翌日の昼休み。焼却炉裏でいつも以上に大急ぎで昼食を終えると、私は不安と期待の織り交じった気持ちで、小走りに図書室を目指した。

 閑古鳥の鳴いている閲覧用の机の横をすり抜け、一直線に『物理学概論』のある書架に向かった。

 はやる気持ちに張り裂けそうな心臓を抑え、落ち着いて、黄ばんだページを捲る。昨日と同じ、真ん中あたりのページにメモは挟まっていた。今日はノートの切れ端ではなく、二つ折りにされた桜色の千代紙だった。

 まるで通知表を貰った時のように、おっかなびっくり開いてみると、例の華奢な筆跡が目に飛び込んできた。



『初めまして、スカーレット。返事ありがとう。僕の名前はジョージといいます。百年後の未来から、ある調査のために来ました。よろしくお願いします』



 筆跡や女学校の図書室という場所柄から、メモの主は女性だと思っていたのだが、名前や一人称は男性のものだった。私にはてんで理解できぬ行動だが、女学校には、髪を短くしたり、男言葉を使ったりして、男装の麗人の如く振る舞う生徒が学年に一人はいる。ジョージの正体もそういった生徒なのかもしれない。

 それにしても、百年後の世界からやってきた未来人とは、大きく出たものだ。『よろしくお願いします』と書いてあるあたり、今後も私とのやりとりを継続させたいと考えてくれているようだが、一体どんな反応を私に望んでいるのだろうか。やはり、未来人という設定に便乗し、未来の世界のことやタイムマシンのこと、来訪の目的を聞いてやるのが望ましいのだろうか。

 少し考えてから、私は千代紙の余白に返事を書いた。



『こちらこそ、よろしくお願ひします。ジョージは百年後の世界からやつてきた未来人なのですね。びつくりしました。百年後の世界はどうなってゐるのでせうか。タイムマシンはどんな乗り物なのですか。乗り心地は良いですか。何で、この時代の、この学校に来たかも知りたいです。質問ばかりでごめんなさい。 スカーレット』



 さあ、ジョージ。あなたのセンスを見せて頂戴。少年雑誌の焼き直しみたいな半端な答えでは、スカーレットは満足しないわよ。

 謙虚な文面に反し、私は試験官のような、上から目線の心持で千代紙を本に戻した。こんなにうきうきと浮ついた気分になるのは一年ぶりかもしれない。友達を失い、独りぼっちで過ごしていたこの一年、私は心躍らせながら、他人の反応を待つという行為を全くしていなかった。

 正体も分からないくせに、拙速にも、私はジョージという新しい友人が出来たつもりになっていた。

 別に、ジョージが本物の未来人ではないことくらい、承知している。ジョージ本人だって、自分が昭和十五年に生きる現代人であると分かっているだろう。それでも、突拍子もない空想の世界設定を共有し、二人だけの秘密の世界で、自由気ままにおしゃべりできる状況はこそばゆく、魅力的だった。また、未来人を自称するような面白い人物が、この真綿で出来た牢獄の如き女学校のどこかにいて、その人と個人的に文通ができそうだという望みは、独りぼっちの少女に一筋の光明を与えた。

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