穴に入りたい。そんな気持ちを体現している


 焦らず、ゆっくり。

 まとまることなく距離を取って。

 慎重に。


 深夜の学校にはさすがに人気も無く、じとっと肌を舐める夜風だけが俺を見つめているよう。

 離れて俺の後を追っているはずの足音が聞こえてこなくて不安だけど、前だけを見つめてゆっくり歩く。


 だって、穴は無数にあるからね。

 慌てて動いて後を追われたら横取りされかねない。


 でもここは俺のアドバンテージ。

 小さなころから潜り込んでたからな。

 照明の灯っていない、見つかりにくいルートはお手の物。


 正門は使わず、道路沿いに学校の西の端まで行って田んぼのあぜ道伝いに侵入。

 クラブ棟の裏を通って、ようやく目的の場所にたどり着くと……。


「誰もいねえ。……いや?」

「…………こんばんは、雫流ちゃん」


 闇夜に紛れて聞こえた美嘉姉ちゃんの声。

 目を凝らすと、時折輝く銀髪が、隣に二人の先生を従えている。


 信憑性がうなぎのぼり。

 やっぱり勾玉の隠し場所はここに違いないだろう。


 さて、協力不可だからね。

 まずは手本を見せないと。

 そうすれば、俺を信頼してくれている三人もすぐに真似をしてくれるだろう。


 そう思いながら地面に這いつくばって、イチジクの若木が抜かれた穴の中を素手で探り始めると、俺を信頼してくれている三人がうええと嫌そうな顔を見合わせた。


 ……おい、てめえら。


 改めて皆の顔をにらみながら隣の穴を手でさらうと、三人そろって一歩引く。

 でも、ようやく大きな溜息と共に花蓮が穴に手を突っ込むと、残る二人もしぶしぶ真似をし始めた。


 俺の信憑性な。



 照明はおろか月明りすら無い畑でとれる唯一の方法。

 俺たちはまるで子供が手で土を掘っているかのような格好で、地味に一か所ずつ、隠し場所になっているはずの穴に手を突っ込んでいった。


 真っ暗闇だから、穴の位置さえ目を凝らさないと分からない。

 これ、明るくなるまで待ってた方がいいのかな?


「いやはや、いつまで経っても目が慣れねえほど暗いな。こんな闇夜で他の連中に襲われたらひとたまりもねえな」

「ほんとね……」


 朱里ちゃんの返事が結構近くから聞こえたけど。

 どこにいるんだ?


 そう思って顔をあげた瞬間……。



 三人分の、青白い光が視界に飛び込んだ。



祝福ブレス!? 避けろ!」


 反射的に叫びながら、俺自信も横っ飛び。

 でも、腕に固いもので叩かれた激痛が走ってもんどりうつ。


 いてえええ!

 そういや、鎌の使用OKだったっけ!


 天使が発動させた防御障壁が俺たちの体を包んだということは、危機が迫ったという事。

 こいつのおかげで腕は切れなかったけど、もの凄くいてえ。


 さっき確認できたみんなは攻撃されなかった。

 俺だけが転げるようにみんなの元へ逃げる。

 そして、ようやく俺たち以外の四つの光を確認した。


 初撃の失敗に無理せず距離を取り一か所に集まって陣形を作る抜群の戦闘センス。

 こんなことができる連中と言えば……。


「やっぱりお前らか!」

「ふふっ、やっぱり君たちだったのか。……昨日の借りはあるけど、手を抜く気は無いよ?」

「そうみてえだな。すげえいてえぜ、治人」


 俺たちの反撃を予期しての事だろう。

 天使によって、やはり青白い光をその身に付与された四人組。


 対峙するのは、チーム・ロワイヤルだ。


 そんなメンバーから一人、絵梨さんが抜け出してイチジクを取り除いた穴を探り始める。

 横取り狙いで後をつけていた、なんてことは考えにくい。

 きっとこいつらも暗号が解けてここにたどり着いたんだ。


 ……ガチで挑んだからこそ初めて分かる。

 せっかく見えた正解への道。

 でも、その道を先に歩く者がいる悔しさ。


 これはちょっと筆舌しがたいものがあるぜ。



「俺たちも誰かが……、おっとと」

「危ないわねあんたは。指図とかしないで。全部協力扱いになるわよ? 私も協力不可だと、ただの足手まといだから偉そうなこと言えないけど」


 花蓮は俺たちの後ろで、穴に手を突っ込みながら俺をたしなめた。

 そう、行動で示すしかない。

 ヘタな事言ったら一発で全員失格だ。


 しかしこの状況、五分五分に見えるけど。

 敵さんだって、綴夢ちゃんがこの場にいる以上キースの攻撃が封じられている。

 鎌を振るえるのは治人一人。


 で、沙那も治人にはめっぽう分が悪い。

 というか、治人に向かっていくつもりでも必然的に綴夢ちゃんに吸い寄せられちまうから、こっちの攻撃手段も朱里ちゃんだけ。


 だから三人が穴に挑みつつ、治人と朱里ちゃんのバトルになるってことだろ?

