三十六計
第11話 背景 道の駅にて
「ぬうううん!!」
フラクレスの太い腕が振り下ろされ、10m以上の全長を持つトラック、そのボディが激しく歪んだ。運転席は刹那の間に醜くひしゃげ、それは背部の荷台にまで及びアルミが裂け、羽根を広げるかのように潰れていく。
『あっちゃぁ……』
目標を捉えたのは夜21時を回る頃。とあるサービスエリアであった。
それなりの大きさであり、一般車両もトラックも多く、揚羽は駐車場をぐるりと周りそれを発見した。
そして報告を受けるなり、ヘラクレスは荷台を飛び出した。
戦闘員スーツとして完成していないヘラクレスのマスクは、急拵えのためもあって変声機の内蔵も成されていない。
夜のざわめき、すぐ外の高速道を走る車両のエンジン音をかき消し、ヘラクレスの声は夜のサービスエリアに
『目標は?』
フレイが尋ねる。
今の一撃で事が片付けば、再びヘラクレスを回収し撤収となる。
『……ごめんなさぁい、居ないみたい』
『こんの馬鹿!!』
揚羽がすかさず語気を荒らげる。
無理もない。となれば恐らく運転手はサービスエリアの休憩スペースへと立ってしまっている。未だ一般人が多く行き交う場所に紛れてしまったのだ。
運転手の帰還を待とうにも、既にヘラクレスは事を起こしてしまっており、それが見過ごされる筈はないのだ。
通報されたと考えて行動する必要があった。
『弱ったね』
『しゃあない、追いかけて仕留めるしかねぇだろ』
『いや、個人を狙うこちらの意図が察知されるとそれはそれでマズいだろう』
引き続き送られる作戦の懸案事項は他にも残る。まずドライブレコーダーの破壊。そして携帯端末の破壊だ。
ただの交通事故を装う第一案と違い、怪物ないし戦闘員が関与した事が発覚してしまうとなれば捜査の手も緩くはない事が考えられるのだ。
『やむを得まい、私とA10で休憩スペースへ進む。揚羽とヘラクレスはこの場から侵攻。無人の車両を程々に破壊していけ。逃げる車両は追うな』
ヴォンと動力が走り、ニズヘッグがその全身に力を
『A10、解っているね』
『はい、いつもの様に』
武器を振り回し、一般人を混乱させ逃げ惑わせる。怪物の為の舞台を創り上げるのだ。
『しゃあねぇな!
『よし、行動開始!』
荷台から飛び出すニズヘッグ。飛び降りた先には野次馬と現れた制服姿の男。ニズヘッグが腕を振るい、男の横っ面を弾き飛ばす。
それに続いてえっちら、俺も荷台から降りた。
運転席から飛び出した揚羽は被った仮面を正すと更にフードを被り、大ぶりな機械へと変貌した腕を手近なトラックへと叩き込んだ。
『シュート!!』
砲撃を思わせる轟音。トラックの巨体が浮き、押し飛ばされ、ひしゃげた。
「mmm!」
その更に先では中型の黒いトラックが逆立ちするかのように宙に浮き上がっている。
「AHHHHH~!!!」
揚羽の齎す衝撃音もを打ち消す絶叫。トラックは更に大きく宙を舞い、駐車する車列に墜ちた。金属がひしゃげ、コンクリが割れ、幾つもの車を押しつぶしてヘラクレスによって投げ放たれた車体は転がった。
『馬鹿! 一般人を巻き込むような事すんじゃねぇったろが!』
『あぁん、もう、これだからフレイ様ンとこってまだるっこしいのよねぇ』
悲鳴とざわめきが広がり、車中に居たのだろう人々が次々に車外へ踊りだし休憩スペースへと走り出した。
完全に失策である。
『見ろ!逆に向こうに人がいっちまったじゃねぇか!』
『あらぁ?』
『マズいな。スー、標的の座標は?』
フレイは通信機越し、基地で情報の海へ潜るスーチに尋ねる。既に標的の携帯端末はGPSから補足が完了しており、現在はそれを追って俺達は行動していた。
『目標は現在も移動しておりません。位置は軽食エリアとなっております』
スーチの代わりにBMIの音声出力用の合成音声が応える。
『ならば急ぐとしよう』
手近なセダンのボンネットに足をかけよじ登る。報告された軽食コーナーの目星をつけると、俺は先行するフレイの後を追った。
