インボルブメンツ

負け犬アベンジャー

プロローグ

プロローグ1

 世界が繋がり、広くなったのはつい最近らしい。


 それまで国や種族なんかはバラバラで、戦争ぐらいしか交流がなかったんだそうだ。


 それが変わったのは皮肉にも魔王のお陰だった。


 突如として現れた魔王と率いる魔王軍という強大な敵を前に、世界は団結して戦うことを選んだ。


 次々と同盟が作られた。国境が解放されて、文化交流や民族融和が進んでいったらしい。そして集められた七人の勇者によって終に魔王を封印することができた。


 魔王を失った魔王軍は大きく弱体化しながらも今なお健在で、現状は休戦状態らしい。


 それで、戦後復興と次の戦争の為に同盟は残されて、世界は繋がり、広くなったそうだ。


 それでも平和は程遠く、トラブルは尽きなかった。


 ▼


 これらは全部、あたしが物心がつく前の話で、だからいくら語られてもピンとこない。


 重要なのは、そのお陰でフローリッシュの街ができたことだった。


 地理的にはこのバルジ王国の北西の角にあって、大小の川と主要道路を通じて各要所にと繋がっている。外側には二つの国との国境に近く、同盟前は国境警備の為の基地しかなかった田舎だったけど、同盟によって国境が解放されて、物流が活発になって、各地へのハブとして急速に発展したのだった。


 最も新しく、未来ある街フローリッシュ、それが振り返る度に遠ざかっていった。カラフルで高くてハイカラだった建物、朝早くなのに行き交う多様な人々、憧れの都会暮らし、それが遠ざかっていった。


 そして橋を渡った先は、もう見慣れた田舎の風景だった。


 地面は土くれ、建物は古い石造り、人の姿はまるでない。


 それでもこれが唯一の夢への道だと思えば足取りは軽い。


 逸る気持ちを押さえながら地図を見直す。


 書かれた番地は、この辺りのはずだ。


 一件一件確認しながら進む。


 それで、見つけた。


 白地に黒字で『インボルブメンツ』ここだ。


 一度深呼吸。


 木の門を開けて中を覗くと小さな庭に石造りの二階建ての建物があった。庭には馬小屋、一頭分の小さなのがある。今は空のその前を通りすぎて建物のドアを叩く。


 「ごめんください!」


 声をかけ、ノックしても返事はなかった。


 ただ中から音がする。ガタガタというかモゴモゴというか、そういう感じの音だ。


 それが気になって、独りでにあたしの足は敷地の奥へと向かっていた。


 苔むした壁沿いに建物の横を通り過ぎて裏側へ。


 そこにはまた小さな庭があって、更にその向こうには他の建物と共用らしいトイレと井戸があった。


 音は建物の中から聞こえてくる。


 そっちに面した壁には裏口と、鉄格子のはまった大きな窓が見えた。


 そこから中を覗くと、そこは台所みたいだった。かまどの向こうにそんなに広くない空間、テーブルに食器棚、椅子が四つある。


 そのテーブルの向こうの椅子に、男の人が縛り付けられていた。


 金髪でモジャモジャの頭、口には布を噛まされてる。背は高めで細身ながら引き締まった体に花柄のシャツを羽織っていた。はだけた胸板には黒の幾何学的な入れ墨が彫りこまれてるのがわかる。


 そんな男が縛られていた。


 ……大変だ!