 だったら!


 俺も、花蓮の横に這いつくばって勾玉を探り始める。

 後は運の勝負!


「ふふっ……。誰が暗号を解いたんだい? やはり紅威くん?」

「いや、俺だ」

「そうか! そりゃ凄い! 応援したいところだけど、残念だ。……今回も、僕たちが勝たせてもらうよ」


 ん? どういう事さ。

 今の状況なら五分五分だろうに。


 そう思いながら顔をあげた俺の目に飛び込んできたのは、腰だめに鎌を構えるキースの姿。

 ……うそだろ?


「バカ野郎! そんなことしたら……っ!」

「ははっ! ぶっとべチビ助ぇ!」

「い、いだくしないで欲し……げふうっ!?」

「なにやってんの!? ちょっ!」


 キースの鎌が綴夢ちゃんを高々と打ち上げる。

 その小さな体はまっすぐ俺たちの方へ向かいながら宙をもがく。


 朱里ちゃんも駆け寄って、小さな体を受け止めようとしたら、


「はっはーっ! やっぱり俺様が最強だあ!」


 叫び声と共に、有り得ない速度でキースが突っ込んできた。

 その体当たりは当然綴夢ちゃんがターゲットなんだろうけど、的を抱えているのは俺と朱里ちゃんなわけで……。


「ごはっ!」

「きゃーーーーっ!」

「いだぐないっ!」


 慌てて俺たちを庇った沙那、そして俺の後ろにいた花蓮まで巻き込んだ大玉となって畑の上を転がり転がり、ようやく停止した時には六人そろって大の字になってしまった。


 くおお……、いてえ……。


 霞む視界の先では、鎌を地面に突き立てた治人が悠々と勾玉を探し始める。

 ……こういうとこ、甘い奴だな。

 この機に全員を叩きのめせば済むことだろうに。


 よし。

 その采配ミスを後悔させてやる。


「ぐほっ……。がっはっは! 俺様が最強だと思い知ったか!」

「いでで……。おい最強。綴夢ちゃん下敷きにして偉そうなこと言ってんじゃねえ」

「ははっ! 俺様もまるで動けねえんだ。しょうがねえだろ」

「おも……、い……」


 確かに最強だよ。さすが攻撃力三倍。

 祝福ブレスに守られているみんながろくすっぽ動けなくなるほどのダメージとか。

 一番激しいダメージを負った綴夢ちゃんは、ちっこい靴を俺の顔面に乗せながら、キースに乗っかられてうつぶせにぶっ倒れたままだし。


 ……おあつらえ向きじゃねえか。


「よし。その最強を倒したら、俺が最強だな?」

「あぁん? バカ言ってんじゃねえ。てめえに何ができる」

「偶然、お前の鎌が俺の手元に転がってるんだなこれが」

「なにぃ!?」


 俺は悲鳴を上げる体に鞭うって上半身を何とか持ち上げながら鎌を掴む。

 すると、キースも必死に上半身だけ起き上がって、綴夢ちゃんの体を抱え上げてブロック体勢をとった。


 へへっ。

 読み通り!


「食らえ! 渾身の鎌アタック!」

「なんの! いつものチビ助ブロック!」

「いだぐっ! …………ないよ?」


 そりゃそうだ。

 満身創痍、ヘロヘロに突き出した鎌の柄。

 その狙いは、お前のお尻だし。


 俺は狙い違うことなく、綴夢ちゃんのスカートをめくりあげた。


「なんて可愛いカボチャがこんにちはっ!」


🐦ごんっ!


 俺では無く、綴夢ちゃんを目掛けて空から降って来たお化けカボチャ。

 当然、防御力ゼロでお馴染みのキースの頭も直撃だ。


 足の小指をぶつけただけで三日三晩もだえ苦しむ最弱男は、うめき声一つ上げずにカボチャの下敷きになる。


 よし! 一人無力化!


