迫撃姫神モーターメイデン ーやがて剣聖へと堕ちるモノー

森河尚武

第1話 Girls meets boy

「紹介状ねぇ……」

胡散臭そうな顔つきで門衛が黒髪の彼の全身を無遠慮に眺めまわす。

「はい、そちらにある通りでして」

中肉中背の少年がこまったように愛想笑いを浮かべていた。


延々と続く背の高い白壁。隅々まで装飾が施された鉄製の重厚な門。その間から見える道の両脇はきれいに整った並木道。

門衛駐留所まであり、明らかに高級乗用車で訪れるような高位貴族の屋敷そのものだった。


ひるがえって自分はどうか? 彼は自嘲気味にわらうしかない。

延々と徒歩で来たうえに、さらに薄汚れた旅装では、たしかにこの御屋敷の客には見えないよなとそう思う。ただ彼も素直に帰るわけにもいかず、ほんとうに困っていた。

そんなことをしたら、にどんな目に合わせられるか? 思い出したくもない数々のそれら。けっこう必死だった。

「せめて訪問印だけでも。そうしないと紹介者に説明できませんからお願いします」

「ふむ……」

同情したのか、中年の衛兵も少し態度を軟化させて悩む素振りを見せる。彼の仕事は不審者を通さないことであるが、同時に訪問者への適切な対応も含まれている。

奥の詰所で連絡を取っていた若手の部下が駆け寄り、小声で報告する。

「確認とれました。そちらのお客様をお通しせよとのことです」


「たいへん失礼いたしました、お客様。どうぞお通り下さい」

門衛達が一歩下り、敬礼をすると同時、滑らかに鉄門を開いていく。

敬礼をする門衛たちに、ぺこりと頭を下げて、彼は中に入っていった。



「ったく、アイン姐さんってば、ちゃんと教えてほしいよ。唐突に手紙送ってきたと思ったら、紹介状と”ここに行け”しか書いてないなんて……」

ぶつぶつと文句を付けながら幅の広い道路をひたすら歩いていく。

「しっかし、遠いなぁ……門がかすんでるし、屋敷は見えないし。これがホンモノの貴族ってやつかね?」

彼はこの場所について何も知らなかった。



☆☆☆☆☆



ようやく玄関に辿り着き、執務室へと案内がつく。

(め、メイドさん、ホンモノだ……! すっげー!)

 オスカーは赤毛茶眼をした美人なメイドに先導されていた。内心ちょっと興奮しながらも根は庶民なオスカーはそろそろと後についてく。

その廊下は回廊になっており、いくつもある大窓から広大な敷地が見渡せる。

(あー、あそこで猟とかするんだろなー)

敷地の外に広がる広大な森を見ながら進んでいくと


ドルン――

「ん?」

突如、耳に響く爆音と共に、微かな揺れを足元に感じる。窓ガラスががたがたと共振して揺れる。

腹に響く連続した重低音。

なにか巨大な質量が地面に打ち付けられるような音、そして甲高い金属音と――

「あの音――!」駈けた。

「あ、お待ちください、オスカー様―― えっ!?」

音を聞いた瞬間、走り出したオスカーの背に、残像すら残さずに伸びたメイドの手指かか――らなかった。

「――っ!?」

あろうことか、オスカーをつかまえられなかったのだ。

赤毛のメイドは驚き硬直した。それはつまり騎士たる彼女・・・・・・の反応速度を上回ったということだから。

その隙にオスカーは音源に向かって・・・・・・正確に・・・廊下を駆けぬける。

「あの音、あの音――あの音!!」

甲高い女幽霊の哭き声と称されるその音が間断なく鳴り響き、さらには重金属同士の殴打音が間欠的に轟きながら近づいて来る。

多種多様な摺動による駆動音。大質量が衝突したことによる空間衝撃波で揺れる屋敷。


「そうだ、そうだ、そうだ、ぜったいそうだ、間違いない!!」

廊下を疾走する彼の耳に、その音たちが近づいてくる。

階段の間に飛び込み、手すりを乗り越え、裏玄関の間に着地。

驚いた少女メイド見習い二人にごめんねと声をかけて、重厚な大扉を勢いよく開く。


轟音にも似た駆動音が全身にびりびりと感じながら、叫ぶオスカー。


モーターメイデン迫撃人形!!!」


演習場で二騎の巨人が、魔導機関ナアカム・マキア・エンジンの咆哮のごとき唸りとともに対峙している。


――巨大兵器”迫撃人形モーターメイデン


それは人類の対魔獣決戦兵器、天敵たる魔獣を迎撃/駆逐するべく人類が建造した巨大兵器の総称である。

モーターメイデンはその名称が示す通り、砲撃を主体としており、背に巨大な砲と支援火器を満載した多脚型二足歩行+補助脚二足が主流であり、その過大な重量のため鈍重な兵器であるとされる。