 裏口に急ぐ。


 鍵がかかってる。


 だけど立て付けは悪くて隙間が見える。


 迷わず前蹴りをぶちかました。


 踏みつけるようなあたしの一撃に一撃でドアが割れて開いた。


 室内に飛び込むとモジャモジャ頭の人は驚いたような青い眼をしていた。


「大丈夫です。いま助けますから」


 声をかけながらとりあえず口の布を外した。だけど体のロープは太くて硬そうで、素手じゃ絶対無理だ。


「包丁がそこに吊るしてある」


 言われて、青い瞳が見刺す先を辿ると確かに、かまどの上の壁に包丁が何本か吊るしてあった。


 一本をとってロープに切りつける。けど 太くて硬くて切りにくい。


「悪いが速くしてくれ。やつらが戻ってきちまう」


 男の人がモジャモジャで急かす。


「やつらって、縛った人達ですか?」


「あぁそうだ。黒のエルフとヤギ、あいつら問答無用で人を縛りやがって、あのドアから出ていった。今のうちに逃げださ」


 そう言いかけて、男が顎で指したドアがいきなり開いて、二人が入って来た。


 ドアノブを掴んでるのは浅黒い瞳と肌のエルフだった。短い黒髪で銀縁の眼鏡をかけた中性的な美形だった。軍服みたいな鎧で腰にはナックルガードのある剣を刺している。


 その後ろに続くのは黄色い目のヤギだった。頭がヤギだった。前のエルフよりも頭ひとつ大きく、重そうな鎧を着て、背中からは長い剣の持ち手が斜めに飛び出していた。


 二人は、あたしを見て、目を見開いて動かない。あたしも動けない。


 ……お互い固まってしまった。


「何してる逃げろ!」


 モジャモジャが叫んだ。


 それで固まったのがほどけた。


 あたしは素早く身構え素早く考える。


 逃げる、なら入ってきたドアがある。ここら辺の地理には詳しくないけど、助けぐらいはいけるはずだ。


 だけど、この人を残して行くことになる。まだロープは切れてないし、こうなっては逆に危険だ。


 なら一つ、守るために戦うしかない。


 一息飲み込み、覚悟を決める。


 包丁、だと危なすぎる。投げ捨てて拳を握り、正面に構えた。


 やるなら先手必勝、一気に突撃した。


 狙いは手前のエルフ、顎を狙っての右フックを叩きつける。


「ちょっと!」


 エルフは驚きの表情を浮かべながらも、左腕を上げてあたしの一撃を受け止めた。


 手慣れた動き、素人じゃない。


 思うと同時に硬い感触、エルフの籠手にあたしの拳が弾かれた。


 激痛、指のどれかが折れたらしい。


 それでもバランスを崩せた。なら、押し込めば倒せる。


 そう判断した時に新たな腕が現れた。後ろのヤギのが伸びてきてた。太く強そうな指、捕らわれたら面倒そうだ。


 追撃をあきらめ後ろへ飛び退いた。


 机が尻にぶつかっても視線は保ち続ける。


「落ち着いて」


 エルフは言いながら剣を、レイピアを引き抜く。銀色の針のような刃は、鋭い。


 ……どうする?


 自問の答えの前に視界が闇に包まれた。肌触りに臭い、頭から袋をかぶれされたらしい。更に袋が絞られ息が締められる。


 何処から? 誰から?


 狭い室内、左右にスペースはなかった。ならば死角は真後ろのみ。


 反射で真後ろに踵を蹴り上げた。


「ヒゴッ!」


 足応えあり。ひねり出すような悲鳴が聞こえた。


 同時に袋が緩む。


 咄嗟に転がり、起き上がりながら袋をとる。


 視界が開けた。


 壁を背に、構える。


 だけどエルフは、レイピアを床に投げ捨てた。


 意味がわからない。


「落ち着いて、行き違いがあるみたい。だから話し合いましょう」


 予想外の行動に、反応に困る。


「先ずは自己紹介から。私はリバーブ・フォーリンパイ。このインボルブメンツのギルドマスターです」


「……ぇ?」


 想定外の言葉に声が出た。


「ちょっと待ってね今見せるから」


 リバーブと名乗ったエルフは、腰から銀色のペンダントを取り出して、広げた手のひらに乗せる。


 程なくしてペンダントが光始めた。


 アーティファクト、これは身分証明用のペンダントだ。


 立体的で半透明な胸像として現れたのは、目の前にいるエルフのリバーブの姿だった。更に下にはリバーブの名前と細かな情報が並んでいる。


 これらはあたしでも知ってる。このアーティファクト固有のものではなく、魔力の種類がキーとなって事前に登録してあるアーカイブにアクセスして情報を映し出している。つまり偽造は不可能だと、学校で習った。


 つまり、やっちゃった?


「あ、僕はブラ・ブラ・グッドマン、普段はブラーと呼ばれてるよ」


 ヤギのブラーさんは言いながら胸元から別のペンダントを引っ張り出して見せる。それは、二本の棒が右巻きに捻れた螺旋、ジーン教のホーリーシンボルだった。


「この通りヒーラーなんだ」


「あ、どうも」


 答えながらも頭が回ってない。


「で、最後にアレが」


 リバーブさんが目線で示した床で、モジャモジャがのたうち回っていた。


 さっき後ろにいて蹴り上げたのは彼らしい。


「アレがレットね」


「アレ扱いかよクソエルフ」


 モジャモジャ頭のレットとやらがが唸るように言いながら、震える足で立ち上がる。


 何故か下はパンツ一丁だ。


 ……嫌な予感がして、頭に被せられてた布を広げる。


 それは、ベルトの付いたズボンだった。


 ばっちい!