「そしてモテ本に書いてあった通り! 男の浮気もいいスパイスって言うしな! どうだ朱里ちゃん、俺にめろめろか?」

「とへ~! かぼちゃあああ♡」

「そっちにめろめろ!?」


 上半身に圧し掛かった大きなカボチャからはみ出た小さなカボチャがもがもがいってる様子に、鼻の下を伸ばしながら朱里ちゃんが起き上がる。

 その隣からは、沙那が歯を食いしばりながら立ち上がった。

 

「なにしてやがるんだこの色摩!」

「てめえがやきもち焼いても嬉しくねえんだよ」

「ウチの姫をたぶらかしやがったのはこのケツか!」


 怒りに身を任せてキースの鎌を掴んだ沙那が、ようやくカボチャから抜け出してぷはあと息をついた綴夢ちゃんをかっ飛ばす。


「場外へ消し去ってくれる! どりゃああああっ!」

「ぐへっ! いだぐなああぁぁぁぁぃぃぃぃ……」

「ティムちゃあああああん!」


 いやいや! いくら祝福ブレスに守られてるからってそんなホームラン!


「ひでえことするやつだなてめえは!」

「うるせえ浮気者っ!」

「なに言ってんだよ! 浮気なんてし、はふーん♡♡♡♡」


 首がやばい音を立てるほどの衝撃。

 いつものように鞭で引っ張られた俺が、それを振るった朱里ちゃんともつれるように倒れ込む。

 そして今さっき俺がいた空間からは、鎌と鎌がお互いを削り合う身も縮むような金属音が響いていた。


「やれやれ。君たちに油断は禁物だったね……」

「治人か! 朱里ちゃん!」


 俺を突き飛ばすように朱里ちゃんが起き上がって鞭を振るう。

 そして鎌で競り合っていた沙那が入れ替わるようにバックステップで距離を取る。


 ……綴夢ちゃんを射程外に飛ばしたからな。

 治人は軽々と沙那を無力化できる。


 本来、遠距離で効く朱里ちゃんが前に出て、前衛でこそ強い沙那が後ろに下がる。

 こんな状態では、凄腕の治人に敵うはずもない。


 魔眼なんかなくてもこの強さ。

 軽々と鞭をかわし、沙那に迫り、そしてたった一薙ぎで二人を吹き飛ばす。

 そんな治人が目をつけたのは……。


「まずは、攻撃手段のない二人をつぶそうか」

「しまった! 逃げろ! 花蓮!」

「花蓮ちゃん!」


 襲い掛かる鎌。

 俺は必死で、立ち尽くしたままの花蓮を抱きしめて庇い……、あれ?


 治人の鎌が空中で止まってる。

 いや、なにこれ?



 治人が宙に浮いてる!



「…………これは、驚いたよ」

「能ある鷹はね? 一番かっこよく爪を見せるものよ」


 俺の腕の中。

 花蓮が手にしているのは釣り針? いや。


「……ミニチュアの鎌?」

「ええ。鎌による攻撃は自由らしいからね」


 よく見ると、ピアノ線のようなものが治人の体を縛っている。

 それが岩に、木に巻き付いて縦横に走り、治人の体を縛り付けていた。


「罠を張っていたのか! すげえぞ花蓮! これなら……っ!」


 治人を無力化すべきか。

 一瞬頭をよぎった考えを慌てて消して、手近な穴に腕を突っ込む。


 さっきの返礼という訳じゃない。

 花蓮がそう動いたからだ。


 司令官の判断だ。

 こっちの方が、可能性が高いんだろう。


 朱里ちゃんと沙那も慌てて穴に手を突っ込んでいく。

 四対一だ。

 絶対に先に見つけてやる!


 皆が散っていく先は、未だ探っていない辺りのようだ。

 あと、当たっていないのは……、お?


「俺たちが掘ったあたりか!」


 美嘉姉ちゃんたちの目の前。

 ひときわ真っ暗なあたりに走って、目立つ穴に手を突っ込んでみると……。


「深いなこの穴! ……朱里ちゃんが掘った奴か! ひょっとして!」


 意を決して、足から穴に飛び降りる。

 深さの具合も分からないもんだから足をくじきながら尻餅をついた。

 その拍子に背中が壁に当たって頭から土を被る。


 でも、こんなことで泣き言なんか言ってられない。

 しゃがんだ格好のまま穴の底を探っていくと。


「あっ……た」


 渦を巻いた石の感触が、指に伝わった。


「やった! 見つけたぞ―――――――!!!」


 俺は立ち上がり、顔がギリギリ覗ける穴から右腕を突き出して勾玉を掲げた。



 ……二か月間。

 数々の修羅場をくぐり抜けてきて。

 それでも、俺は勾玉をこの手にすることができなかった。


 今日初めて観察に頼ることなく、自分の力で暗号を解読して。

 そしてとうとう……。



 嬉しい。

 でもそれは、勾玉を手に入れたという喜びでは無くて。


『ザザッ……。告知。全学、傾注』


 お前らがいなければ何もできなかった俺が、ようやく一人で一歩を踏み出して。


『……アエスティマティオ上級課題・六月。ランクSS』


 自分に納得がいく活躍が出来て。

 それが、こうして形になって。


『発見者、一名確定』


「俺は……、これで俺は! 胸を張ってお前らと並んで歩くことができる!」


『チームロワイヤル・蒼ヶ峰そうがみね絵梨えり。以上』




 …………あれ?



