第5話 ギシン暗鬼


 ***

 カップル殺人ゲーム? なんてヌルゲーだ。

 こんなにヌルゲーだと、やる気もクソもかんけねーじゃん。


 さてと、喰いにいきますか。


「僕と一緒にペアを作りましょう」

 出来るだけ穏やかに。そして、誠意を込めて。

「あっしと?」

「そう、あなたと。これは男女1人ずつでペアを組むことによって、生を選べる。だから、ここで僕とあなたが組めば、僕たちは死なない」

「理屈は分かるけど、さ」

 何が納得いかないんだ? 勝ちへの方程式を立てて見せたんだぞ?

 怪訝な表情を表に出さないように心がけながら、更に続ける。

「死にたくない……でしょ?」

 これは当たり前だろう。死ぬのが怖くないやつなんて、人じゃねぇ。

「うん」

 ほらな。

「なら、僕と組もう。死なないために」

 そっと右手を差し伸べる。握手──カップルを成立させるために。

 まだ完全に信じきった様子はないな。でも、こいつが手を取るだけで、僕は一気に安全圏に入ることができる。

 だから、早く……。早く手を取れ。


 両目をきつく閉ざす。まるで、取ってください、と祈っているようである。

 さぁ、この仕草で僕が本気でお願いしているように見えるだろう。

 だが、心の中は不敵に不遜にわらう。

 それに気づける……なんてことはない。

 そいつは僕の手を取った。

 よしっ。1人目終了ー。

「ありがとう! 僕らは必ず生きよう」

「うん」


 強くガッツポーズを見せ、僕はその場を離れた。

 犠牲者を作り出すために──


***


「残リ時間ハ1時59分ダヨ」

 そこはかとなく楽しげに、天井から声が降り注ぐ。

 天井部を見上げていた生き残った19人はそれを戻す際に、ぴたりと視線があった。

 そう、まるで示し合わせたかのように──

 だが誰も話そうとしない。誰が誰といるのかを確認することもせず、視線をそらす。


 話してはいけない。そんなルールは存在しないにも関わらず、互いが互いを疑う。

 嘘で塗り固められたある種の信頼が、カップルを成立させるためプラスに動いているのだ。


「変な感じ……」

 女子高生の重盛がポツリとこぼす。誰に届くという訳でもない。でも、零さずにはいられなかった。

 それほどまでに重たい空気なのだ。


「僕はあの人。さっきから見てたんだけど押しに弱いタイプだと思うんだ。君まだカップル成立させてないでしょ?」

 イタズラと呼べるほど綺麗なものでない笑顔がそこにはある。

「成立してないけど、でも。もう成立させちゃってる人となんて……」

「大丈夫だ。アッチの女は5人と握手してたからよ」

 アニメキャラがプリントされたTシャツが筋骨隆々の体に押し上げられ、不格好になっている堀は、また別の女を指して言う。

「じゃ、じゃあ……行ってこようかな」

「おうよ」

 悪魔の囁き、とはこのことだろう。


 ──なんてヌルゲーだ。一見女性有利のこのゲーム。だが、それは違う。これは実は男性のがかなりの優位性をもっている。

 考え方によって、はだがな──


 そんな堀の心中など誰も察せず、次々と堀は新たな人に声をかける。

 まるでこのゲームの支配人のように。



「オレとペアになってくれよ」

 和泉はどこか嫌悪感を見せながら言葉を紡いだ。

「やーよ。そんな嫌そうな顔で言わたら」

 たわわな胸の谷間を存分に見せる赤の服を着た森下が返答する。

「別に嫌なわけじゃねぇ……」

「ならなんでそんな険しい顔してるのよ」

 呆れた声だ。対して和泉は形容し難い表情を浮かべてから、小さくため息をこぼし

「妻が妊娠してる時に、カップルとか嘘でも嫌だろ」

 と、どこかの議員やらに聞かせてやりたいセリフを吐露した。


「そんな本音聞かすのはズルいわよ」

 いじけた子どものように、あどけない表情で可愛らしく「もぅ」と言う。

 和泉は──しかし一切の笑みも見せずに真摯な瞳を森下にぶつけた。

「な、何よ……」

 仕事柄、異性に見つめられることは慣れていたはずだ。しかし、ここまで真摯な瞳を向けられるのはなかった。

 それゆえに、森下は不覚にも照れてしまったのだ。


「何もクソもねぇ。オレはもう失敗するわけにはいかねぇーんだよ」


 ──失敗……? 何のことだろ……

 森下にとってそれは、意味のわからない言葉であった。理解出来ない、それは疑心を生み裏切りを生む。

 森下は、伸ばしかけた手を抑え、疑いの目で和泉を見る。

「ど、どうした?」

 森下の変化を肌で感じたのだろうか。和泉は少し動揺したように、言葉を紡いだ。

「あのね、失敗って──なに?」

 聞くべきかどうか、思案してから口にする。

「そ、それは……かんけねーよ」

「本当にそう思ってるの……?」

 和泉の表情が歪む。つかれたくない場所をつかれたようだ。

「う、うるせぇ……。いいからオレとペアを組め」

 ヤケクソとでも言うべきだろう。和泉は、目を向き怒りを露わにしながら森下の腕をとる。

「や、やめてっ!」

 長身の男に腕を掴まれる。幾ら森下が力を込めて振り解こうとしても、やはりそこは男と女。

 森下に──勝ち目はない。


「やめとけよ」

 このまま押し倒されるのでは、などと思ったその時。

 アニメキャラがプリントされたTシャツを着込む、筋骨隆々の男、堀が握手を迫る和泉の腕を掴んだ。

「いっ……」

 和泉は顔を歪め、腕を掴む堀の顔を睨みつける。

「離せよ、クソっ!」

「クソはテメェだろ。無理矢理カップル成立させるなんて、有り得ねぇだろ」


 真剣に怒りを顕にし、堀は激昂する。

 まるで自分のことのように──


「あ、ありがと……」

 森下も森下で嬉しそうにしている。

 完全に立場をなくした和泉は、その場にいることすら恥ずかしくなる。

「あー、くっそ」

 頭をポリポリと掻きながら、部屋の端へと移動する。

 逃げることの出来ないこの真っ白な空間で。

 和泉はいたたまれない様子で、部屋の隅で丸くなる。


 だが──数分後のそれで和泉はすぐに動いた。


「残リ時間59分」


 それはペアを組めてない和泉にとって、死へのカウントダウンだから──

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