おめでたい席2

 バナナのバターケーキは綺麗なきつね色をしていた。


 丸いスポンジ生地に、上にはスライスしたバナナが、側面にも焼けたバナナが埋まってた。


 そしてその端に、くっきりと歯形があった。


「レットね」


「レットだね」


「レットですね」


 満場一致で犯人はレットだった。


「何? あいつは子供なの?」


「いやでもリバーブ、レットは自分の分を残してもらうためにかじったのかもよ?」


「そんなの口で言えばわかるし、言わなくても残しておくわよ。どうすんのよこれ」


「あーー、やっばり、そこを残して四分割するしかないんじゃないかな?」


「それしかないわね」


「あ、お湯沸きました。入れますね」


 あたしはかまどから噴いてるヤカンを取って、茶葉を入れてある白いポットにお湯を注いだ。


「あ」


 切り分けてるリバーブの声に見てみれば、ケーキの側面に、バナナをほじくり返した跡があった。


 それも、歯形とは少し離れた位置に、だ。


「……切っちゃった?」


「まだ大丈夫よ。歯形とこれとでギリギリ直角で収まりそう。それより、切り直すからこう、二つで一つのができちゃったんだけど」


「じゃあそれ僕貰うよ。正直、お腹いっぱいで丸ごとは多いから丁度良かったよ」


「そう? 悪いわね」


 言いながらリバーブは手早くケーキを切り分けて、小皿に分けてフォークを添えた。


 それで最後にレットの、歯形とほじくった部分を移そうと底にナイフを差し入れて、リバーブの表情が曇った。


 恐る恐るレットの部分を持ち上げ裏を覗く。


 あたしもつられて覗きこむと、底には鳥の骨がめり込んでいた。たぶん、真っ二つに斬られたウィッシュボーンだと思う。


「……レットは、本当に良い家出身なんですか?」


 思わず訊いてしまった。


「自信ないわね」


 リバーブがため息をつきながら骨ごと小皿に移した。


「レットはあんまり昔のことは話さないし、話しても信用できないから。最初の面接もやっつけだったしね」


「面接、ですか」


 紅茶をポットからカップに注ぎながら、あたしの好奇心が疼いた。


「あの、不躾な質問ですけど、なんで二人はレットなんかをギルドに入れようと思ったんですか?」


 他意のない質問だった。


 のに、リバーブとブラーは顔を見合わせた。


「……レットは、寝てるのよね?」


「うん確認したよ。でも、話すなら見張るけど?」


 ブラーに、少し考えてからリバーブは黙って頷いた。


 それでブラーはドアの所に椅子を持っていって、外を向いて座った。


「あ、そうだった」


 戻ってきて小さなケーキと紅茶のカップを手にまた座った。


「一応話すけど、あんまり面白い話じゃないわよ?」


「聞かせてください」


 あたしは好奇心を押さえる気もなかった。


 それで、リバーブは話はじめた。



「当然と言えば当然だけど、このインボルブメンツを最初に作ったのは私なの。当時の私は、高校は無事に卒業したけど就職には失敗しててね」


「え、リバーブがですか?」


 信じられない。


「資格を持ちすぎてたのよ。その時すでにギルド運営に必要な資格の九割は持ってたから、上から見れば優秀な人材でも、前からいる中で、被ってる資格の人が反対してね。ほら、私一人で他の資格を持つ人複数を切れる訳だから、その反発からもめてもめて、ことごとくダメだったの。で、なら自分で作ろうと思って、インボルブメンツを立ち上げたのよ。今はバブルだしね」


 リバーブは一口紅茶を啜る。


「でね。幸い資金はいくらかあったし、資格も言った通り九割持ってたから。でも一人じゃ流石にギルドは作れない、当然募集をかけたのよ」


「それで僕が入ったんだ」


 ブラーは小さなケーキを一口で食べ終えた。


「僕も仕事探してて、色々探してたんだけど、医療系の資格者募集ってあったからね」


「必要な資格の残り一割ね」


「うん。で、普通は、こうした資格を持つ人材を集め終わってからギルドを立ち上げるものだからさ。まさかゼロからとは思わなかったよ。それでもわざわざ募集するのは、引退とか不幸とかで抜けた時みたいに緊急の場合で、困ってるかなーって、思って」


「同情だったんですか?」


「というか下心かな? そんな状況なら少しはワガママ言えるし。それで会ってみたら想定外で、でもリバーブ見てたらほっとけなくて、そのまま入っちゃったんだ」


「なんか、グダグダですね」


「否定できないわね」


 リバーブはケーキのバナナにフォークを刺す。


「今から思えば世間知らず過ぎたのよ。だから調子に乗った。募集した日にブラーが来て、必須の資格持ちが揃ったのもあったわね。だから上手くいくと先走って、ギルド設立前、最後の一人が揃う前に仕事を入れちゃったのよ」


