第4話 微妙なキックオフ。

 2015年1月31日。

 会社がオーナーとなったM県のサッカークラブの新体制が動き出すキックオフミーティングが現地にて行われた。地元スタッフは4名。オーナー会社からは8名が出席。早朝6時の新幹線で現地へ移動。10時からキックオフミーティングが始まる予定だった・・・。


 予定されていた開始時間から10分が経過した頃、東京では人事担当。クラブでは代表取締役社長のY氏が口を開いた。


 「Tさんからメールが来ました」


 ミーティング開始を待っていた一同がY社長を注視する。


 「市議選に出馬するので強化担当を下ります。クラブとも一切、関わりません」


 一同・・・「!?」


 新体制、新シーズンから強化担当に就任する予定だったT氏は、鹿児島県出身で高校サッカー選手権優勝経験のある超名門高校を卒業。横浜FCのJ2昇格時にプレーしていた元Jリーガー。流れ、流れてM県のクラブに辿り着き、引退後は監督としてチームを指揮。全国社会人リーグのJFL昇格まで、あと一歩という地域リーグに3シーズンで2回、導いた男だった。


 体制が変わり、監督から強化担当して選手補強や監督選考、選手の年俸交渉などを勤める予定だったが、突然の市議選出馬だった。


 Y社長曰く、キックオフミーティングの1週間前から連絡が取れなくなり、不安になっていたのだが、いい加減な男だから当日はフラッと来ると思っていたのだが、このバックレの行動は事前に準備をしていたみたいだ。

 しかし、本来は「ヤラレた!」と困惑するのだが、この会社の社員たちは、社長を始め、最初っから人をあまり信用しない集団だったので、そこまで混乱も困惑もせず、キックオフミーティングは15分遅れで開始となった。


 スウェーデンの名選手、ズラタン・イブラヒモヴィッチの名言にこんな言葉がある。


 「世の中には何千もの道がある。中には曲がりくねった道や、通り抜けにくい道もあるだろう。しかし、そんな道が、最高の道であることもある。普通とは違う人間を潰そうとする行為を俺は憎む。もし俺が変わった人間じゃなかったら、今の俺はここにいないだろう。もちろん。俺みたいなやり方はお勧めしないぜ。ズラタンのマネをしろとは言っていない。ただ、【我が道を進め】と俺は言いたい。それがどんな道であってもだ」


 旧体制がどうだったかは全く分からないが、事前情報では、かなり評判が落ちて、一部のサポーター以外の応援や指示は底辺にまで落ちていた、と聞かされていた。マイナスからのスタートは私は大歓迎。なぜなら、これ以上、落ちることはないからだ。

 クラブの歴史を深く知る強化担当が姿を消し、もう「我が道を進む」しかなくなったのだから、逆に燃えてきていた。


 そもそもサッカークラブの運営を知らない素人集団になってしまったのだから、旧スタッフから、これまで、どんなことをやってきたのかのヒヤリングを行い、クラブの収支の確認をしながら、何をするべきかで終了となった。

 今後の動き方に関しては東京へ持ち帰り、計画を練ることになった。


 私は2002年にジュニアユースのサッカークラブの立ち上げに関わり、指導と運営を10年以上やってきていた。プロクラブとジュニアユースの運営では大きく違う点もあるが、10年以上、ボランティアとして活動していた知識と経験、仕事で知り合ったJリーグのクラブやハンドボール、バスケットボールのチームスタッフとの交流、雑誌や新聞、テレビで学んだことを吸収していたので、他の社員より全然、イメージが出来ていた。

 他の社員たちは、そもそもスクールがどんな活動目的で、クラブにお金と人財を残す重要なものであることも分からない。ズブの素人だった。


 そして、お金しか見ない集団によって全く前に進まない会議ばかりが続き、キックオフミーティングから2週間が過ぎようとしていた。


 このままでは何かマズイことが起きるような・・・

 その予感は当たってしまった。

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