第15話 火事の原因 2
久我はチハルのことを一瞬見て、神妙な顔を消防隊員に向けた。
「何か、証拠となるようなものが出てきたんでしょうか?」
「いえ、直接『こうして火をつけた』と断定されるものは出てきておりません。しかしながら、火源付近にはライターや木切れ、雑誌や灰皿やコンロなど、火源になりそうなものが多数見つかりましたので、原因のひとつとして排除することができないのです。昨晩伺ったお話によりますと、このアパートは取り壊しが近くて不要品の残置が大変多かったということでしたよね?」
「はい。廊下には家電製品や古新聞もありましたし、居室の中にも結構残っていたかもしれません」
チハルは申し訳なさそうに言った。
鹿野荘の廊下には引っ越した住人が残していったゴミが山積みにされていた。一階二階ともに端のほうは特にひどかった。中には不法投棄されたものもあるかもしれない。片づけたいのは山々だったが、六号室のAに勘繰られるのが怖くて放置したままでいた。
「燃えやすいものがアパートの共用廊下にあるのは感心しません」消防隊員はぴしゃりと言った。「火災原因のトッフはここ数十年放火なんです。しかもゴミへの放火が一番多い。共用部分にゴミを放置しておけば格好の餌食になりますし、火事に限らず災害が起きた場合に避難経路を塞ぐことにもなります」
それまでは穏やかだったのに、隊員の目つきは鷹のように鋭くなっていた。誰に向けて言ったわけでもないが、一番項垂れているのは鹿野だ。叱られた子供のような顔が気の毒で、久我は助け舟を出した。
「あの、質問してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「我々がここから逃げ出してすぐに小さな爆発があったんですが、その原因はお分かりになりますか?」
ああ、と隊員は思い出したように声を上げた。
「ガスボンベだと思います。カセットコンロ用のボンベが破裂した破片が見つかりました」
「ガスボンベ?」
「ええ。火源付近に転がっていたか、廊下のゴミの中にあったのでしょう。熱することで内圧が高まり爆発を起こしたと思われます。ほかに爆発しそうな物は見つかりませんでした」
「なるほど。で――」久我はメモを取っていた手を下ろした。「放火の可能性も残っているとして、今後警察のほうで犯人捜しはしていただけるんでしょうか?」
「その点についてはのちほど警察のほうからも説明があると思いますが、現段階では放火の線は薄いため捜査は行わない予定です」
「えっ、じゃあ、原因不明のままこれ以上調べることはしないんですか?」
チハルが食いついた。
「調べた結果が原因不明なのです。目撃者のひとりもいれば別なんですが。逆にこちらが聞きたい。このアパートから逃げていく人物を見たとか、何か物音を聞いたとか。本当にないんですか?」
「昨夜もお話した通りです。特にそういうことはありませんでした」
「あなた方のどちらかが、もう一方を庇っているということもないんですよね?」
……は?
チハルはムッとした。ここまで話を聞いて、ようやく今気づいた。この男、服装こそ変わっているものの、昨日チハルと久我を疑ってかかったあの消防隊員だ。一体なんの恨みがあって突っかかってくるのか分からないが、こうなったら負けない所存である!
「私たちが放火犯だとでも言いたいんですか?」
「そうじゃありません。ただ、現場にはあなた方しかいなかったわけですし、故意に火災を起こして保険金をだまし取ろうとする偽装放火も増えておりますので」
「偽装放火? 鹿野さんのことまで侮辱するなんてひどくないですか!?」
「まあまあ、チハルちゃんも消防士さんも落ち着いて」黒磯が割って入った。「今回のことは恐らく電気配線が原因、それでいいじゃない。チハルちゃん、消防士さんはこの道のプロなんだから。それに消防士さん、うちの社員も久我君も、アパートの家主さんもそんなことする人じゃないですよ。みんな深呼吸しようよ」
黒磯の真似をして他の四人も深呼吸をした。全員が「くだらない」と思ってやっていたが、確かに少し場の空気が落ち着きを取り戻した。黒磯が促して、消防隊員は冷静に今回の火災についての説明をひと通りした。その後鹿野に向けて火災を予防するための指導があり、り災届けなどの書類が渡された。
警察からも似たような話があった。彼らの見解も消防署と同じらしく、今後の捜査は打ち切りという話だった。
「久我さん」
「なに? チハルちゃん」
久我は消し炭になった空間をデジカメで撮りまくっている。保険会社に請求するためだ。黒磯と鹿野は遠く離れた入り口付近で話をしている。
「明日のお休み、予定ありますか?」
久我はカメラを持つ手を下ろして振り向いた。
「もしかして、デートの誘い?」
「まあ、そんなようなものです。私思ったんですけど、例の部屋の家財って、床が消えて久我さんがいた部屋に落ちてるんじゃないですかね」
「ま、そういうことになるだろうな」
「そんなわけで、このあと鹿野さんに了解を取って、明日掘り起こしてみよう思うんです。一緒にどうですか?」
鹿野と黒磯がいるほうに背を向けて、久我は忍び笑いを洩らした。
「まさか君も同じことを考えているとは思わなかったよ。俺たちやっぱり気が合うと思わない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます