凍える炎 -ノルニシュカ皇国記

しおり

プロローグ

「ばちがあたったんだ」少年はそう云った。「真実にそむいたからばちがあたったんだ」

 冷たい風が、少年と少女の、金と紅の髪をなぶった。吹き付ける風に混じる氷のかけらが、白い頬を打つ。

 ふたりは、空の上にいた。美しい木馬、魔術や歯車や回転翼によって大空への推進力を与えられた機械仕掛けのペガサスの上で、彼らはしっかりと前を見つめていた。

「ラルカ・ドーレスト・ラ・ドーレストという正当な皇位継承者の存在を隠匿して、エトリカ・ドーラー・ラ・ドーレストに皇位を継がせようとしたから歴史が罰をくだしたのさ。殺しておけばよかったんだ。ラルカが生きていないのなら、エトリカが正当な皇位継承者だ。文書の上ではね」

「でも、生きている」

 少女の声に、少年は頷いて、「幸いなことにね」と付け加えた。

「お父様は弱かったんだ。自分の息子を殺すことができなかった。それが国の破滅を招くとわかっていても」

 知っていたとしても、解ってはいなかったのかもしれないけれど、と少年の透明な声が、 冷たい風に吹き散らされて、真っ白に凍りついた城下街の上に降る。

「ぼくにとっては、ラルカもエトリカも、もちろん他の皇子も、たいせつな兄だ。みんな」

 少年の、万華鏡の瞳がきらきらとかがやいた。少女はそっと目を伏せる。彼女もまた、氷の城に囚われた、たいせつなたったひとりの肉親のことを考えていた。

「真実でないと、歯車はかみ合わない。真実でないと、積み重なった歴史に復讐される」

 二人の目の前で揺れる元素灯の火が、紅や金、銀、桃色の火花を散らした。刻一刻と移り変わるその色彩は魔術と科学の結婚を祝福するようにまばゆい。それに勇気づけられたように、少女はまっすぐに前を向く。氷の尖塔が永遠の象徴のように突き立つ、美しくともつめたい宝石の城。

「心配要らない。あたしたちは、成功するわ。だって、あたしたちは真実を知っているから」

 その鼓舞するような声に、少年も頷く。金色の髪が風に舞い上がる。

「そう。正しい操作を施せば、魔術も機械も正しく動く。どんな氷も融けるんだ」

 羽水晶のフラップが上下し、回転翼や歯車が噛み合って音楽のように鳴る。眼下の結晶化した街のあちこちにそれが反響して増幅し、硬質な氷の歌がかろやかに空を包む。少年と少女は顔を見合わせ、しっかりと頷いた。

「天文時計を動かすんだ。暗号のこたえは知っている。―――氷のかけらで綴るんだ」

 ラルカのもってる氷の鏡。その砕いたかけらがぼくたちのペンだ。それを使って綴ろう、時計をうごかす呪文を。

 虹色に輝く、スノウ・オパールのような飛行眼鏡を直して、少年はハンドルを握った手に力を込める。

「ぼくたちは常に正しくなんていられない。でも、正しくあろうとしよう。それが真実だ」

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