第11話 テンポラリーバンド(臨時徒党)

 朝、宿の一室のベッドの上で目覚めた時の感想は「ばか、バカ、“俺”の馬鹿ぁ!」という後悔と自戒の念の入り混じったものだった。

 (あー、もぅ、いくら長年ハマってたゲームだからって、よりによって何で自らの転生先にこんな物騒な世界選ぶんだよ! しかも、いくら愛着があるからって、女性キャラの姿で……)

 言うまでもなく昨晩の神様(?)とのやりとりはしっかりくっきり覚えている。

 もっとも、リーヴの姿になったのは、狩猟士としての身体操作面で双葉が一番慣れていて齟齬が出にくいという理由で、神様が強く推奨したかららしいけど。

 (絶対、理由の半分はおもしろがってだろうなぁ)

 僅かな会話(?)からも、相手がその程度のお茶目というか愉快犯的な行為コトをしでかしたであろうという予測は十分にできた。

 (それにして、まさかここが人為的に作られた箱庭アルコロジー的世界だなんてなぁ)

 とは言え、そこの部分は自分的にはあんまり問題ナッシングだ。

 聞いたところによれば、流石に惑星創造からしばらくは、まさに“シム箱庭”的に色々手を加えていたらしいが、この世界で言う“大異変”以降は、直接的な介入はほとんどしてないらしい(ただし主な町・街のネーミングについてだけはHMFLと揃えるために“命名者にインスピレーションを与えた”とは言ってた)。

 つまり、今自分が触れ合う人達は、神々ゲームマスターの用意したNPCじゃなく、キチンと過去と記憶と自我と持つ個人だってことだしな。


 とりあえず心の中で一応の整理がついたんで、ベッドから起き上がってググッと両手を上に伸ばす。

 「──そういえば、私が伸びができるくらい、ここの天井は高いんだな」

 その辺りも含めて、全体に大柄な狩猟士向けの宿ということなんだろう。

 ちょっと感心しつつ寝間着から普段着に着替え、部屋を出て共同便所でトイレを済ませる。

 (昨晩もらった“御祝儀きおく”のおかげ(?)か、昨日までと違って女の身体での着替えや小用にまったく羞恥や躊躇を感じなくなったのは、良かったんだか悪かったんだか……)

 まぁ、少なくともこれから文字通り“死ぬまで”この身体で生きていかなくちゃいけないんだし、裸になるたんびに挙動不審になるよりかはマシだろう。

 ──生理アレの時の処理の知識とかはともかく、“第二次性徴期を迎えた当時の戸惑いと恥じらいの思い出”までは、正直欲しくなかったけどさ。

 もっとも、その第二次性徴が終わった頃からぐんぐん背が伸びて、2、3年で今みたく筋骨たくましい体格に成長した(ということになってる)せいか、あんまり“可愛い女の子らしいコト”をしたって“記憶おぼえ”がないのは助かったかもしれない。多少ガサツにしてても、言い訳利くしね。

 つらつらとそんなことを考えつつ、食堂で朝飯を食べる。

 今朝のメニューは、大きなボウルにたっぷり入ったコーンフレーク(?)に蜂蜜とヤギ乳をブッかけたモノと、林檎っぽい果物丸ごと1個だった。

 「宿屋なのに手抜きかよ~」と一瞬思ったものの、粗粒フレークが不揃いで程よい温もりが残っているあたり、どうやら今朝方調理して作った自家製のものらしく、サクサクした食感と香ばしい匂いは存外悪くない。

 林檎モドキ(色が桃色で日本で見かけるリンゴよりふた回り大きい)の方も、よく見ると縦に6等分され、中の芯の部分を取り除いたうえで、再度元の形にくっつけてあるという凝りようだ。断面を変色させないための生活の知恵なのかもしれない。


