第23話 スタート・イン・ライフ(巣立ち)

 「なんだこれ……」

 ふと気が付くと、見覚えのある灰白色の部屋に立っていた。

 『わたくしです』

 「あなただったのか」

 『また逢いましたね』

 「まったく気がつかなかった……って、某お笑いネタはここまでにしときましょう。何か用ですか? それとも、本気で暇をもてあましてるんですか?」

 目の前に“いる”にも関わらず、なぜかぼんやり陽炎の如くブレて、はっきり姿が確認できない相手──例の“神様”に問いかける。

 (大まかなシルエットと声質からすると女性みたいなんだけどな)

 もっとも、中性的な印象も受けるので、線の細い男性、ないしまんま性別無しの“中性”という線も考えられるけど。

 『いえ、貴方がまたひとつ隠し課題タスクをクリアーされたので、ご褒美をと思いまして』

 “隠し課題”? 何それ、聞いてないんだけど。

 『明らかにしたら“隠し”にならないでしょ』

 ──ごもっとも。でも、せめてその存在くらいは教えておいてほしかったよ。

 「それで、クリアーした“課題”は何なんです?」

 『うーん、実は複雑な要素が絡み合っているのですが、ひとことで言えば、“現地の人間3人の今後の人生を、より実りある方向に捻じ曲げた”というところですね』

 3人ってのはロォズ、ヴェスパ、ノブだろうけど……捻じ曲げるって表現は、聞こえが悪いな!

 でも、まぁ、少しでもあの3人の今後の人生が、より実りあるモノになるなら、多少なりとも骨を折った甲斐があったってもんだ。

 『意外と感情移入してるんですね。なのに良かったんですか?』

 一瞬、神様が何を指して言っているのかわからなかったが、すぐに昨晩(?)の打ち上げ会のことを思い出す。


  * * * 


 まだ興奮さめやらぬ3人の新米狩猟士に手伝わせて、テキパキと倒したホーンドバニーから血抜きしたリーヴは、例の運搬用台車に有角兎の死骸を載せてカクシジカの町に帰還しました。

 狩猟士協会に着くと、掲示板からホーンドバニー討伐の依頼を捜し、窓口でその申請をするとともに猟果を示します。

 「いえ、ホーンドバニーくらいなら別に事後申請でも問題ありませんけど、最初からソレ狙いなら、出る前に申請していってくださいよ」

 受付嬢は苦笑しますが、この大型獣はリーヴ以外の3人が倒したと知ると、途端にその笑いが驚きと感嘆に変わりました。

 「えっ、ロォズさんたちだけで倒したんですか!?」

 「ああ、私は“索敵”でコイツの居場所を見つけたのと、念のために背後で見守っていただけで、直接手は出していない」

 新米狩猟士、それも未だランク10に達していない(8と9ではありますが)少年少女たちが、しかも徒党基本人数の4人よりひとり少ない数でホーンドバニーを狩ったと知れると、周囲にたむろしていた他の年長の狩猟士たちも「でかした!」「よくやったな!」と口々に彼女たちを褒めてくれました。

 これまでそんな風な賞賛の視線を浴びたことのない3人は、戸惑いながらも満更ではなさそうです。

 そのままなし崩し的に協会併設の酒場で、祝勝会という名の飲み会が始まり、当然、リーヴもそれに巻き込まれることになりました。

 料理の素材としてホーンドバニーの肉をリーヴが提供したところ、“釣り人の憩い亭”に比べるとさすがにちょっと大味ではあるものの、ローストやフリカッセ、あるいは炒め物などに調理して出された肉料理の質は決して低くありません。

 エールなどの酒類は、先輩狩猟士たちのおごりという名目で新米3人は飲み干すさきからジョッキに注がれています。二日酔いは確定でしょうが、まぁ、こういう時くらいハメを外すのもよいでしょう。

