十六

 合同部会なので、生活指導部の職員室には生活指導部と2学年の先生が勢ぞろいしていた。

 空いている席に座ると大道先生が話し始めた。

「今まで会議に加わっていなかったのに突然呼んで面食らったかもしれないけど、さっき電話で話したように、みんな当事者の話も聞きたいという意見なので来ていただきました…」

 やはり普段よりももっともらしい丁寧な口調である。

「…それで、事件のことなのですが、あの事件がどうして起きたのか。生徒の側の要因、教員の側の要因いろいろとあると思うのですが、率直に今思いつくことを話してもらいたいと思います」

 ここで中原先生が「昨日栗山先生と話したことにこだわらないでもいいと思います」と言った。中原先生は自分と同年代の女性の英語の先生で、額が広く落ち着いた話し方をする人だ。

「そうですね。昨日栗山先生から言っていただいたことも勉強になったので、こだわるわけではないけどそれも参考にした見方になるかもしれません。…」

 どうも我ながらもっともらしさを強調するわざとらしいしゃべり方だが、他の言い方ができないので仕方がない。

「…それで、やはり、2Bで教えている他の先生に聞いてもあのクラスは授業をするのが大変だとは言っているのですが、今回のような暴力事件が起きたのは自分が教えていた時だけなので、指導方法にうまくないところは確かにあっただろうと思います。生徒相談室で西田君と話したり1時間授業をつぶして2Bの生徒と話し合ったりしたのですが、自分の言い方もかなり頭にくるような言い方だったようです。どうも、最近の高校生全般にそうなのかもしれませんが、特にこの学校の生徒はこちらから見るとどうでもいいようなことで傷ついたり怒ったりするところがあり、それにうまく対応できていなかったと思います。自分の言い方がかなり上から目線に聞こえるところがあり、それを西田君は『動物をあやすような』と言っていたのだと思います。それと、襟首をつかまれた時に逃げなかったのも結果的には生徒に罠をはめるような形になっていたと思います。普通、危ないと思ってパッと逃げるとか声を出すとかなにか反応するので、たいていの場合はあの程度のことで暴力事件にはならないことが多いと思います。いろいろ考えてみると、あれで進路変更というのは西田君にとっては運が悪すぎるので、自分個人の考えとしては学校に残す方向がいいのではないかと思います」

 司会役の大道先生が言った。

「沢田先生からこういう意見がありましたけど、これに対する意見はありますか。それと、生徒の作文だけど、名前の部分を切ったものを見せます」

 大道先生は、名前の部分だけ切り離されている原稿用紙の束を渡してくれた。

 それは、2Bの生徒たちが事件及びぼく(沢田)についてどう思うかを書いたミニ作文だった。事件についてではなく、ぼくの授業等についてどう思うか書いていあるものが多かった。

 名前のところが切られているが、書体や内容で誰が書いたかなんとなくわかるものが多かった。

 「授業がよくわからない」というものが5枚くらいあった。すべて女子が書いたらしき字体だった。これはもちろん反省した方がいいのだが、どうすればわかりやすい授業ができるかというのは、一朝一夕に改善できることでもない。それと、2Bで教えている他の先生も授業をするのに苦労しているようなので、誰かに聞いてすぐにいい授業のやり方がわかるというものでもないだろう。いろいろ試して生徒の反応を見ながら改善していくしかなさそうだ。

 「三橋君にいばるな」と書いてあるものが2枚あった。これもたぶん2枚とも女子が書いたような字である。「辞書貸して事件」は研究課題なのだが、まだ、有効な改善方法はわからない。これも今後考えていくべきことである。

 「むかつく先生だが、成績で助けてもらったので5分5分」と書いてあるものが1枚あった。5分5分という言葉の使い方がおかしいような気もするが、言いたいことはわかる。生徒が赤点をとったときに粘り強く指導したことについて書いているのだろう。

 一通り読んでみて、いろいろ自分に課題があることはわかったが、今すぐ改善できるようなことはなく、時間をかけて努力していくことが大切だと思った。

 中原先生が話し始めたので、生徒の作文の考察を中断した。

「今の沢田先生の発言は、たぶん沢田先生がよく考えたうえでの意見だと思います。今の状況にも合っているし、今回はこの意見に合った方向にいくしかないと思います」

 大道先生が言った。

「それで、職員会議の話合いの中で必要な場面が現れたら、今言ったような内容を発言してくれますか」

 ぼくは神妙に「はい」と言いながらうなづいた。

 栗山先生は例によって手を頭の後ろに組み目をつぶって聞いていたが、時々うなづいていた。

 異論が出なかったので、この方向でいくことになった。

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