覗き見ている輩がいるようだ

「熱いから気を付けてね」

 ベッドに並んで座ってから、できあがった焼き芋を半分に割ってそっとあいすに渡す。

 あいすはそれをしばし見つめた後、そっと口に頬張った。

 熱いせいか噛んで味わうのもどこかおっかなそうだったけど、無事に飲み込んだあいすは、少し驚いたように目を見開き、感想を漏らした。

「……おいしい。甘くておいしいではないか」

 あいすの食べる速さが、少しだけ増したような気がする。

 恐らく初めて口にしたであろう食べ物は、どうやら満足してもらえたようだ。

「はは、それはよかった」

 そう言いながら、僕も右手で焼き芋を頬張る。

 でも、内心は複雑な気持ちで、どうも食欲が湧かない。

 あいすの裸体は、とてもきれいだ。

 2つの胸は大きく膨らんでいて、腰はしっかりと引き締まっていて、肌もきれいで。

 見ているだけでも興奮する――ものだけど、今は同時に悲しくもなってくる。

 こんな体の持ち主が、そう遠くない未来にいなくなってしまうかもしれないと思うと。

「……どうした?」

「ああ、ごめん。何でもない。これ、よかったら食べていいよ」

 見られている事をあいすに気付かれて、僕は慌てて焼き芋を押し付け目を逸らした。

 代わりに、左手に持っているもの――ベッドの脇に置いてあった約束の操縦桿に目を向けた。

 この操縦桿に託した約束は、もう叶わない。

 あいすは言っていた。

 そなたの希望になりたい、と。

 何もせずに消えるよりはずっといい、と。

 彼女もそれを知りつつ、僕に抱いて欲しいと頼んだのだ。

 そう長くは続かない、この関係。

 そんなのは、嫌だ。

 いつかは覚めてしまう夢で、終わらせたくない。

 離したくない。

 ずっと側にいたい。

 いつかは廃棄され消えてしまう運命から、助け出したい。

 でも、僕に何ができる?

 1機百億円もする戦闘機なんて、仕事も持たない僕にはとてもじゃないけど買い取れない。

 そもそも、この国は欧米と違って、退役した戦闘機を個人や民間に払い下げて飛ばす文化もない。

 つまり、僕には何もできない。

 僕の力では、あいすを救う事はできない。

 だから、諦めるしかない。

 でも、嫌だ。

 そんなのは、嫌だ。

 僕は。

 僕は、あいすと。

 あいすと、もっと――

 操縦桿を握る手に、自然と力が入っていた。

「何を思い詰めた顔をしているのだ?」

 そんな時だった。

 あいすが、僕の顔を覗き込んできたのは。

 自分の悩みを読まれたのかと思って、反射的に身を引いていた。

「ああ、ごめん。焼き芋、どうだった?」

 自然と、話題を焼き芋に逸らしていた。

 だって、言える訳ない。

 僕にはあいすを助けられない、なんて――

「ああ、おいしかったぞ。私はこの食べ物が気に入った。また食べさせてくれぬか?」

「そ、そうか。あいすが食べたいって言うなら、もちろん――」

 ああもう。

 どうしてこう、ごまかす事があるだけで面と向かってうまく話せなくなるんだ。

 何だか、自分が情けなく――

「ユウ」

 ふと、あいすに優しく声をかけられた。

 何かと思って顔を向けた途端、あいすがいきなり口元へ口付けてきた。

 同時に、頬をそっと舐め取られる感覚。

「口元に付いていたぞ?」

 唇を離すと、あいすはとろけた目で僕を見つめつつ、そう告げた。

 僕の心理を見抜いているのか、そうでないのかはわからない。

 ただ、あいすがしたい事だけは、すぐにわかった。

「さあ。続きをしようではないか……」

「あいす……」

 誘われただけで、僕は理性を奪われてしまった。

 さっきまでの悩みを、完全に吹き飛ばすほどに。

 操縦桿が自然と手から滑り落ちて、空いた両手が自然と、あいすのふくよかな胸に触れた。

「あ……っ、ユウ、そこ、は――」

 何とも形容しがたい柔らかな膨らみを揉む度に、あいすの表情が、どんどんとろけていく。

 構うものか。

 僕は、無防備に開いた唇を塞ごうと、自分の顔を近づけた――

「……っ!? 誰だ……!」

 が。

 急に声色を変えたあいすに、いきなり顔を両手で受け止められてしまった。

 見れば、あいすは僕ではなく窓際を見ている。

 何か物音でも聞いたような態度の変わりように、僕は戸惑った。

「どうしたの?」

「すまぬ、悪いが――」

 あいすが、僕の体から離れる。

 胸に触れていた僕の両手が、空しく解かれる。

 すくっと立ち上がったあいすは、窓際をじっと睨み始めた。

 何かを真剣に探っているような目。

 さっきまで快楽に溺れそうになっていたのが、まるで嘘のよう。

「あの、あいす……?」

「ユウ。どうやら、我らの営みを覗き見ている輩がいるようだ」

「え、覗き……!?」

 あいすの予期せぬ発言に、僕はますます戸惑った。

 覗き見ている?

 まさか、盗撮とか?

「すぐ服を着ろ」

「ちょっと、それって、どういう――!?」

 あいすはろくに説明もしないまま、床に落ちていたワンピースを急いで着始めた。

 仕方なく、僕も服を着始める。

 何だかよくわからないけど、本当に覗きがいたら大変な事になる。

 あいすが急いでいる様子を見ると、何だかただ事じゃなさそうな雰囲気だし。

 肩出しのワンピースを着終えたあいすは、相変わらず窓際をじっとにらんでいる。

 上着をようやく着終えて落ちていた操縦桿を拾うと、僕もあいすの視線の先を追う。

 でも、窓の向こうには何も見えない。

「そこにいるのは、誰だ……!」

 でも、あいすは確かに何かを感じ取っているかのように、見えない何者かに問いかける。

 すると、その答えと言わんばかりに、黒い何かが飛んできた。

 まるで流れ星のような、隕石のような、いや、ミサイルのような光の玉が、こっちに向かってまっすぐ――

「危ない、伏せろっ!」

 あいすが、とっさに僕を玄関へ引っ張り込んだ。

 直後、どん、という音と共に、目の前が一瞬真っ白になった。

 衝撃で吹き飛ばされ、床に倒れる。

 何が起きたのかよくわからないけど、気が付いたら僕はあいすが覆い被さっている形で床に倒れていて、部屋にはいつの間にか焦げ臭いにおいが充満していた。

 そして、僕は絶句した。

 僕達がさっきまでいたベッド周りの大部分が、吹き飛ばされて跡形もなくなり、燃え盛る火に呑まれようとしていたんだから。

 どう見ても、何か爆発物が爆発したようにしか見えなかった。

「な、な――」

「逃げるぞ、ユウ!」

 言葉が出ない僕を、あいすは起こして玄関へと飛び出す。

 僕も慌てて、後を追う。

 操縦桿を落としていた事に気付いて、慌てて拾ってから。

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