「完全人型っ!? もしかして、剣聖騎かっ!?」


だが、彼の目の前にいる二騎は違った。

巨刀を八双に構えた白銀の巨人と、巨鎚を横に構えた濃緑色の無骨な巨人。


「すごい――あの白銀の、なんてなめらかな曲線装甲なんだっ!」


白銀の巨人モーターメイデンは、前面に申し訳程度の装甲が在るだけで、内骨格インナーフレームや機器が剥き出しになっている。両腿に内蔵された魔導機関ナアカム・マキア・エンジン本体や吸排気路の回転羽根タービンブレードまで露出している。


「しかも稼働曲線もまったくわからない! どれだけ複雑な動きが出来るんだ、いったい!!」


やはり剥き出しの関節部は無数の多積層摺動シリンダーや流体伝導継手によって形成された自在曲線関節のため、一見して可動範囲が解らない。

パワーも関節自由度も稼働速度も見ただけではわからないその巨人は、とても異質なものだった。


「あちらも知らないっ、新型かっ!?」


もう一方の濃緑色の無骨な巨人は、角ばった格子結晶装甲に覆われた重装甲型で、巨大なメイスを手にしている。

野太い四肢に無骨な装甲と重厚剛直な巨人そのものという姿は、とても頼もしい。

ただ全体的に見覚えのある外見は彼の知るモーターメイデンに近しい。


興奮するオスカーが見ている中、MMモーターメイデンたちは位置取りをするかのように互いの武器を構え、重々しい歩行音を残しながら互いに廻り込もうとするが、正面を向いたままのため相対位置が変わらない。そうして示し合わせたように距離をとる。

五十メートルほど距離。

しかし巨人たちにとって、その程度は指呼の間合い、至近と云ってよい。

腹に響く、唸りのような震動、そして甲高い”女幽霊の哭き声”――熱転換機関ファンクションジェネレータの高速吸気音が唸りをあげはじめ――

衝撃音とともに膨大な土煙が巻き上がる。

大地を蹴りつけ、白銀のMMモーターメイデンが大加速、地を甞めるように駈けた。

迎撃する濃緑色のMMモーターメイデンがふりかぶった鉄槌を落とす。迎撃するかのように白銀の騎士が刀を斬り上げ――みごとに空ぶった。

どごんっと大地にめり込む鉄鎚、ごうっと機体ごと回転する白銀。

そのまま、ずどどととたたらを踏んだ。

『だーーーー! 反応が過敏だっ!! なにこれぇええっ!!』

甲高い少女の声が白銀のMMから発声。

『ちょっと~何をしているんですの~。ちゃんと中てなさいな~。試験になりませんわよ~?』

同じように濃緑色の巨人からも間延びをした女性の声。

『判ってるよっ! こいつ、反応が過敏すぎるっ!』

『乗りこなしてみせなさいな~ 貴女、それしか能がないんだから~』

『ひ、っどーい! ボクだってやれば出来る子!』

『そーいうのは、実際に出来て~他の人からいわれるものですわよ~?』

きゃんきゃんと少女たちの声が演習場に響きながら、どったんばったんと剣と鉄鎚が交互にぶつかり合う。


「あいつら……」

凄まじく低いうめき声が横から聞こえて、オスカーはびくっと横を向く。

そこにはふわっとした笑顔を浮かべている赤毛の美人メイド。オスカーはなぜか怖いと感じた。

「モーターメイデン、お好きなのですか?」

そのまま

「は、はい。憧れなんです! その、昔…助けられたことがあるんです」

詳しくは語る気は無く、彼女もまたたずねない。さほど珍しい話ではないと双方に暗黙の了解があった。


白銀が濃緑の側面を旋回しつつ刀で斬りつけている。金切音を奏でながら装甲表面を擦過する。

『ちぇっ、浅いかっ! 読んだのねっ!』

『貴女のクセくらい知っていますからね~』

機体をわざと傾けて装甲角度を変え、刃筋を殺したのだ。

『次は~こちらの番~』

濃緑色のMMがぐぉんと巨鎚を水平に揮う。見た目通りの強大なパワー!

地を這うように駈けていた白銀のMMが横っ飛びして側面に回り込み、斬ろうとする瞬間

『うわっ!』

風を弾きながら鎚が同じ軌道を帰ってきていた。恐るべきことにその戻る速さは巨鎚は振り落しよりもさらに速い。

『この子のパワー、甞めたら痛いめをみますわよ~』

『ちょっとかすった、かすったぁああ! こっちの子の試験でしょ! 壊したら――』『怒られるのは貴女ですわ~』

どごんっと大地を穿つ巨鎚。

跳んで避けながら片手の刀で斬りつけるが、鈍重な見た目に反してゆらりと騎体をずらして避ける濃緑色のMM。

『あー!! なんか取引整備班としたなぁっ!!』

『それは邪推ですわ~人様を疑うなんて~いけない子ですわね~』

めちゃくちゃな会話をしながらどったんばったんと交戦する二騎のモーターメイデン。

「凄い、あんな動きが……」

掛け合いを無理矢理無視して、オスカーはひたすらに騎体を追う。

MMモーターメイデンは鈍重(といっても時速50kmほどは出る)だというのが一般の認識である。

強大無比な火力がその真骨頂であり、火力の壁をもって魔獣を駆逐するのが役割である。

ただオスカーはそうでない機体があることを知っていた。

「あれこそが”剣聖騎”、その量産試作型です」

「それ、ってあの伝説の」

「いいえ、伝説などではありません。古代人類の英知たる剣聖騎を解析し、現代技術によって蘇えらせた最高の機体――」

『あ゛っ、右腕動かないっ!!』

白銀のMMがぎゃりぎゃりとカンに触る異音。右腕が奇妙な位置のまま動こうとしない。関節部過熱により関融着したのだ。


赤毛のメイドは表情を変えないままだが、こめかみがぴくぴく動いているのにオスカーは全力で気が付かないふりをする。


ここは既に死地――何か間違えたらシぬ。


その空気を感じずに濃緑のMMが叫ぶ。

好機チャーンスですわよぉ~ ――シに晒しなさいなぁあああっ!』

巨鎚を天高く掲げる。ずもももももと背景に黒い雲がまとわりつき紫電が奔る。(演出)

