俺はもう、『はしな中毒』なんだ

 服や下着が乱雑に投げ捨てられたとある部屋の中で、はしなの一際大きな喘ぎ声が響く。

 奥にあるベッドでは、チョーカー以外一糸纏わぬ姿となったはしなに、やはり一糸纏わぬセイが覆い被さっていた。

「むぅ……んん……んむぅ……!」

 もはや何度目かわからぬ、激しい口付け。

 口を塞がれても尚、はしなの口からは艶めかしい声が漏れてしまう。

 まるで息をする事も忘れたかのように、2人は互いの唇を貪欲に吸い合う。

 セイの広い背中に回される、はしなの細い腕。

 そしてセイの手は、はしなのふくよかな胸の双丘に触れ、揉む度にはしなの声が高ぶる。

 ようやく互いの口が離れると、2人は止めていた息を大きく吐き出した。

 そして息を整えつつ、目を開けて互いの顔をしばし見つめ合った。

「どうやら、危険域からは、抜け出せたみたいだな……」

 セイが、視線を降ろす。

 はしなのチョーカーにある水晶は、本来の青い輝きを取り戻していた。

 だが、はしなの瞳はまだ物足りないとばかりにとろけた色を帯びている。

「ええ……でも、撃たれた部分を治すには、まだ――」

「わかってる、心配するな。明日はショーなんだ。治るまで、いくらでも付き合ってやる」

「ごめんなさい、セイ……あなたがいないと生きられないからって、無理させちゃって……」

「バカ言うな」

 セイが、はしなの唇に再度口付けた後、言葉を続ける。

「全然無理でも何でもねえ。むしろ生きられないのは、俺だって同じ」

「……え?」

「俺はもう、『はしな中毒』なんだ。何十何年前かもう忘れたけど、指輪を付けたあの日から、はしなの体がうますぎて、もうはしななしじゃ生きられねえんだよ」

 はしなの頬を、右手でそっと愛おしく撫でる。

 その薬指には、金色に輝く指輪がはめられていた。特に装飾はないが、「82-7847」という数字が彫られている。

「だからさ、俺もまだ全然食い足りねえ……もっと、はしなをおいしく味わいたいんだ」

「食い足りないって、そんな、不謹慎よ……」

「不謹慎な訳あるか。このまま消えて欲しくないくらい、はしなが好きで好きでたまらないって事だよっ!」

 セイが、不意に猛獣のごとくはしなの唇にしゃぶりつく。

 完全なる不意打ちに、はしなは抵抗もできずに口を塞がれ、激しく唇を吸われてしまう。

「……っ、も、もうっ、がっつきすぎよセイ……ッ」

 やっと口が自由になっても、はしなの言葉はセイに届かない。

 文字通りオオカミと化したセイの猛攻を前に、はしなは翻弄されるしかない。顔のあちこちや首元を、次々と唇で吸われていく。

 だが。

 その状況さえも、はしなは満更でもなさそうに笑んで受け入れていた。

「でも、私――そういう所も、好き……」

 一瞬の隙を突いて、はしなが自らセイの唇を塞ぐ。

 再び激しく唇を吸い合う2人。

 そんな中、はしなの左手が、何かを求めるようにそっと肩からセイの右腕をなぞっていく。

 その薬指には、セイのものと同じ金の指輪が。

 右手にたどり着くと、まるで引き寄せられたかのように指を絡めて握られる。

 薬指同士が交わり、重なった指輪は互いの愛を証明するように温かく輝いていた――


     * * *


「何? あらツバサが出現したと?」

「はい、ミズキ一佐。はしながショーのリハーサルを行っていた最中を、襲撃されました」

 冷たい風が吹く、松島基地の一角。

 そこで繰り広げられていた会話の様子を、くみなはどこか退屈そうにサロペットのポケットに両手を入れながら観察していた。

 会話をしているのは、彼女の「だぁりん」であるポニーテールの男と、航空自衛隊の制服を着た初老の眼鏡男だった。

「やはり、君達を狙ってきたという事か?」

「いいえ。たまたま鉢合わせたような感じだったと、くみなは言っていました。難しい話ではありません。目的地が同じならば、鉢合わせるのは必然。つまり――」

「まだ活動しているという事なのか? この用廃機を破壊した荒ツバサが――?」

 男は、その通りだと言わんばかりに、正面に顔を向ける。

 そこには、いくつもの残骸が4つ並ぶ池を作っていた。

 そのほとんどは原型を留めていないガラクタと化していたが、ところどころには、戦闘機の翼と思われる青いものが残っている。

 男が池のひとつに歩み寄ると、無造作に1個の黒い残骸を拾う。

 薄汚れてはいたが、数字の「4」を象った青いマークが描かれていた。

 ここは、スクラップヤード。

 廃棄された戦闘機が、解体の時が来るまで一時的に置かれる場所。早い話が、飛行機の墓場である。

「しかし、なぜなんだねジュン君? 奴らはもう目的を果たしたのだろう? なら、この周囲に留まる理由はないはずだ」

「あそこを見てください」

 ジュンと呼ばれた男は、ある一点を指差した。

 4つの池は列を作って並んでいるのだが、先頭と2つ目の間に、奇妙な空白地帯がある。

 まるで、本来そこにいるはずの存在が不在で、空席になったかのように。

「あそこだけ、残骸が散らばっていないでしょう? ここに隙間なく並べられていた5機が全て破壊されたのなら、1機だけ残骸も残さずに消えるのは不自然です」

「それは、どういう事かね?」

「ここにいた用廃機がツバサがみとして覚醒し、逃げ延びた可能性がある、という事です」

 ツバサ神。

 その単語を聞いた途端、ミズキと呼ばれた制服の男だけでなく、傍から聞いていたくみなも眉を動かした。

「そんなバカな!? F-2戦闘機は、まだ現役の戦闘機だぞ!?」

「現役かどうかは関係ありません。飛べなくなった戦闘機ならば、例外なくツバサ神になる可能性はあります。私も、正直驚きましたが――」

 そんな時、ふと足早に駆け寄ってくる影があった。

 ミズキと同じ、航空自衛隊の制服を着た男だった。

 彼は、ジュンにある1枚の写真を渡し、何やら耳元で話しかける。

 すると、ジュンは確信したようにうなずき、写真を受け取りミズキに向き直る。

「我々ヤハギファイターコレクションは、すぐ捜索に当たります。ここから姿を消したF-2戦闘機――114号機を」

 ジュンは、写真を見せて告げる。

 映るのは、スクラップヤードに並ぶ青い戦闘機。

 いずれも主翼をもぎ取られ、胴体だけの状態で無造作に放置されていた。

 その前から2番目に並ぶ機体の機首には、「114」と大きく書かれていた――

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