外伝その4a.父母アリ遠方ヨリ来タル (上)

 さて、あえて不興を買うかもしれない言い方をしますが、この(HMFLを模した)世界は、極論すれば牧瀬双葉さん(=リーヴ)のために造られた場所です。

 リーヴ“だけ”ではなく、その他(リタイヤした人も含めて)この世界に転生した3人のためでもありますが、それにしたって僅か4人のために作られた、きわめていびつな世界であることも間違いありません。

 ──いえ、“歪”というのは言い過ぎでしょうか。元々モデルとなった『HMFL』というゲームが8年にわたって展開され、その過程で様々な公式設定が補完され、時にはファンのあいだで議論や矛盾指摘などもあった(そしてある程度公式に吸収された)おかげで、少なくとも100年や200年では簡単に崩壊しない程度には安定しています。

 例の件で転生した他の人のなかには「えっ、そんな(アホな)設定でいいの? これ、下手したら3、40年くらいで世界中が滅茶苦茶になるんだけど……」と、思わず首を傾げたくなるような世界を望んだ愚者つわものもいるのですから。

 ……え? 「そんな世界までわざわざ作ったのか」ですか?

 ええ、まぁ、可能な限り安定するよう、色々、目につかないところで手を入れてではありますが、作りました。たぶん、転生者本人がよほどの無茶でもしない限り、その人が寿命で死ぬまでくらいは一応、世界は滅びずに済むんじゃないですかね──その後は保証の限りではありませんが。幸か不幸か、不老不死とかそれに類する願い事をした転生者ひとはいませんでしたし。


 話を元に戻しましょう。

 “この”世界は、リーヴたち転生者のために作られた世界ではありますが、だからといって転生者たちに万事都合よくできているわけないことは、リーヴ以外の3人の日常くらしを見ればおわかりでしょう。

 そもそも、最もこの世界に適応しているリーヴだって、何の苦労や失敗もせずに日々を過ごしているわけでないことは、よく御存知なはず。本人も、能力的にはともかく、今の(精神的に未熟な)ままで本来のランクである超級オーバーマスターにふさわしい巨獣や怪獣と対峙したら、「俺TUEEE!」どころか数分でお陀仏だと自覚していますしね。


 でも逆に。

 この世界で生まれ育った、ゲームになぞらえるなら“NPC”とでも言うべき人々の中にも、超級よりさらに上の“達人アデプト級”の腕前と鋼のメンタルを持つ狩猟士がいたっておかしくはないわけです。なにせ、元の『HMFL』にも少数ながらそんな“修羅”が存在し、制度システムとしてもちゃんと世界TOP100の「達人」の存在は保証されているのですから。


  * * *  


 「両親に会って欲しい」

 女の子から面と向かってそう告げられた時の適切な回答を、皆さんは即座に見出せるだろうか。


 1.ごめん、キミとは遊びだったんだ

 2.わかった。覚悟を決めるよ

 3.も、もう少し猶予モラトリアムをくれないか?


 その時、おれの脳裏に浮かんだ選択肢はその3つだったが──もちろん3つとも蹴っ飛ばして、私は至極無難な言葉を、“年下かつ同性の友人(まぁ、向こうはこちらを先生扱いしてくれてるが)”に向かって返す。

 「ふむ。別に構わんが……ヴェスパのご両親は確か、現役の上級狩猟士ではなかったかね?」

 そう、さっきの台詞を投げかけてきたのは、私がこの世界で最初に指導した新米狩猟士3人の内のひとり、ヴェスパだった。

 ちなみに場所は、おなじみ“釣り人の憩い亭”の食堂で、ヴェスパ以外にも、彼女の相方であるノブと徒党仲間のロォズも同席している。

 彼女たちが、下級狩猟士としての最初の“壁”とも言える大角羚羊アストーラスを討伐したと聞いて、お祝いがてら食事に誘った席で、そんな話を振られたのだ。

 要するに、先刻の申し出も、「依頼がてらカクシジカ付近まで来ることになったので、娘と義息子(予定)の顔を見に来る。ついでに、教え子の親として、お世話になった先生に挨拶しておきたい」という至極常識的な発想から来もののようだ(手紙にそう書いてあったらしい)。


 「その通りであります! 手前味噌になりますが、父上と母上は我が故郷ロロパエに於いては狩猟士としては別格の“狩猟師ハントマイスター”として、巨獣の脅威から周辺地域を護っているのであります」