 思わずそれを投げ捨てた。


 それを横目に、リバーブさんは続ける。


「私たちは、表の看板にある通り護衛ギルドで」


「……おい、なんか玉潰れたっぽいんだけど」


「うるさいレット」


「いやマジ、痛すぎて触れてないけどさ」


 脂汗を浮かべ股の間を押さえるレットの顔は、痛そうだった。とっさのこととはいえ、そうした加害者としては、何となく気まずい。


「あーもう。悪いんだけどブラー」


「え! あーーーうん、診てみるよ」


 リバーブさんに言われて前に出るブラーさん、そしてレットはパンツに指をかける。


「ちょっと!」


「脱がなきゃ見せらんねーだろーが!」


「だからってんな所で脱ぐ必要ないでしょ!」


「痛くて部屋まで歩けねーんだよ!」


 リバーブさんに怒鳴り返しながらレットはずり下ろす、その前に、ブラーさんがレットを抱き上げた。


 それはお姫様だっこ、リアルでやってるの初めて見た。しかも男同士とか。


「それじゃあ運ぶね。痛くない?」


「あ、あぁ」


 表情がイマイチわからないブラーさんに対して、レットは明らかに怯えていた。流石にこういうのは想定外だったらしい。


「じゃ、部屋で観てくるから」


 そう言ってブラーさんはレットを運び去る。


「大丈夫よ。あの二人はいつもあぁだから」


  出てく二人からリバーブさんに目線を戻す。その顔は、何故か少し悲しげだった。


「それで、もしかしてあなた、求人広告見て来たの?」


「はいお願いします!」


 今更、という自覚はある。だけど諦められない。


「そう……よね」


 答えると、リバーブさんは指で額を押さえながらため息をついた。


「…………あれは、ね」


「アーーーーーーーーーーーーーー!」


 突然男の、あのレットの悲鳴が響いた。


 思わずリバーブさんと顔を付き合わせる。


「……ごめん、ちょっと見てきます」


 返事をする前にリバーブさんは立ち上がり、声のした方へと足早に立ち去った。


 ▼


 ……手持ち無沙汰で、またされてる間に包丁を戻す。


 それとついでに割れたドアの破片を端に寄せてると、ふと床に落ちてるロープが目に入った。レットを縛ってたやつだ。


 太くて硬いロープ、それがスッパリと切断されていた。


 それも束のまままとめて、だ。


 どういう刃だろう? かなりの切れ味だ。だけど、あの身なりの何処に隠してた?


 考えてると三人が戻ってきた。


 先頭がリバーブさんで、その次にブラーさん、最後にレットだ。


 レットは、顔色が真っ青だった。


「マジかよ。クソが。なんでこんな……ウソだろ」


 ……なんかぶつくさ言ってる。


「レット」


 リバーブさんに言われて虚ろな眼差しを返す。


「ぶっ壊れる前に、今日何やらかしたか報告なさい」


「あ? いきなり部屋入ってきた赤目銀髪ポニテ巨乳色白の趣味丸出し女から仲間守って負傷した以外にか?」


「趣味って」


 虚ろなままでも酷い言われようだった。


「あんたが無断で新規募集かけた話よ」


「え……それって」


 リバーブさんの言葉に、思わず漏れ出たあたしの声に、場が凍りついた。


 三人は顔を見合わせてる。


「……まぁ、そうなんだ」


 沈黙を破ったのはブラーさんだった。


「今朝早くにレットが勝手に募集の広告を出しちゃって、それで僕たちは急いで取り消しに行ってたんだ。これ以上レットが悪さしないように縛ってからね。だけど間に合わなかったみたいで、だから……その、ね」


 言葉に、頭が真っ白になる。


「そうもいかないのよブラー」


「え?」


 真っ白に色が戻る。


「確認なんだけど、あなたここに来る前に、雇用契約の紙にサインした?」


 してきた。頷く。


「だよねー」


 リバーブさんがまた額を押さえながらため息をつく。


「あの、不味かったですか?」


 不安になって思わず訊く。


「あーー? 本契約はギルドマスターのサインが要るんだよね?」


「本契約はねブラー。だけど仮契約はサブマスターのレットので通るのよ」


「……まさか」


「あーそのまさかだブラー、サインしたやつをクランに預けといた」


「「レット!」」


 レットは回復してた。


「仮契約しちまった以上、新入りがヘマでもしない限り首にはできない。それが契約ってゆーやつだ」


 レットは歯を見せて邪悪に笑う。


「誰も歓迎してないが、ようこそインボルブメンツへ。歓迎するよー」


 レットはパンツ一丁で腰を振り続けた。


 それを、あたしの代わりにリバーブさんがぶん殴ってくれた。

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