 “狩猟士のリーヴ”としては腹七分目くらいの感覚だったが、とり急ぎ朝の腹ごしらえとしては問題ないだけの量を食べ終えてから、宿を出て協会へと向かう。

 「あ、リーヴさん、おはよう!!」

 受付から少し離れた、狩猟士たちがたむろしている場所で、同世代くらいの男女と雑談を交わしていた少女──ロォズがこちらを見つけて、手を振ってきた。

 うむ、朝っぱらから元気があって大変結構。ところで……。

 「そちらは友人か?」

 私の視線の先には、ミドルティーンとおぼしき年代の少年と少女が狩猟士としての武装をして立っている。

 「あ、いや、そういうわけじゃないって言うか……」

 ちょっと口ごもったロォズの肩を、ふたりのうちの少女の方がポンと叩く。

 「ロォズ殿ぉ、水臭いでありますよ~。袖擦り合うも多少の縁、自分はもうロォズ殿の友のつもりでいたであります」

 年若い娘さんらしいソプラノボイスながら、軍隊風というかなんというかユニークな口調でしゃべる少女は、鎖帷子チェーンメイルを着て肩に軽弩クロスボウを背負っている。

 小豆色の髪をツインテールにまとめたヘアスタイルがよく似合う、まだ幼さの抜けないかわいらしい容貌だが、意外にも背丈はロォズより高く、1.6プロト以上はありそうだ。

 「ヴェスパ、それを言うなら「袖擦り合うも多生の縁」だよ」

 連れにツッコミを入れる砂色の髪の少年の方は、分厚い大盾スクトゥムと重そうな刺突槍ランスを背負い、黒金の胴鎧ブリガンダインを着た典型的な前衛の防御役タンク仕様だ。狩猟士としてはやや細身だが、背丈は1.8プロトを多少上回った程度。重い鎧をまだ着慣れていないのか、若干動作が雑な気もするが、そのあたりは徐々に慣れで矯正されるだろう。

 「おっと、これは失敬。ですが、ロォズ殿と友人になりたいという気持ちに嘘はないでありますよ?」

 「う、うん、それは有難いけど……」

 ロォズから助けを求めるような視線が投げかけられる。

 (あ~、これ、自分から攻めるのはよくても、他人からグイグイ来られると逆に引いちゃうヤツか)

 ちょっと意外に思いつつ助け舟を出す。

 「ふむ。察するに、つい最近できた顔見知りというところか。私はリーヴ。一昨日この町に来た狩猟士で、縁あって昨日よりこのロォズに狩りの指南コーチをしている」

 いかにも“年長のベテラン狩猟士”といった口調で話してしまうのは、自分で作り上げたゲーム内での“女傑リーヴ”の幻想イメージを壊したくないという、無意識の見栄が働いているからかもしれない。

 「成程なるほど、優れた先達の指導を受けるというのは、上を目指すうえでは非常に適切な手段でありますな」

 うんうんと頷いている少女だが、相方の少年につつかれて、はたと気づいたようだ。

 「おっと失礼。自分はヴェスパ。半月ほど前に、リーヴ殿同様この町に来て活動を始めた新米狩猟士であります」

 「僕はノブ。ヴェスパと組んで活動している新米狩猟士です」

 自己紹介したふたりと握手を交わす。

 ヴェスパの手は女の子らしく小さめながらも、ギュッと握り返してくる力強さは狩猟士としての資質を感じさせる。ノブの手も、一部に豆のようなものが出来てつぶれた痕跡あとがあるのが、逆に真面目に防御役をしていることを物語っていて好感が持てた。


 (ふむ……新米ノービスということならランクも10以下だろうし、徒党を組むには丁度いいんじゃないか?)

 ちょっと話しただけの印象だが、ふたりとも気さくで、それなりに信用がおけそうな感じはするんだが。

 どのみち、今日は“集団パーティでの狩猟をする際の注意点”についてロォズに教えようと思っていたし、せっかくだから誘ってみよう。

 「ヴェスパ君、ノブ君、ちょっといいかな?」

 ふたりに、今日のロォズの“課題”が「集団での立ち回りのコツを掴む」であることを伝え、臨時徒党に誘ってみる。

 「喜んで協力させてもらうであります!」

 うん、君ならそう言うだろうとは思ってた。

 「ヴェスパがいいなら、僕も異論はありません。よろしくお願いしますね、リーヴさん、ロォズさん」

 人当たりが良さそうなノブ少年も、まぁ、そう答えるよね。

 「さて、こうして無事、臨時徒党を組む相手が見つかったワケだが……」

 あえて先にふたりのYESの返事をもらってから、ロォズの方に向き直り、わざとらしいくらい真面目な口調で彼女に語り掛ける。

 「昨日言った通り、今日の指導内容は“集団戦での立ち回り”だ。単独ではほとんど勝ち目のない強敵モンスターでも、同じ程度の力量の仲間3~4人で挑めば案外さっくり狩れたりする──ただし、“徒党内の連携が巧くいけば”という但し書きはつくがね。

 今日は新米狩猟士にとっては多少手ごわい相手に挑むことで、集団戦のコツと意義をつかんで欲しいと思うが、どうだろう?」

 「ぅぅ、リーヴさんのいぢわる。ここで断ったら、ボク、唯の駄々っ子みたいじゃないか」

 ちょっぴり恨めしそうな視線を向けてきたものの、すぐに気を取り直したのか、ロォズは首を大きく縦に振った。

 「うん、わかった。ボクだって、今後ランクを上げるには“仲間”が必要だってことは理解してるしね」

 うん、そこは素直に認めてくれてよかった。

 ──それに私の推測が正しければ、この子が下級アプレンティスに上がりたいのなら、絶対に信頼できる狩猟士仲間が必要になるはずだしな。

 無論、ずっと新米ノービスのままでやってくつもりなら、ソロでも何とかならないではないだろうけど、それを踏まえてもやっぱり仲間はいる方がいい。

 いや、「ボッチはさみしいもんな」とか言う感傷的な理由じゃなくて(それも0じゃないけど)、突発的な事故に備えてリスクを減らすという意味でね。

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