駐車場でけたたましくクラクションが鳴った。強く、長く、威嚇するかのように。
走るニズヘッグの姿に、始め人々は呆然とその姿を目で負う。そして遅れて情報を脳が認識するに至ると、慌てて体制を崩し散っていく。
夜も深まったサービスエリアだが未だに家族連れも散見し、また制服を来た者、背広姿の者も多い。
未だに俺たち悪の組織は一般人の認識には遠い存在である。それ故に脅威と頭が明確に判断するまでに相当のタイムラグを要するのだ。視界の端、禁煙ブームによって隅っこに追いやられた喫煙ブースでは、幾人かの男が野次馬を決め込んでいる。
時には逃げ遅れた男や女性を弾き飛ばし、俺たちは無理くり人垣を掻き分け休憩エリアに突入した。
「邪魔くしゃぁぎゃあ!」
威圧が必要と、出力音声をニズヘッグのモノへと切り替えたフレイは右手の
幾つもの悲鳴が、一瞬で場を狂想曲の世界へと誘った。中央の入り口に迫る俺たちに、建物の中の客は逃げ場を見失い、距離を図る。それでも今一つ危機認識が足りないのか、一定の距離からは逃げようとしないのだ。
実際、その気になれば店内のカウンターの奥には従業員スペースと裏口、そしてサービスエリアから高速敷地外へ逃げ延びる事が出来る。それをしないのは、あくまで従業員エリアが部外者立ち入り禁止の空間である認識というモラルの問題だけに留まらず、やはり生命の危機から遠く離れた生活のせいだと感じずには居られない。
ただ、しかして彼らの行動は正しかったりもするのだ。
悪の組織であり、異形を扱う俺たちであるが、一般人への被害を出すつもりが無いからである。
「ビヒィ!」
入り口から侵入し、中央の購買エリアで周囲を見渡し、俺はそのまま軽食エリアへ進む。
BMIから送られた顔はどこにでも居る特徴のない中年男性で、強いて判別するならヘアスタイルが角刈りだと言う事ぐらいである。
カウンター側にほぼ全ての客が身を寄せている。店員もまたカウンター内が安全だとでも思っているのか、その場で立ち尽くすばかりであった。一部のものは携帯を取り出し連絡を取っていたが、最早この段階であっては手遅れと言わざるを得ない。
何よりも救えないのが、スマートフォンをこちらに向ける青年が居る事である。
「見つけたぎゃか?」
ガラス片を踏み鳴らし、背後にニズヘッグが追いついたのは、シャッター音が間抜けに鳴り響いたのと同時であった。
それなりに離れているとは言え顔判別が不可能と言う訳でもない。しかし記憶を頼りに探す姿は其処には見当たらなかった。
『
『――現在目標は正面右側、窓際に反応しています』
応える声に、窓際を確認するまでもなかった。
窓際に寄せられた二人掛けの席には、誰も座っていないからだ。
「どうなってるぎゃかぁ!」
あくまで怪人を演じ続ける必要は、フレイが良く解っている。そうやって
故に怪人役は、どこか間抜けな暴力の権化である必要がある。
フレイは右手の鞭を振るい、手近なテーブルを吹き飛ばした。
「
『おい! どうなってんだこりゃ!』
何が起きたのかは不明だとして、手をこまねいている暇はない。幾ら怪物の力や装備を身に纏ったと言っても高が知れており、俺たちの数はどう足掻いても四人ぽっちだ。警察に囲まれればやがて苦戦もするだろうし、過去敗れた特殊部隊のように技術レベルを引き上げた装備を持ち出されれば敗れる事は十二分にあり得るのだ。
しかし通信に割り込んできた揚羽の声は、それもまた危急の事態だと告げていた。
「何事だぎゃぁ」
基本設定は音声外部出力と通信は共にオープンのままである。故に通信をしながら奇声を発してしまう不都合があったが、しかしいざ戦闘中ともなれば態々変声機をオフに切り替えている暇はないのだ。
『いや、それがねぇ、何でか居るのよぉ。
……この子が』
「にゃ!?」
この子。
どの子。
フレイにはピンと来たようである。
『αが、付いてきちまってた……』
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