 基本的に、狩猟士の“客観的価値”はハントランクによって判断されるが、その中でも「狩猟師」という呼び名は少々特殊で、ざっくり言えば「上級に達した腕利き、かつ周辺の人々からの評判が良く、協会からの感謝状を何枚も得ている」ような者にしか与えられない呼称かんむりだ。

 要するに腕前だけでなく、一般人からも面と向かって感謝され、良好な関係を築けるだけのコミュ能力と良識、さらに狩猟士協会から感謝状が出るレベルの難敵・難題を乗り越えるだけの悪運にも恵まれているという事を意味するわけで……。

 私達転生者とは違った意味でのチート乃至バグ的存在だと思ってもらって間違いない。

 「へ~、スゴい人たちなんだね。武器えものは何使ってるの?」

 のんきにそんなコトを聞いているロォズは、おそらく狩猟師という存在の価値きちょうさを十分に理解していないのだろう。

 「マクドゥガルさんは主に片手剣か刀、ランさんは軽弩を主体に弩砲や弓などの各種飛び道具を状況に応じて使い分けられるみたいだね」

 ヴェスパではなくノブが答えた。

 「夫婦で前衛後衛分担しているのか。支援役アシスタントは?」

 「うーん、ウチの家事手伝いをしてる獣人は何人かいたでありますが、狩猟のサポしてる子は……あ、シズ婆が若い頃は父上の支援役していたと聞いた記憶はうっすらあります!」

 「シズ婆」というのは、齢20年を越えるケトシーで、ヴェスパが赤子の頃から彼女の家に務めている乳母ばあやのような存在らしい。ケトシー族の寿命が30年弱なことを考えると、確かにそろそろお婆ちゃんと言ってもよい年代だろう。

 それはさておき。

 「娘のヴェスパに心当たりがないということは、少なくとも専任の支援役は雇ってないということか」

 そして、上級でもとくに上の方の狩猟士の“本気”に“ついて行ける”支援役というのは、種族を問わず数が限られる。協会で十把一絡げに雇われているモブ的支援役から、手が空いてる子を適当に引っ張っていく──なんて芸当はまず不可能だ。

 「あ、でも、時々他の狩猟士の方と組まれることはあるみたいですよ」

 ノブの言葉の裏を返せば、普段は前衛後衛の夫婦ふたりで上級、もしかしたら超級水準の獲物を狩っているのだろう。

 「──凄い人達なのだな」

 月並みな感想ではあるが、そうとしか言えない。特に(ゲーム内で、とはいえ)超級巨獣あるいは怪獣のデタラメっぷりをよく知っている身としては、下手な美辞麗句は嘘くさくて口にもできない。

 「はい、なのです!!」

 比喩抜きで“お日様のような”満面の笑顔を浮かべるヴェスパと、微苦笑しつつ見守るノブ、ちょっと羨ましそうだが好奇心も満々なロォズという三者三様の表情が、見ている年長者としてはちょっと和んだ。


  * * *  


 さて、そんな経緯で、ヴェスパの両親と顔合わせすることになったリーヴなのですが……。


 「いやぁ、ウチの娘がご面倒かけたようで、すみませんねぇ」

 「聞けば、上級狩猟士である貴殿から直々に無償で手解きを受けたのだとか。誠に有難うございます」

 父親であろうペコペコ頭を下げる男性と深々とお辞儀する母らしき女性というコンビに、リーヴはちょっと意表を突かれています。

 (うわぁ、すんごくフランクというか腰低い! 全然、狩猟廃人ソレっぽくない!!)

 なにせ、彼女かれが(ゲーム『HMFL』内で)知っている超級の狩猟士NPCと言えば偏屈な職人肌か突き抜けた変人揃いでした。

 狩りの最中以外はほとんど口を利かない(意思疎通はほぼジェスチャーのみ)奴やら、やたらと鍛錬させたがる筋肉信奉者(しかも半裸)やら、鱗フェチで鱗のある獲物しか狩りたがらない(そしてペロペロする)変態やら……。

 それらに比べることも烏滸がましいほど、目の前の男女──ヴェスパの両親はまともです。もっとも「狩猟師」と呼ばれている以上、相応の人格者であるのは、ある意味当然ともいえるのですが。

 父親のマクドゥガルは、茶灰色の髪を短めに刈り揃え、ほんの少し垂れ気味の紺色の目を持つ、快活そうな男性でした。

 身長こそ2プロトをやや下回る程度とかなり高いものの、服の上からはむしろ痩身に見えるほど引き締まった体つきで、あまり素質タレント持ちらしくありません。ただしこれは、極限まで筋肉が絞られているだけで、トップランクの狩猟士に恥じない怪力と呼べるほどの膂力を彼も有してはいるのですが。

