目を疑った。

 なぜか、僕は空の上にいる。

 妙に狭くて座り心地もあまりよくない空間の中に、武骨なマスクとヘルメットを被って座っている。

 目の前には、無機質な表示が映る、3つの画面。

 その周りのあちこちに配置されたスイッチ。

 右側にあるのは、さっきから握ったままだった操縦桿。

 左手で握るのは、操縦桿とは形が違うスロットルレバー。

 ここには、見覚えがある。

 そう、僕が小さい頃ちょっとした出来心で入ってしまった、戦闘機のコックピット――

「ええええーっ!?」

 なぜか僕は、戦闘機のコックピットにいた。

 しかも、自衛隊のパイロットが着るフライトスーツ姿で。

 振り返ると、そこに見えるのは憧れていた戦闘機の翼。

 錆びたように赤茶色で、洋上迷彩や日の丸はないけど、翼端にあるランチャーで、それがF-2戦闘機のものだってすぐにわかった。

 しかも、ちゃんとまっすぐ飛んでいる。しかも、僕の操縦(?)で。

 なんで。

 なんで僕は、F-2戦闘機を操縦してるんだ――!?

『驚いている場合じゃないぞ! 敵が来る!』

 聞き覚えのある声がして、我に返る。

 突如鳴り響く警告音。

 振り返ると、あの黒い戦闘機が背後に回って、狙いを定めていた。

「うわっ!?」

 僕は慌てて、操縦桿を左に曲げた。

 操縦桿自体は、ほとんど動かない。

 でも、その力は確実に伝わって、機体はぎゅん、と左に傾いた。

 そのまま、思い切り引く。

 旋回を始める機体。

 直後、すぐ右を黒い弾丸が通り過ぎたのがわかった。

「ぐ――」

 途端、見えない力が僕の体を押し潰しにかかる。

 Gだ。

 旋回した途端、遠心力の要領で重力が何倍にも増して、体に襲い来るもの。

 それに耐えながら、旋回を続ける。

 身を乗り出すようにして振り返ると、黒い戦闘機の姿はなかった。

 振り切れたようだ。

『いい旋回だ。さすがは、私が惚れた男だ』

 と。

 不意に、そんな恥ずかしい言葉が聞こえてきた。

 この声は、もしかして――

「あいす……あいすなの!?」

『ああ』

 見ると、正面にT字に並ぶ3つの画面の右側に、あいすの胸像が映っていた。チョーカーとイヤリング以外は裸のままで、ふくよかな胸元が僅かに見える。

 まさかと思って計器盤を確かめると、右下に小さく『23-8114』と書かれていた。

『そなたの思いで、私はこの体を取り戻した。そなたとならば、あの敵を撃ち落とせる!』

「そうか、今僕は、あいすのコックピットに――」

 ようやく状況が飲み込めた。

 あいすは今、元のF-2戦闘機の姿になっている。

 そのコックピットに、僕がいるんだ。

 空を見ると、正面に地上で僕達を襲ってきた黒い戦闘機が1機いる。

 同じ戦闘機同士、なら倒せない道理はない。

 不思議と、怖くなかった。

 あいすと一緒にいるっていう感触が、確かにあるせいだろうか。

「やるだけやってみよう、あいす!」

『ああ!』

 あいすの返事を確かめると、僕はスロットルを思い切り押し込んだ。

 アフターバーナー点火。

 機体が、急激に加速した。

 その勢いで、正面から来る黒い戦闘機と一瞬ですれ違った。

 さあ、ドッグファイトの始まりだ。

 僕と相手は、互いに背後を取ろうと、急旋回。

 ほんの10秒程度の旋回で、あっさりと背後を取れた。

 その間に、スイッチを操作。

 下の画面で、武装を確認。

 生憎、ミサイルはない。使えるのは機関砲だけ。

 なら、照準をガンモードに。

 計器の真正面に立つ透明なヘッドアップディスプレイに、丸い照準器が表示された。

 ぐらぐらと不規則に揺れるそれを、黒い戦闘機の後姿へ、慎重に重ねる。

 今だ。

 操縦桿のトリガーを引く。

 一瞬、ぶーん、という音が後ろからして、光弾が放たれた。

 でも、当たらない。

 一瞬だけど、照準器がぶれて狙いが逸れた。

 なら、もう一度狙うのみだ。

 それにしても、なぜだろう。

 初めてのはずなのに、僕は操縦の仕方も、戦い方も知っている。

 ゲームのコントローラーとは比べ物にならないくらい多いスイッチの操作も、普通にできる。

 普通なら何年も訓練を重ねて習得しなきゃいけないものを、まるでゲームみたいに簡単にできている。

 本格的なフライトシミュレーションゲームなんて、やった事ないんだけどな。

 そんな事を考えている間に、2回目の射撃。

 今回は、カス当たりだけど当たった。

 黒い戦闘機が、煙を噴いたのが見えた。

 たかが一瞬でも、毎分の発射速度が4000発にもなるF-2の機関砲ならば、一瞬受けただけでも致命的になる。

『いいぞ! あと一息だ!』

 あいすが、僕の背中を押してくれる。

 それを追い風にして、射撃3回目。

 光弾はついに、黒い戦闘機を粉砕した。

 人みたいな姿だった時と同じように、光の粒となって砕け散った。

「やった!」

 思わず、ガッツポーズをとっていた。

『よし、初めてにしては、上出来だな……』

 なぜか疲れた様子の声で、あいすも褒めてくれた。

 よし、これで後は1機。

 思いの外疲れたけど、この調子で――

『だが、ユウ……』

 そんな時。

 不意に甲高い警告音が鳴り響く。

 何かと思って見てみると、『FUEL LOW』と書かれたランプが点灯している。

 燃料切れ?

 まだ、10分も飛んでないのに?

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