 あれええええええええええええええ!!!!!?????




「どどど、どういうことっ!?」

「おいてめぇ! 見つけたって言ってたのにどういうことだ!」

「俺が聞きてえよ! 放送間違ってっから!」

「雫流……。君が持ってるの……」

「あはははは! 変態! あんたそれ……、あはははは!」


 穴のそばに近付いてきた花蓮が大笑いし始めたかと思ったら、朱里ちゃんと沙那も腹を抱えて、指を差して爆笑し始める。

 なに? 俺が持ってる勾玉がどうしたって?


 指摘されるがまま、自分の手にした物に目を凝らしてみると。




 …………うん。カタツムリだね。




「うおぉぉい! ややこしいぞてめえ!」

「あはははははははは! 変態! 初ゲットおめでとう!」

「うるっせえ! こいつなら何度も捕まえたことあるわ!」

「いいじゃない! 穴に落ちたのを助けてあげられたんだから!」


 笑い転げる三人の後ろから、美嘉姉ちゃんたち先生トリオと、なにやら申し訳なさそうな表情を浮かべた絵梨さん、そして綴夢ちゃんと、キースを肩に担いだ治人が集まって来た。


「その……、七色。ごめんね、私が先に見つけて……」

「やめて! 穴があったら入りたいっ!」

「くくっ! もう入ってるじゃないか。……その、何と言うか、おめでとう」

「うるせえ治人っ! 笑いながら言われても嫌味にしか聞こえねえ!」

「…………雫流ちゃん」

「美嘉姉ちゃんまで笑いものにする気かよ! なんだよ!」


 俺の顔の前にしゃがみ込んだ銀髪天使。

 それがいつもの無表情のまま、いつもの毒舌でとどめをさした。


「…………姉としてハイメガマーベラス恥ずかしいから、埋まってほしい」


 俺は穴の底に再びしゃがんで、頭からかけられる土を甘んじて受け入れた。


 ……

 …………

 ………………


 いや、そういう訳にも行くまい。


「わりい。引っ張り出してくれ」

「しょうがねえなぁ、姫はわがままで」

「てめえはやめめめめめめめめっ!」


 いだだだだだだっ!

 あ、朱里ちゃん!

 早くこっちの手を!


「はいはい。……紫丞さん、こっち持ったわよ?」

「うっし! じゃあ、せーのでいくかんな!」

「じゃあ私は髪の毛でも引っ張ってあげるわよ」

「どこ持ってんだよ花蓮!」

「冗談に決まってるじゃない。何を怒ってんのよ」

「せーのっ!」

「へっくち」


 べりいっ!


「ぎゃーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 いてえええええっ!

 毛ルメットもぎ取りやがったなドジっ子バカ!


 穴の縁に引きずりあげられて、両手を掴まれたまま。

 あまりの痛さに足をバタつかせてのたうちまわる。


「なんでてめえはやらかす瞬間だけバカ力になんだよ!」

「バカ力とは失礼ね。また接着剤でくっ付けてあげ……、河童が出たーーーーっ!」

「はあ!? 誰が河童だ! つるっつるなだけだろうが!」


 よく見れば、花蓮が手にした毛ルメットの内側。

 接着剤が塗られた頭頂部だけに、生え始めた毛が毛根ごと無数に張り付いていた。


「ほんとだ! 雫流、河童! 可愛い!」

「かわいかねえだろ!? ふざけんな! 河童って呼ぶな! あと花蓮! てめえは腹抱えて笑ってんじゃねえ!」

「…………久しぶりね、フラダンスちゃん」

「美嘉姉ちゃーーーん! その名前はやめてーーー!」


 掘り返された黒歴史。

 一同、このセンスのいい仇名に指を差しての大爆笑。


 ……せっかく出してくれたけど、その好意を無にしてごめん。


 俺は再び、自ら穴に落ちて膝を抱えた。


 この毛が生えそろうまで、ほっといてくれ!


 そんな穴から見上げる空は、俺の気持ちに反比例。

 白く柔らかな光を放ち始めていた……。



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