第13話 リザルト(猟果)

 ツツジっぽい花の咲いている灌木の茂みの陰に身を潜めて、前方を窺う。

 もっとも、“茂み”と言っても高さは1.2プロト足らず、幅も1.5プロトあるかないか程度で、本来なら私の大柄な体躯を隠すのには、どう考えても無理があるんだが……技能スキルって凄いな! “隠密(正確には斥候)”で気配を消していると、こんな「絶対見えてるだろ、コレ」という状態でも、標的──のみならず、辺りの生き物に存在を気づかれずに済むんだから。

 しゃがみ込んだ私の頭のてっぺんに、オニヤンマを1.5倍くらいにしたようなトンボが止まっているが、たぶん私のことを岩塊か木彫りの像だとでも思っているんだろう。

 かなり距離があるのと視界を遮る茂みのせいで、此方からも標的えもののヒュジイグアンは明確には視認できないんだが、“斥候”技能の索敵効果でその位置だけはハッキリとわかる。

 この感覚を言葉にするのは難しいんだが……あえて表現すると、「自分を中心に半球型の全天周モニターが広がっていて、その一方向に赤い光点が点滅しているような感じ」だろうか。

 実際のところはもっとアナログでファジーな感触なんだけど、こればっかりは自分で体感してもらわないと正確には理解できないだろう。

 ともかく、正確な位置が把握できたので、足元から子供の拳大の手ごろな石を拾うと、素早く立ち上がって標的に向かって投げる。

 肩や腰の入っていない、いわゆる手投げの形なので、大してスピードは載っていないが、それでもこの体の性能が優秀なおかげか、狙い過たず投石は標的──ヒュジイグアンの背中にボコンと当たる。

 「!」

 あ、流石にコッチに気が付いたみたいだな。

 一瞬、逃げるか追うか躊躇したみたいだけど、ひとりだと見て侮ったのか此方に向かって動き出した。

 横に広がった四肢をのそのそ動かして歩く様子はなかなかユーモラスだけど、意外にスピードは素早い。何より、ワニか恐竜を連想させる巨大な爬虫類いきものが迫ってくる様はかなりの迫力で、正直“日本人・牧瀬双葉”としてのメンテリティのままだったら、パニックになっていただろうことは想像に難くない。

 その点は、昨晩の夢での神様の介入に感謝だな。

 「とは言え、先輩にして先生役として無様なところは見せられんからな」

 灌木の陰に隠すように置いておいた愛用の大槌「百屯煩魔」を両手に取る。これも双葉のままならひとりで持ち上げることもできなかっただろう重さのハンマーを、槌部分が顔の右横にくるような姿勢で保持したまま、自分からも大蜥蜴に向かって大地を踏みしめるようにして私は走り出した。

 逃げるならともかく、立ち向かってくるというのは予想外だったのか、一瞬戸惑ったかのようにヒュジイグアンの動きが鈍った。

 その隙を逃がさず、私は「百屯煩魔」を振りかぶって攻撃──するフリをした。いや、フリというか実際に振り下ろしはしたんだが、ワザと直撃させず、脇腹を掠めるようにして地面を叩く。

 その勢いを利用して、地面に軽くめり込んだ大槌を支点に伸身前転の要領で、ヒュジイグアンの尻尾側へと移動する。無論、すぐさま振り返り、ハンマーも持ち上げて構えることで余分な隙は見せない。

 (すげぇ! “棒高跳び”がリアルに自分でできるなんてなぁ)

 一連のこの動作は、『HMFL』のハンマー使いに用意された縦・大攻撃から派生するモーション(通称“棒高跳び”。他に長槍や棍でも可能)なので、多分できるだろうとは思っていたが、実際に自分の身体がアクロバティックに動くのを感じると、少なからず感動する。

 大蜥蜴の方は、どうして一瞬にして自分が背後を取られたのかよく分かっていないようだが、此方が自分を簡単に殺せるだけの実力を持っていることは覚ったのだろう。

 これが自らの強さにプライドを持っている剣牙種などであれば、相手が強いと知っても死にもの狂いで攻撃してきたかもしれない。

 しかし、そういう(ある意味生存に不要な“感情”を持たない)爬虫類ナマモノだからこそ、下手な躊躇いは持たず、少しでも私から遠ざかろうと、ヒュジイグアナはそのまま一目散に走り出した──そう、あの3人が待ち受けている方角に向かって。

