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『ジョージへ


 この前、古本屋でジョージの話してゐた映画のブロマイドを見つけました。女優は綺麗でしたが、相手役の俳優がおじさんで、一寸違うなと思ひました。私とあの女優が似てゐるなんて、おこがましくて言へないけれど、もし私だったら、相手役はもっと若くて、王子様みたいな人がいいです。

 ところで、ジョージは私の顔を知ってゐるやうですが、私はあなたがどんな顔をしてゐるのか知りません。前はそんなに気にならなかつたのですが、最近、あなたのことをもつと知りたいという気持ちで胸が張り裂けさうです。

 あなたは、どんな顔をしてゐて、どんな声で話し、どんな顔で微笑むのか。考える度に、切なさが溢れ、苦しいです。こんなに沢山手紙でお話をしてゐるのに、私はあなたのことをほとんど知らない。ジョージという名前が本名であるかさえも。

 ねえ、ジョージ。少しだけでも直接会へませんか。

                     

スカーレット』



 些か抒情的過ぎるというか、恋に恋する自分に酔った手紙を、私は深夜にこそこそと書き上げた。机を離れ、部屋の窓から見える星空に祈る。この想いがジョージに届きますようにと。 

 読み返せば、恥ずかしがり屋の自分は赤面し、いたたまれなくなり、破り捨ててしまいかねないと分かっていたので、封印するように封筒に収め、糊付けして通学鞄に押し込んだ。


 次の日の昼休み、熱烈な想いの丈を不器用にぶつけた手紙を、図書室に持って行き、『物理学概論』に挟んだ時の記憶は正直あまりない。

 緊張で手はぬるぬるに汗をかいていたし、激しく高鳴る鼓動は止まらず、生きた心地もしなかったのだ。

 手紙を挟み終え、教室の自席に腰掛けた時、長距離走でも終えた後のような疲労感と火照りに、私はへなへなと机の上に突っ伏してしまった。

やってしまった。ついにやってしまった。もう取り返しはつかない。でも、あの手紙がジョージと直接会える糸口になるなら、後悔はしない。



私が清水の舞台から飛び降りるつもりでしたためた、想いが暴走したこっぱずかしい恋文に対するジョージの返事は、冷静で淡々としたものだった。



『スカーレットへ


 あの映画の相手役は、原作でも年上の野性的な魅力のある男という設定なので、僕は配役に文句はありません。が、君のような若いお嬢さんは、もっと中性的で華奢な青年の方が良いと思うのかもしれませんね。勉強になります。

 僕に会いたいと思ってくれる気持ちはありがたいですし、仕事を手伝って貰っている立場としては、君の希望は出来る限り叶えたいです。しかし、ごめんなさい、会えません。規則なので、許してください。

 ただ、ジョージとして君の前に現れることはできませんが、僕は君の傍にいます。


                 

ジョージ』



 手紙を読んでいる最中、何度も頭を鈍器で殴られたり、冷や水を浴びせられたりするような衝撃に襲われ、ぐらぐらと眩暈がした。

全文に渡って漂う、私の幼い恋心を軽くかわしているような雰囲気に傷ついた。女学生の告白をやんわりと、だが機械的に断る男性教師のような、優しく残酷な大人の対応と同じ匂いがした。

 成人男性のジョージにとっては、私は出張先で出会った現地の子供にしか過ぎず、恋愛対象になんて考えられない相手なのだろう。規則なんて体のいい方便だ。

 僅かな希望を残しているようにも読める最後の一文も、男性としてではなく、あくまで保護者としてという意味合いが強いように感じられた。

 返事を書こうと思ったが、何と書いてよいか分からず、午後の授業の開始を知らせる鐘が鳴るまで、私は図書室の隅にある本棚の前に立ち尽くしていた。

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