 そんな3人を優しい目で見守るリーヴの表情、そして彼女がこの3人に教導を施したという情報が知れたことで、リーヴに対する周囲の評価が「恐ろしげな女狩猟士メスゴリラ」から、「恐そうな外見の割にはイイ人」へと上昇していたのは、本人も預かり知らないトコロです。

 存分に飲み食いしたところで、案の定酔いつぶれたロォズたちは、このまま2階の簡易宿泊施設に放り込むことになりました。無論、面倒をみるのは唯一シラフ……でもありませんが、さほどは酔っていないリーヴの役目です。

 ノブ、ヴェスパ、ロォズの順(ちなみに意識がない、ほとんどない、多少はある、という順番です)で、2階にある簡易寝台までお姫様抱っこで運びます。

 「あひぃゃひゃ……リーヴさん、いろいろお世話になってありがとー」

 半分寝落ちしかけているものの、それでもかろうじて意識を保っていたロォズが、リーヴにお礼を言います。

 「ここまで運んだことなら、たいした手間でもないさ。そして……」

 ふとそこで言葉を切ったリーヴは、照れくささと罪悪感の入り混じったような表情を浮かべて目をそらします。

 「今日までの指南のことなら、私が個人的な伊達と酔狂でやったようなものだ。気にすることはない」

 それは、とてもとても優しい響きだったのに、ロォズの胸中にはなぜか言いしれない不安のようなモノが湧いてきます。

 先ほどまでの心地よい酔いが一気に吹っ飛び、睡魔の手を振り払って、ロォズは簡素なベッドの上で身を起こしました。

 「今日までって──それじゃあ、明日からは?」

 「………」

 リーヴの沈黙が、むしろ雄弁にその答えを物語っていました。

 「そんな! だって、ボク、まだ……!」

 一瞬激高しかけたものの、言葉に詰まり、それと同時にロォズの頭が冷えます。

 (「まだ」──何? ボクは何を言うつもりなんだ?)

 「まだ、もっといっぱい教えてほしいことがある」? それとも「まだなにも恩返しできてない」?

 前者であればなんと厚かましい、後者であればなんと烏滸がましいことだろう──少女は自らの性根を嘲笑わらいました。

 (リーヴさんは上級狩猟士なんだ。いつまでもボクら新米にかかずらってる必要なんて、これっぽっちもないじゃないか。それを、好意で面倒みてもらっておいて、それ以上を望むなんて、そんなあさましいこと、できるわけない。

 恩返しにしても、まだ新米ルーキーでしかないボクらに、たいしたことはできない。むしろ、これ以上この人の“時間と手間”を取らないことが、いちばんの恩返しになるんじゃあ……)

 どうやらこの特有の、ネガティブ思考に陥ってしまったようです。


 「──ロォズ。キミたちはもう一人前……と言うにはまだちょっと早いが、8分目前くらいにはなってる。だから、油断したり、無理したりせず、このまま狩猟士稼業に励めば、よほど運が悪くない限り、下級アプレンティスへの壁は遠からず越えられるだろう」

 少女ロォズが自虐癖を見抜いたのか、リーヴは床に膝をついて彼女と目線を合わせ、ゆっくりと言い聞かせます。

 「だったらなんで……!?」

 言いかけて、ロォズは気づきました。先ほどの“まだ”の続きが、本当は「まだ、一緒にいたい」という切なる願望であったことに。

 打算や計算が皆無ではありませんが、それ以上に、ロォズはリーヴという“師”であり“姉”のようでもある女性に、単純にそばにいて欲しかったのです。


 そして同時に、悟ってもいました。

 「……キミたちのためにならないからだ」

 リーヴが口にするであろう理由と、それがおそらく正しいだろうことに。

 「私がこのままキミたちと行動を共にすれば、他の大型獣はおろか巨獣を狩ることも──危険は伴うが──不可能ではないだろう。だが、そんなやり方でハントランクを上げることを私は認めたくないし、キミたちにもしてほしくない。私の大切な“友人”たちには、自分の足で立って、そして歩いて“その場所ポイント”までたどりついて欲しいからだ」