 「ちょろいもんだ」

 もっとも、これからあの大蜥蜴は一撃できれいに頭をフッ飛ばされた方が楽なメに遭う(なにせ攻撃力それほど高くない新米連中に延々とこずかれ、体力を削り殺されるワケだから)わけだが、まぁ、それも弱肉強食うきよの習いということで。

 私は、引き続き“斥候”で周囲の気配を探りつつ、ヒュジイグアンの後を追って駆け足程度のペースで走り出した。


 獲物を追い越さず、かつ進路が逸れない程度に投石などでちょっかいを出しつつ、ロォズたちが待ち伏せしているポイントまで、大蜥蜴を誘導する。

 林の中で、なぜかそこだけ少し開けた(たぶん他の狩猟士なり協会なりが踏み固めのだろう)7プロト四方ほどの小さな広場まで来た時点で、さすがにオツムがお粗末な爬虫類も自分が追い込まれたことには気づいたようだ。

 ほんの一瞬だけ動きが鈍ったものの、一見したところ広場の中にいるのは重槍と大盾を構えた少年ノブひとりに見えるのと、背後から迫る私が殺気を全開にしてプレッシャーをかけていることで、どうやら覚悟を決めたらしい。

 そのまま目の前の少年狩猟士に向かって突進していく。

 おそらく低い位置から足にでも噛み付いてノブ少年の機動力を殺し、あわよくばそのまま逃げようとでも思ったのだろう。蜥蜴にしてはよく考えているな。


 ──だが……ダメっ!

 「よいせッ!」

 鋼板と樫材を組み合わせた分厚い盾がシャッターのようにヒュジイグアンの目の前に振り下ろされる。

 3メートルオーバーの巨体故に視覚的な迫力はあるが、なにせヒュジイグアンの進行速度は「子供の駆けっこよりは多少速いか?」という程度なので、重装備の上にキチンと迎撃姿勢をとった彼を吹き飛ばすには至らない。

 さすがに衝突の瞬間には多少グラつきはしたものの、大盾の下部にエッジが作られていて、振り下ろした勢いでそれが1ミプロ(≒5センチ)ばかり地面に食い込んでいたおかげもあって、大きく体勢を崩すこともなくノブ少年はヒュジイグアンの突進を跳ね返していた。

 走り続けている人の目の前にいきなり壁が現れ、それに衝突して跳ね返されたらどうなるか?

 よろけてたたらを踏む程度ならいいほうで、転んだり、打撲傷を負ったり、最悪脳震盪を起こしたりする可能性があるだろう。

 無論、不安定な直立二足歩行の人間に比べると、四足歩行の獣の体勢はかなり安定はしているが、反面、走行時に頭部が常に先頭に来るというデメリットもある。

 いや、厳密に言えば人間も走っている時は軽い前傾姿勢で頭が多少前に出ているものだが、それでも何かに衝突するとなれば反射的に手を前に突き出すなどして頭を打つことは本能的に避けるものだ。

 そして、それができない構造の大蜥蜴はと言えば……見事に目を回してフラついていた。格闘ゲームなんかで言う「ピヨる」というヤツだな。

 「チャ~ンス、であります!」

 小広場の奥に位置取るノブの反対側、入口に立つ私から見て右手に2プロトほど離れた場所の木の陰に潜んでいたヴェスパ嬢が小声でつぶやき、膝立ちの姿勢で手にした軽弩クロスボウのレバーを引く。

 射出された弾体ボルトは一直線に大蜥蜴の脇腹へと吸い込まれ、ドムッと重たい音ともに腹部に食い込んだ。

 「えーと、こういう場合は、キチンと狙いをつけて、慎重に……」

 入口を挟んだ反対側の茂みの後ろから立ち上がったロォズは、愛用の短弓をキリリと引き絞り、矢を放つ。僅かに山なりの軌跡を描いて飛んだ矢は、ヴェスパと同じくヒュジイグアンの脇腹を狙っていたようだが、少し上にズレたせいか硬い鱗に阻まれて突き刺さるには至らない。

 「わっ! ご、ごめんなさい」

 「謝る前に、次の矢を番えて構え!」

 あえて厳しい言葉をかけて行動を促す。


 徒党での狩りにおいては、無論失敗はしない方がいいが、それが致命的なものでないならリカバリーよりも次の行動に備える方が重要だ。

 これがソロなら自分ひとりで完結しているので、どのように行動しても自己責任だが、集団狩猟では、あらかじめ決めておいた手筈を大きく逸脱すると、他のメンバーの迷惑になるケースが圧倒的に多い。

 そもそも集団で狩猟するのことの一番の長所は「獲物からの攻撃というデメリットを複数に分散してリスクを下げる」ことだから、攻撃に参加する(=敵に狙われる可能性がアップする)だけでも最低限役目を果たしていると言える。

 たとえ強力な武器を持ち、狩猟対象に大ダメージを与えることができる狩猟士であっても、徒党内で事前に取り決めた戦術を無視して、他のメンバーの邪魔をするようなタイプより、攻撃力は蚊が刺したほどでも、作戦通り適切なタイミングで獲物の注意を引き、相手の集中力を切らしてくれるタイプの方が、グループハントには有難いのだ。

 これは、特にランクが上がった狩猟士ほど痛感していることだと思う。

 なにせ、上級狩猟士に回されるような依頼の標的えものは、字義通り“一撃必殺”級の攻撃力を持っていることも少なくないのだ。その反面(というか当然というか)、相手の体力は無尽蔵とも思える域で、ちょっとばかり攻撃力が高いからといってゴリ押しで討伐できるほど甘くない。


 巨獣・怪獣の攻撃はくらわぬように、味方の攻撃は邪魔しないように、慎重に立ち回るのが上級狩猟場ここでのたしなみ。


 『HMFL』における“双葉おれ”の師匠格とも言える人が冗談半分に言ってたセリフだが、あながち間違ってはいないと思う。

 「心はホットくなっても、頭は冷静クールで、立ち回りは巧妙クレバーに。

 いったん狩猟場に来たら、そういうこと、忘れちゃダメだよ」

 ドヤ顔でどこかで聞いた風なことも言って笑っていた。

 (まぁ、その割に自分も熱くなるタチで、討伐後に「○○が出ないー!」とわめいて、何度も執拗に同じ依頼クエストにチャレンジしてたけど)

 それでも、狩りの最中は確かにクール&クレバーをできる限り意識して立ち回ってはいたと思う。

 無論、このロォズたちが、狩猟士としては下級になるかならないかのラインで妥協して、日銭を稼いで生きていくつもりなら、ここまで慎重になる必要はないが、それでも危険を伴う拙速よりも安全な巧遅を尊んでほしい……と思うのは過保護なのだろうか。

 3人の連携具合を肉眼で、周囲の安全を脳内の“斥候”で認識しつつ、心の中でそんなことを考えているうちに、どうやら大蜥蜴の命脈が尽きたようだ。


 「そこまで。無事倒せたようだから、次の獲物を釣ってくる」

 「リーヴ殿、倒した獲物の解体はしなくてよいでありますか?」

 「食肉が主要目的なら血抜きくらいはしたほうがいいが、大蜥蜴コイツは正直食べても美味くない。素材価値の大半は革と牙と骨にあるから、肉の傷みよりも必要数倒すことを優先する方が賢明だろう」

 そこでいったん言葉を切り、ヴェスパ、ノブ、ロォズの順に視線をめぐらせる。

 「とは言え、ずっと放置しておくと、他の生き物に横からかっさらわりたりもするからな。ヴェスパ君、獲物の一時隠蔽の方法は知っているか?」

 「両親から聞いた覚えはあります!」

 うん、やっぱり“二世”狩猟士だったか。

 「できる範囲でいいから、それを実行しておいてくれ。5分後くらいに、もう一頭、こちらに釣ってくる。まずは3頭狩ったら、いったん解体に入り、それが終わったら昼食を兼ねた休憩に入ろう」

