【番外編公開予定】「けもの」の本能

大上

プロローグ

『たっ、食べないでくださーい!』

『たっ、食べないよ!』


生温い風が帽子のつばを揺らし、頬をなでる。

固い大地を背中の鞄を通して感じながら曇った空を仰ぎ、かばんはそんなやりとりを思い出す。

あのときも、こんな感じだった。

訳もわからぬまま逃げ惑う自分を、遊び相手だと思った彼女に、あっという間に捕まって大地に倒されてしまった。


あのときの楽しそうな彼女の笑顔はよく覚えている。

眩しいサバンナの太陽に負けないぐらい、輝いていたあの笑顔。

そうだ。あのときと、今…決定的に違うのは――


「フゥウウウーッ……グルル…」


自分の上に覆い被さるようにして身体を押さえつけている彼女の――サーバルの表情だ。

鋭い犬歯をむきだして喉の奥から呻り声を漏らすサーバルを見つめ、かばんはぼんやりとそんなことを考えていた。


「サーバルちゃん…」


名前を呼ぶと、特徴的な大きな耳がぴくりと動く。野生の光を灯した瞳がかすかに揺れる。

押さえつけられた腕に爪が食い込み、血が滲む。


「…どうしてこんなことになっちゃったんだろうね」


その痛みも気にとめず、かばんは小さくサーバルに語りかけた。




――全ては、黒セルリアンの討伐から始まった。


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