 「ヴェスパやノブはともかく、ボクに、たどり着けるかな?」

 自信なさげなロォズの頭を、リーヴは不器用な手つきでゆっくり撫でました。

 「ああ。焦らず、たゆまず、一歩一歩確実に歩いていけば、きっと。

 そうだな──ハントランク20になったら巨化蟹マグニキャンサル依頼クエストが受注できるようなる。その時は、ぜひ一緒に狩猟かりに出かけて、倒して蟹パーティーと洒落こもうじゃないか」

 「あは、さっきまでお腹いっぱい食べたばかりなのに、もうご馳走の話してる」

 「何を言うか。狩猟士にとっては“食”によるモチベーションの維持は大事だぞ」

 わざと明るく笑うロォズの目の端に浮かぶ涙は見ないフリをして、リーヴも道化てみせます。

 「それじゃあ、ヴェスパのお父さんを笑えないよぉ」

 「「狩猟士とは食うことと見つけたり」だったか。ンッン~、ある意味、名言かもしれん」


  * * *  


 『カッコつけちゃって……後悔してるんじゃないですか?』

 そんなこと言って、神様、私の心の中くらい読めるんだろ?

 「後悔というか、もうちょっとくらいは指導すべきかもという未練はありましたけどね。でも、まぁ、ちょうどよい区切りではあったし」

 この次の“区切り”となると、それこそ下級アプレンティスへの昇格試験合格とかになるからな。そうなると、ヴェスパたちはともかく、ロォズはまだしばらくかかる。そこまで一緒にいると、変に情が移るだろうし。

 『もう十分移ってる気もしますけどね』

 「ゴホン! そ、それより、また新たにご褒美がもらえるとのことでしたけど、何なんです?」

 露骨に話を逸らしてみたが、神様むこうもそれにのってくれた。

 『──貴方がHMFL内で育てたアシスタントを1体、専任として派遣しましょう』

 ! そいつは有り難い。

 ゲームプレイヤーとしての牧瀬双葉の子飼い(という言い方も変だが)の獣人アシスタントは、猫系ケトシーが2、犬系コボルが2、猿系マンクスが1という内訳だった。

 無論、5体ともランク10まで育成してあったが、種族特性その他の関係で5体とも結構“やれること・得意なこと”に差があるんだよなぁ。

 純粋に戦闘面に限るなら立猫族のカラバ一択なんだが、狗頭族のケロの危険感知能力も捨て難い。小猿族のチーチーは小器用で採取その他で色々役に立ってくれるけど、狩猟時に連れ歩くのには難があるし……。

 「すごく迷うけど……ケロでお願いします」

 これから私がやろうとしていることには、“攻勢”のカラバより“守勢”のケロの方がたぶん役立つはずだ。

 『承知しました。ただ、これから“実体からだ”を作るので、明日の朝すぐというわけにはいきませんので、その点はご理解くださいね』


 ……

 …………

 ………………


 そして、翌朝、連泊中の“釣り人の憩い亭”の部屋で目が覚めた私は、身支度を整えてから、狩猟士協会へと向かった。

 受付に足を運ぶと、都合のよいことに顔馴染みのリコッタさんが早番のようだ。

 「いらっしゃいませ、リーヴさん。昨日は大騒ぎでしたね」

 この人も昨日の宴会に途中から混ざってた(サボリじゃなく、勤務時間が終わったんだろう……多分、メイビー)のに、朝早くからさっぱりした顔してるなぁ。

 「ご迷惑かけて申し訳ない。ところで、ちょっと相談したいことがあるのだが……」

 一瞬ためらったもの、思い切って口にすることにする。

 「アナタが以前言っていた実技指導教官について。もし、期間限定でもよければ引き受けようかとも思うんだが……」


<第一部・完>

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