第8話 筋☆肉少女隊


「アナタもフレイに用事なの?」


 目の前に突如現れた鋼の肉体。悪の組織が北米にある本部より派遣された虫のヘラクレスは身体をSの字にくねらせ尋ねた。

 俺の太もも程もある太い腕が、内向きに畳まれ、野太い人差し指が口元に立てられる。真っ赤なルージュ、見ればその爪も薄ピンクに輝きを放っていた。


「いえ、終わったトコです。それと、今フレイは立て込んでいて、その、例の子と」


 いや、解っているのだ。時代は彼のような存在を認めていると。同性愛や性同一性障害は今や只のマイノリティではなく、一個の人間の在り方だ。

 だがそれを差し引いても、彼の存在感はパーツからして自己主張激しく、思わず萎縮してしまうのだ。


「ああ、あの子ね。どうやら旨くいったみたいじゃないの。態々運んできた甲斐があるってもんだわ」


「ええ。では、私はこれで」


 彼に関して疑問はあった。日本に滞在する時期が伸びた件である。


 だが、心が関わるべきでは無いと言っている。ヘラクレスの強烈なキャラクターもさる事ながら、滞在のきっかけはきっと恐らく厄介事だという確信があった。


「あら、つれないじゃない。ちょっとアナタ逹にお願いがあって来たのよ、ついでにちょっと聞いてって頂戴?」

 が、逃げられるかどうかはまだ別である。


 ガッチリと俺の二の腕を捕まれ、俺は完全に拘束されたに等しい。その腕が力を込めたならば、俺の贅肉だらけの腕など枯れ枝も同然だ。


「私は一介の戦闘員なので、そういったお話は命令に従います。……ので、離して頂けませんか」


 掴まれた腕に怖気を感じ、見やる。小指から順々に、牛の乳絞りとは逆の順番で野太い指が、俺の腕を揉みほぐしていた。

 心なしかヘラクレスの表情は恍惚としている。


「まぁまぁいいじゃない。どうせ二人しか居ないんだもの、虫も戦闘員もあってないようなモノよぉ」


 一揉みニ揉み。触感を確かめるようにゆったり、そしてしっかりと指先が腕に食い込んでいく。

 贅肉を越えて、筋肉や血管、筋にまでその圧は届いた。何度も繰り返される内に、やがて腕の感覚が失われていく。


「ちょ……いい加減っ」


 無駄だと解りながらヘラクレスの腕を解きにかかった時だった。

「どいて下さいっ」


 当てこするように俺の身体を突き飛ばし、視界の隅に白衣の裾が流れる。パネル操作を操作する電子音、続いて網膜チェックを知らせる通知。照合をクリアし、ドアがアンロックされ開かれた。


 ドアの方へ視線をやると金髪の後頭部。その低い背といい、スーチの姿であった。


「あら」


「ちょ、スーチ、今はっ」


 慌てて声をかけるが既にスーチは室内に足を踏み入れ、その光景を目にしていた。


「ま、丁度いいわね。さ、入りましょっ」


 ヘラクレスは掴んだ俺の腕を持ち上げ、引きずるというよりかは持ち運ぶように、スーチの後に続いた。肩の痛みに苦悶の声を上げる間もない、あっという間の展開であった。


「フレイ様っ」


 引き返す事となった中央休憩室は変わらず春の景色を広げていた。

 目の前にはフレイの膝に乗り、身体を完全に預ける少女αの姿と、それを見て髪を逆立てんばかりに肩を怒らせるスーチの後ろ姿。


「ありゃ、スーチ……」


 少女の身体を抱き支え、空いた手をその頭に添わせていたフレイは、スーチの姿を認めると少しバツが悪そうに口を開いた。


 一方の少女は完全に脱力し、スーチの声に反応をする事もなく、寝息を立てるように小さく身体を上下させている。少女αに与えられた偽の情報、フレイに与えられた親としての役割であるが、心配は杞憂のようであった。


「どういう事ですか、これは……っ」


 問題は、もう一人の少女スーチにあるようだ。傍目にもフレイに心酔する少女研究者は、どうも目の前の光景に強い嫉妬を燃やしているようで、決して大きくない声だがその言葉尻には強い叱責の意思が感じられる。


「ま、まあ落ち着いておくれ、スー。……状況は聞いているね?」


 少女αの目元を隠すように手を滑らせ、眉尻を下げスーチを宥める。少女は眠っているようで、変わらずに静かな呼吸を繰り返していた。


「あの、そろそろ本当に離して下さい」


 そして俺は相変わらず二の腕を揉まれている。


「あら御免なさぁい、つい肌触りがよくて」


 解放される。腕には指の痕が残り、暫くは動かすにも困難な痺れが残った。肩で腕を回し血行を促しつつ、スーチを起点とした三角を描くようにヘラクレスとの距離を図る。


「聞いておりますフレイ様。ですが、何故それをフレイ様が行わねばならぬのですか? 一時の刷り込みならば他の者でも良いでしょうっ」


 落ち着いた所で改めてスーチの横顔を覗き見る。少女α同様、俺には剣呑な態度を取る少女である、その意外な一面に少しだけ興味が沸いたのだ。


 目を見開き、青い瞳がハッキリと見て取れる。浅黒い肌は上気し赤みが増し、怒りよりもむしろ困惑、そして懇願のような必死さがあった。


「ここの職員がみな忙しいのはスーも解っているだろう? 私がくらいしか居ないのさ」


「そんなの! 揚羽や、この者にでもっ」


 振り払うような手振り、指し示される。

 そこそこの付き合いとなった今、扱いは堪える。

 天井を見上げておいた。


「スー、彼らには少し無理がある。何より男だからね。

 それは、解るだろう?」


「解りませんっ」


 うん、よし。引っ込んだ。


 室内では押し問答が続く。冷静沈着な才媛の面影はどこへやら、母親を取り上げられた駄々っ子のように理屈もヘチマもなく、スーチは引くことをしなかった。

 

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