「そんなことできたんですか?」


「今でもできるわ」


 リバーブは刺したバナナを口に運ぶ。


 あたしも紅茶に唇をつける。良い香りだけど熱っい。


「で、最後の一人が揃わないわけよ」


 今度はスポンジを切る。


「考えてみれば当たり前の話で、護衛ギルドは戦闘ギルド、だから命懸けで戦うのが前提よ。給料以前に命が大事になる。なら、仲間が強くないと自分が危なくなるわけで。できたてで頭数も揃ってないギルドに入る物好きはいないわけよ」


「それにコネも必要だからね」


「耳が痛いわねブラー、そっちは未だに解決できてないし」


 ブラーに答えながらリバーブはフォークのケーキをしゃぶりとるみたいに食べた。


「そんななのに早々に補償金は納めちゃったってね。しかもわかってないままキャンセル不可の契約もしちゃったし、ギルドができる前に破産の危機だったのよ」


「あの時は、胃が痛かったよ」


 ブラーが頭を掻く。


「とにかく必死であちこちまわってさ。誰でもいいからと探してまわって、やっと見つけたと思ったら強盗だったりして、それで戻ってきたらリバーブは青い顔だったしね」


「それだけ追い詰められてたのよ。無職に破産とか、前日なんか一睡もできてないわ」


 リバーブは懐かしそうな、少し恥ずかしそうな口振りだった。


「それで当日の朝、レットがやって来たの」


「あ、やっぱりケーキの残りも貰おうかな。美味しかった」


「どうぞー」


 やってきてブラーは皿を差し出すと、リバーブは受け取って残りを乗せた。


 その隙に、あたしもケーキを一口食べる。


 バナナはネットりとして甘く、少し酸味があって、美味しいけどお茶がほしくなる。でもまだ熱くて飲めなくて、生殺しだった。


「忘れもしない。レットは最初からレットだったわ。上から目線でバカにした笑いで、あいつの履歴書になって書いてあったと思う?」


「新世界の救世主、とかですか?」


「それは口答ね。滅びかけたギルドに現れた華麗なるヒーロー、だったっけ?」


「華麗なる格闘戦士・インビシブルフォース・アルティメットデュエリスト・クリティカル・レット、推参」


 席に戻りながらブラーはスラスラと答えた。


「そうだったブラー、よくそんな長くてチープなの覚えてたわね。本人も三日で忘れてたわよ」


「流石にアレが初対面なら忘れないよ」


「それで正解だけど、その後レットが私に出した履歴書は、ほぼ白色だったわ。まともに書いてあるのが名前だけとか、それも名字無しで、未だにあいつのフルネーム知らないのよ」


 言ってリバーブは音もなく紅茶を啜る。


「口で訊いても住所、未定。学歴、忘れた。資格、俺であること。まともに受け答えできたのはホレイショの保険証ぐらいね。正直、悪ふざけか大馬鹿者か、本気で悩んだわ」


 もう一度紅茶を啜る。


「それで、開いた口がふさがらない私にレットは言ったのよ。こんなんでもお前らに選り好みする余裕はあるのか、だって、あの笑顔でね。あいつは、こちらがピンチだと知ってたのよ。むしろだから来たのかもと、あいつならあり得るから」


「……それで、雇っちゃったんですか」


「破産怖さに魂を売ったのよ。しかもいきなりサブマスターとかね」


「仕方ないよ。僕はヒーラーの役割があるから他を掛け持ちできないし、リバーブはマスターだし、なんにしろ誰かがならないといけないしね。それに時間も限られてたし、あの状況で他に選択肢は無かったよ」


「そうね。それに、最初の仕事さえ凌げれば、まだ希望は残る、なんて夢見て、受け入れちゃったのよねー」


 はぁ、と二人は同時にため息をついた。


「それで何とか揃って、いざ最初の依頼が、これがまた」


「やぁレット! こんな夜遅くにどうしたんだい! 明日早いんだから寝なきゃ!」


 大きな声を発しながらブラーはいきなり立ち上がった。そして見張ってた開きっぱなしのドアの向こうへと出ていった。


 それにあたしとリバーブは思わず身構えた。


「え! 何! 聞こえないよ! え! え!」


「トイレだっつってんだろどけブラー! どかねーならここでスッぞゴラ!」


 レットの怒鳴り声、そのすぐ後にレットは入ってきた。


 そのモジャモジャ頭はなんか、前後に潰されたみたいに平べったくなってた。寝癖らしい。


 そんなレットは眠たげな眼差しであたしとリバーブを見比べた。


「…………まーたお前ら、俺の悪口言ってたろ」


 ドキリとした。


「被害妄想よレット、あなたはあなたが思ってるほど特別な存在じゃないわ」


 リバーブに辛辣に言われながらも、レットは見比べるのを止めなかった。


「そういえば、ですけど」


 視線に耐えきれずにあたしは口を開いていた。


「ケーキですけど」


「そうよレット、あれはあんたでしょ。食べ物で遊ぶなってあれほど」


「あーあーあーあーわかってるよ」


 あたしの続きから言い責めるリバーブに、レットは適当に返事しながら通りすぎる。


「まだ直してねーのかよここのドア。セキュリティーって知ってっか?」


「あなたが直してくれても良いのよレット」


 リバーブの言葉に答えずレットは外へと出て行った。


 ……どうやら本当にトイレみたいだった。

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