『ちょ、キャラ変わってる、変わってるよ~!』

『そんなことないですわよぉおお~わ~た~し~は~メイド~、かわいい冥途~♪』

『字が違ってないかなぁっ!!』

白銀のMMモーターメイデンは距離を取ろうとして

『――どぅわあああああっ!!』

片足の反応が鈍くてずっこける。足関節もまた動きが悪くなっていたのだ。強引に膝をついて転倒を回避するが後が続かない。

『わぁ、ちょっとちょっとタンマ! こっちいまダメ、動けないよっ!』

『戦いにタンマはありませんわよぉおおおおそ~れ花びら大回転~か~ら~の~』

ぎゅいんぎゅいんと巨鎚を回して遠心力をつけて

『ぎゃー!! まって、ほんと、そんなおっきいの、こわれちゃう!』


びきっ! 聴こえてはならない音が聞こえてオスカーが内心ひぃいいいと悲鳴をあげ


『そこまでだ、このどアホウふぁっきんめいでんどもぉおおおお!!!!』


耳がキーンとする。

両耳をおさえてかがみこんでいたオスカーが涙目になりながら横を見あげると



――冥途がいた。


魔導力機関の定常出力音だけが鳴り響くMMモーターメイデン演習場に冷気の風が吹く。

赤毛の”冥途”は無線拡張器のマイクを右手に持ち、腰に手を当てたまま二騎を鋭くにらみつけている。

演習場放送設備から指令が穏やかに流れる。

『状況終了、双方ともに戦闘態勢を解き、降りて来い』

『『いえす、マム!』』


MMたちが膝をつき、降着姿勢になった。

白銀のMMモーターメイデンの気密開放音と共に三重の胸部装甲が開放され

「あー、もうっ!! あ、つーい! 汗でびちょびちょ!!! あー、ぱんつひもぱんもぐちゃぐちゃ~」

小柄な銀髪の女の子が飛び出してきた。

身体にぴったりフィットするホルターネック型ハイレグなボディスーツの裾をのばして熱気を追い出そうとする。試作型のために空調性能が今一つなこともあるが、モーターメイデンにおける躁騎士は魔導力増殖炉の一部でもあるため、過大な負荷がかかるのだ。

慣れない者だと一度の戦闘で二日は疲労と筋肉痛で身動きできなくなると云われている。


「クサナギ候補生。もう少し優雅に、淑女のように振舞いなさいな~」

続いて隣のMMからも銀髪美人が姿を現す。

「こんなえっちなハイレグレオタード着てるのに、淑女も何もないじゃない! 」

首筋、肩から上腕部にかけては素肌が露出しており、さらに頭の上にはゆらゆらと揺れる帯のようなウサミミヘッドドレス二つの情報端子クリスタルポート

ついでにおしりの少し上あたりに柔球体”シッポ”情報接続端子。


「言葉づかいが悪いですわよ。いついかなる時でも気を抜くべきではないと云われているではないですか。お客様の前ではしたなければ貴女だけではなく、主が恥をかくのですよ」

濃緑のMMモーターメイデンからワイヤーリールで優雅に降りてくる銀髪金眼の美女。彼女も切れ上がったハイレグボディースーツに股下ぎりぎりの短い黒テールコートを羽織っていた。黒のストッキングに包まれたすらりとした美脚を惜しげもなく晒している。

なお足元はくるぶしまで覆う形のハイヒールショートブーツである。


「いーじゃん、いまは客なんていないんだからさー」

うっとおしそうにがしがしと髪をかきあげながら銀髪美人の方に視線を落とすと

「「……」」

ぽかーんとしていたオスカーと目が合う。

蒼玉サファイア色をしたきれいな瞳。

銀髪の少女はきょとんとして

「ななななな――っ!」

蒼玉の眼を大きく開いて

(――あれ? この色は知って)

オスカーは思い出そうとして

「きゃーーーーーーーっ!」

銀髪の少女の甲高い悲鳴で掻き消えた。そのままあげながら操縦槽に駆け込む少女。


「なんで、どうしてオトコノコがいるのーーーー! ヒドいよ、がんくえんちょー!!」

銀髪少女の抗議に赤毛メイドがくえんちょが冷たく応える。

「お客様がお見えになると通達はしてあります」

「演習見に来る予定なんてなかったよねっ!!」

「MM操縦は重要カリキュラムのひとつなのですから、予定変更の可能性は考えて置くべきでしょう。また常に気を使い優雅に振るまうことは、いついかなるときでも平常心であることにつながるのです。大事ですよ?」

「そういう問題じゃないでしょ!」

「そういう問題だと云っています。とりあえず降りてきなさい。お客様に紹介します」

「こんな恰好――」

「正規操縦服です。恥ずかしがるから余計恥ずかしいのです」

「身体のらいんまるみえじゃんっ!」

「――それでも正装です。どうしてもというなら席の下にオーバーコートが収納されています」

「早く云ってよーーーー!!」

操縦槽の中を引っ掻き回す音がする。


「お騒がせして申し訳ありません、オスカー様」

「いえ、むりやり来てしまってすみません」

赤毛のメイドが頭を下げるが、案内の彼女を振り切ってきたオスカーはむしろ恐縮する。


 銀髪の少女は引っ張り出した艶黒のオーバーコートを身に着け、巨人の装甲をぴょんぴょんと跳び降りて、オスカーの前に立つ。


銀髪の二人が並んで、綺麗に一礼をした。


「初めまして! リーア・クサナギ候補生ですっ!」

「初めまして~。わたくしはアーデルトラウト・アルバトロス候補生ともうします~」


少し顔の赤い少女たちの頭上では、帯型接続端子ウサミミがふよふよと揺れていた。



――それが、彼と彼女たちの出会いだった。



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