放課後に、生活指導部・2学年の合同部会が開かれた。

 ぼくは当事者なので、会議には参加できなかった。

 合同部会は、生活指導部の職員室で行われるので、ぼくは授業の予習のための資料等を持って図書室にいった。

 図書室ももちろん学校の中にあるのだが、教室や職員室とは一味違うゆったりとした時間が流れていて、ここに来ただけでほっとする。森田さんという司書の人と、図書部の教員の中村さんがいて。二人とも中年の女性だった。生徒は3人くらいしかいなくて、3人とも本を読んでいた。

 中村さんが「大変なことになりましたね」と言い、ぼくは「そうですねえ」と答えた。

 図書室の片隅で授業の予習を始めたが、頭にいろいろなことが浮かびなかなか集中できない。

〈そもそも学校の先生になったのが失敗だったかな〉

 この10年くらいを振り返ってみると、X学院という学習塾で小中学生に教えている時が一番楽しかった。

 X学院で3年教えた後、予備校の方が時給が高いのでY塾という大手予備校に移った。確かに時給は上がったが、有力な人気講師にはなれなかった。高校生・浪人生に教えるよりは小中学生に教えている方が自分も楽しいし、生徒たちも喜んでいたような気がする。

 人気講師にはなれなかったし、やはり学校の先生の方が安定していていいかなと思い教員採用試験を受けて高校教諭になって2年目になる。

 これまでのところでは、どうも授業がうまくいかないことが多く、塾で小中学生に教えていた頃の方が楽しかったと思うことが多い。特に、小学生を教えるのが自分も楽しいし生徒も喜んでいたように思う。

 塾予備校と学校の違いがあるし、あと教える相手の違いもあるかもしれない。

 今すぐに学習塾に戻るとか、小学校の先生を目指すということでもなく、当面は高校の教員として頑張ってみて様子を見たいと思うのだけど、どこかでこういうことについても進路変更を含めて真面目に考える機会が来るかもしれない。

 そんなことを考えていたら、電話がなり、会議が終わったので生活指導部職員室に戻ってよいと言われた。

 会議の結論は、「西田君については授業に出ることを禁止し、自宅待機及び個別指導とする。今後学校に残ることを前提に指導するかどうかは、担任が生徒及び親と話し合いその結果をもとに合同部会で話し合うなどして、早急に職員会議に提案する」というものだった。事件が起きたばかりなので、他に方法はないらしく、意見の対立らしい対立もなく会議時間も短かったようだ。

 その後放送を入れて、臨職(臨時職員会議の略)があり、合同部会の結論を全教員に報告し、これも特に問題なく認められ、最後に校長が「大変な事件が起きたが、情報を共有し学校にとって一番いい方向での解決を目指していきたい」というやや形式的なしめくくりの言葉を述べた。


 臨職が終わって30分くらいすると校長から電話があり、校長室に来てほしいと言われた。

 校長室に行くと、校長と教頭がいて、座るように言われた。

 軽部校長は小柄で黒縁のメガネをかけ、少し九州訛りのある人で学生時代はマラソンをやっていたそうだ。池田教頭は大柄でスキンヘッド、学生時代はバスケットやっていたらしい。

 校長は「これは大変なことになりそうなんだ」というフレーズ何回か繰り返し、盛んに危機意識を持たせようとしてから、「○○高校でわりあい似たようなことが起きた、生徒をやめさせたら訴訟が起きて、今非常に面倒なことになっている。それと同じようなことになる可能性がある」と言っていた。

「なるべく早く、当事者としての考えを栗山先生や大道先生に言った方がいい。とにかく、生徒をやめさせることになると大変なことが起きる。沢田さんもいろいろとやっかいなことに巻き込まれるだろう。栗山先生や大道先生に、『今回のことは、自分の生徒との接し方にも問題があったので、とにかく寛大な措置をお願いしたい』ということを、今日中に言った方がいい。栗山先生や大道先生が帰らないうちに、今すぐにでも話した方がいい」

 校長は、困っている様子に見えたし、自分としても面倒なことに巻き込まれると嫌なので、あまり深く考えないで校長に言われたとおりにすることにした。

 教頭はスキンヘッドを光らせ、ずっと黙ったまま下を向きひたすら自分と校長のやりとりをボールペンで紙に書いていたが、最後に「大変なことに巻き込まれたけど頑張って下さいね。なにか思いついたことがあったら、できるだけ早く我々に教えてください」と述べた。教頭の方がソフトな感じでうまく収めようという話し方で、校長の方があせっているようだと思った。

 教頭の方が話しやすいと言えば話しやすい人なのだが、P高校の教員の間では、教頭のことを油断のならない俗物のように考えている人が多く、どちらかと言えば校長の方が評判がよかった。


 管理職との話が終わって生徒指導部職員室に行くと、大道先生はいなかった。

 小山先生という美術の先生が、たぶん体育科で栗山先生と話をしているのではないかと教えてくれた。

 体育科に行くと、言われた通りで大道先生と栗山先生が話をしていた。

 ぼくは「今回の事件ですがどうなりそうですか」と聞いた。

「今も二人で話していたのだけど、やはりここは、基本的には退学の方向。退学というのは法律上できないので、進路変更を強く勧める。やはり学校の秩序が大事なのでそうした方がいいという意見が多い」

 大道先生が言い、栗山先生も頷いた。

「そうですか。ぼくとしては、自分の指導方法もあまりうまくなかったような気がするので、西田君を学校に残す方向で考えて欲しいんです」

 校長と打ち合わせたとおりのことを話した。大道先生は、一瞬やや意外そうな顔をしたが、数秒後には「なるほど、納得できる」という感じの表情に変わった。

 栗山先生は、手を頭の後ろに組んで上を向き目をつぶっていて表情に変化がなく、どう思っているのかわからなかった。

「でも教員の指導方法がよくないからと言って暴力をふるうのはさすがによくない」

「そうなんですが、自分もかなり下手だったと思います」

「うーん、沢田さんとしては残す方向にして欲しいんだね…」

 ここで栗山先生が初めて口を開いた。

「突然そんなことを言い出して、それは校長か誰かから圧力がかかって言わされているみたいだぞ」

「そうですか」

 大道先生がとりなしてまとめるようなことを言った。

「うーん、沢田さんの考えも一応わかった。今のところは進路変更を勧める方向の意見が多いけど、それも考慮には入れるかもしれない」

 言うべきことは言ったので「失礼します」と言って体育科を後にした。

 やはり、今述べたことは自分一人で突然思いついて言い出しそうな内容ではないのだろう。校長から言われて言ったということは、二人ともだいたいわかっているようだった。

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