 再度、3人の顔を見つめ直すと、ヴェスパはすぐに思い当ったらしくキリッと気を付けの姿勢になる。

 「了解であります!」

 うん、いい返事だ。でも、軍人じゃないから敬礼まではしなくていいからね。

 「あ……はい、了解です」「う、うん、わかった」

 他のふたりも、私が何を期待したのか理解したのだろう。

 そう、こういった少人数のチームで動くときは、お互いの意思確認が何よりも大事だ。今回は、私がリーダーということになっていて、そのリーダーが提案した“作戦案(というほど大層なものでもない単なる方針だけど)”を他のメンバーが理解し、それに対するコンセンサスを得てから行動しないと、いざという時スムーズに動けなくなる可能性もままある。

 「では、異論もないようなので、作戦再開だ」


 ──結局、この日は、午後の2点鐘(4時)頃までに、目標となる10頭のヒュジイグアンを狩り、キチンと解体まで済ませたうえで、カクシジカの町への帰路に就くことができた。


 今日は、大蜥蜴たちに対する“釣り”と“挑発”、“威嚇”以外には、ほとんど体力も使っていないので、依頼内容となる10頭分の皮の運搬は、私が引き受ける。

 木製の背負子がきしむが、ハイオーク(RPGの魔物じゃなく樫の上位種である希少な広葉樹)製の特注品(レンタルだが)なので、この程度の重さでバラバラになったりはしないだろう。

 歩きながら臨時徒党のメンバーふたりに尋ねる。

 「協会に猟果を卸したあと、今日の依頼の反省会を宿の食堂でやるつもりなんだが、君たちはどうする?」

 ちなみに指導を請け負っているロォズは強制参加だ。

 「──よろしければ、僕らも参加させてください。リーヴさんから見た僕らの問題点など指摘してもらえると有難いです」

 チラッとふたりで顔を見合わせた後、どちらからともなく頷き、珍しく少女ヴェスパではなく少年ノブの方が、そう返答してきた。

 彼と彼女も私のものほど規格外ではないが、一般的な大きさの背負子に解体したヒュジイグアンの骨や腿肉などを詰め込んだ袋を載せて運んでいる。特にノブ少年は重装+重槍&大盾という組み合わせなのに、文句も言わず(とは言え、さすがに余裕はなさそうだが)キチンと荷物を背負っていた。

 「……反省、かいの…まえに……お風呂に…入りたいよ、ボク……ふぅ」

 問題はこの子、ロォズだ。

 彼女が背負っているのは、蜥蜴の歯や爪など、比較的小さく軽めの素材ものを集めて、3リットルゴミ袋程度の大きさの麻袋におおよそ半分ほど詰めたものを左肩に掛けて歩いているのだが……。

 本人は平気な風を装っているが、どうにも足元があぶなっかしい。

 かと言って、ここで「重そうだから自分が持ってあげる」と申し出るのも、狩猟士としてはタブーだ。

 狩った獲物(からとれた素材)を“運べない”というのは、狩猟士にとっては半人前以下と宣告されるに等しい屈辱だからだ。逆に言えば、「自分が運べる分だけの獲物を狩る」のが狩猟士ハントマンの不文律でもある。

 もっとも、巨獣や怪獣が狩猟対象の場合は、さすがに協会から運搬用の専門家すけっとが来るし、それ以外でも食肉用の大型獣を何十頭も狩ることが目的のような場合は、ヘルプが入ることもある。

 協会側としても、貴重な動物資源を無駄にしたいわけではないからな。

 その意味では、今回の“ヒュジイグアン10頭”というのは、なかなか微妙なラインだったと言えるだろう。肉は食用にあまり適していないが食べられないわけではないし。


 しかし……。

 「──風呂、か」

 泊まっている宿“釣り人の憩い亭”の2軒隣りに公衆浴場というか風呂屋があるらしいが、今の私が入ってよいものか……。

 (“女としての偽りの記憶”が転写されたとはいえ、性自認的にはまたまだまだ男のつもりなんだが)

 とは言え、一昨日に続き昨晩もたらいのお湯で拭くだけで誤魔化したので、ジャパニーズマインドの持ち主としては、そろそろゆっくりお湯に浸かれる風呂に入りたい欲求が高まってきているのも確かだ。

 「やむを得まい。今日の依頼ではだいぶ血糊で汚れたりもしたから、確かに風呂にでも入って身綺麗にしないと、食堂で顔をしかめられそうだからな」

 そんな話をしながら、私達4人は無事カクシジカの町に帰還したのだった。

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