 一方、母親のランの方は僅かに赤みがかった黒髪を腰まで伸ばし、切れ長な琥珀色の瞳が印象的な美女です。背丈はリーヴと同程度ですが、既婚者かつ経産婦なこともあってか、体つきの女らしさは彼女の比ではありません。

 上に兄がいる15歳のヴェスパの実父母なのですから、とうに30歳は越えているはずなのですが、マクドゥガルは20代後半、ランに至っては20代半ばかそれ以下に思えるほど若く見えます。もっとも、これについては、超級狩猟士の多くは、極端に若作りか逆に実年齢より大幅に老けて見えるかのいずれかが多いので、さほど珍しい話ではありませんが。


 「お、そーだ。ノブくんと……それからソッチのお嬢さんも、ヴェスパのおり、ありがとな!」

 「この子は弩銃弾てっぽうだまみたいな粗忽者故、おふたりにも諸々迷惑をかけてはおらぬかのぅ?」

 娘の徒党仲間に対してさえ、こんな風に気遣いができる懐の深さも持ち合わせているようです。

 「あ、いえ、ボクの方こそ、ヴェスパ…さんにはお世話になってます」

 「あはは、ご無沙汰してますマックさん、ランさん。ヴェスパについては──まぁ、ご想像にお任せします」

 しどろもどろなロォズに比べて、面識のあるノブの方は、さすがに手慣れたものです。

 「ロォズ以外の三人共みんな、ヒドいでありますよーー!」

 ガーーッと怒るヴェスパを、怒られた3人がなだめるというよくできたコントのような風景が繰り広げられ、傍で見ているリーヴとロォズとしては、呆気にとられるしかありませんでした。


 「ところで、次はいよいよ20ランクの昇級試験に挑戦なんだって?」

 ひとしきり顔合わせと挨拶が済んだ段階で、マックが彼女たちにそう尋ねます。

 「早いものよのぅ。わらわらの元から半ば強引に巣立ったお主等が、よもや一年半あまりで、その域まで達するとは」

 ランも何やら感慨深そうです。

 「当然であります! 父上と母上の名を貶めるような真似はしないでありますよ」

 「幸いにして良き師と良き仲間に恵まれましたので」

 ノブの視線の先には、きょとんとしているリーヴとロォズの姿があります。

 「聞いてなかったんだが……もう、そこまできてたのか」

 一応、(ロォズも含めた)3人の師匠格であるリーヴは、少々渋い顔をしています。どうやらこの徒党にはまだ早過ぎると思っているようです。

 (ヴェスパとノブだけならともかく、素質持たずのロォズもいるからな)

 素質持ちのふたりなら数回は耐えられるだろう攻撃でも、ロォズの場合は一撃食らっただけで再起不能アウト──というのも十分に考えられる事態です。

 「うん、言い忘れてて、ごめんね、リーヴさん」

 とは言え、小動物系ミドルティーンの女の子に、ちょっと申し訳なさげにそんな風に謝られては、怒るに怒れません。

 「ほんにリーヴ殿は弟子思いの良き師のご様子。とは言え、ランク20の試験ともなれば、確かに妾も心配を隠せませぬ」

 「だな。まぁ、だからこそ、20ランクになれれば下級狩猟士としても半人前を卒業したと言えるワケだが」

 ランマックにまでそう言われると、さすがに楽観的なヴェスパも少々気になってきたようです。

 「えっと、そんなに、難しい試験なのでありますか?」

 「もしかして、狩猟対象がこれまでとは段違いに危険な巨獣、とか?」

 ランク11から挑める巨獣は、蹄獣種のアストーラスとギガントバフ、ギガントボア、それに昆虫種のギガマーントとケプリスカラブの5種で、いずれも大きさこそ桁違いではありますが、行動や習性は系統を一にする普通種・大型獣とさほど変わりません。そのため、大型獣で培ってきた経験の多くが、巨獣に対しても活かせるようになっています。

 しかし、巨獣の中には、姿形こそ大型獣と似通っているが、行動パターンや攻撃方法がガラリと変わるものも少なくないのです。

 ノブが心配しているのはソレでしょう。

 「──個体としての強さで言えば、アストーラスやギガマーントなどよりは、むしろ低い。ただ……」

 リーヴの言葉の続きをマックが引き取りました。

 「一言で言えば、“汚れ仕事”なんだよ」

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