第39話 葉月のいない生活

 関東に旅立つ日。

 この日は平日で、仕事があるため見送りはできなかった。


 朝、九時ごろ「今から家を出る」とメッセージが入る。それを機に、寮に到着するまでの様子が逐一送信されてくる。

 着信する度に、離れる距離。

 寂しさが増してゆく。


 寮に到着してすぐ中学時代の同級生や高校の友達と合流したらしく、そこで一旦やり取りが途切れる。


 数時間後。

 恐らく自分の部屋に戻ったのだろう。

 再び着信。やり取りが始まる。

 その内容によると、こちらからの古い友達が結構いるとのことで、思っていたほど寂しくはなく、むしろ楽しいらしい。

 とりあえず、親的な視点ではホッとできた。




 入学式を終え、授業が始まると、写メやメッセージが爆発的に増える。

 面白かった出来事や、授業内容で興味を持ったことなんかをジャンジャン報告してくるのだ。


 そのことで、安心している自分がいる。


 が、しかし。


 物珍しさが薄れてくると、それまで頻繁にあっていたやり取りが徐々に減ってくる。

 着信のない日が増えてきだし、二カ月を過ぎた頃には完全になくなった。

 有り得ることだとは思っていたし、予測もできていた。

 自分なりに納得していたつもりだったのだが…


 いざ途切れてみると、想像していた以上に寂しい。


 オレ、葉月ちゃんにでったん依存しちょったんやな…かなり重症やん。


 改めて、存在の大きさを実感することとなった。

 どうやら依存の度合いが大きかったのは葉月の方ではなく、自分だったようだ。


 葉月ちゃんは、この先も自分のコトをずっと好きでいてくれる。だから、離れてゆくことはない。


 心のどこかにそんな自信や自惚れがあったのは事実。

 でも、現実は違った。

 こんなに悩むのなら、やり取りが減ってきだした時点で、こちらからもある程度積極的にアクションを起こしとけばよかったと後悔。

 受け身過ぎる自分を責めた。



 寂しい日々はしばらく続いたものの、そこは大人。誤魔化し方は知っているし、得意でもある。よって、時が経てばその感情も次第に薄れてくる。

 八月半ばには、ほぼ通常通りにもち直した。

 そんな時、


 もうすぐお盆やき帰る!


 と、久しぶりのメッセージ。

 純粋に嬉しいと思った。

 けど…ちょっと遅過ぎる気が。

 今まで何をしていたのだろう?前期試験は追試を含めても八月最初の週で終わるはずだが。


 もしかして…。


 イヤな予感が頭の中を廻る。



 盆休み初日。

 お土産を持ってくるという。

 部屋でボーっとしていたら「着いたよ」とメッセージ。

 すぐに玄関へと向かい、戸を開けるとそこには…


「要くん!久しぶり!」


 声は葉月なのだが、見た目が!

 マジで一瞬誰か分からなかった。

 久しぶりに会う葉月は、旅立ち前に会った時よりもさらに背が伸びていた。

 髪も伸びていて、肩に届くほど。

 大人っぽさも増し、垢抜けて、見違えるほどキレイになっている。


 ビミョーに近寄り難く感じるのは気のせいなのか?


 取り残されたような感覚に陥る。

 なんとか


「あ…うん。」


 返事はしたものの、超絶ぎこちない。

 話そうと思っていたことが幾つもあったはずなのだが、緊張のためか、全てぶっ飛んでしまっている。


 前は、どげんやって話しよったんかの?


 考えるものの、思い出せない。

 年上なのに情けなさ過ぎる。

 たった数ヵ月離れただけなのに、この有様。

 おかしな距離感に翻弄されっぱなしだ。


 もう、前みたいなカンケーには戻れんのかもね。


 そんな考えが頭をよぎる。


 やっぱあの時、告白の返事をちゃんとして、彼女になってもらっちょかんといかんやったなぁ。

 土下座してでもこっちの大学行ってもらわんといかんやったなぁ。


 後悔しかない。



 マイナスの思考ばかりでビミョーな表情になってしまっていたのだろう。

 僅かに苦笑いし、不自然な空気と距離感を変えようとしてくる。

 一際元気な声で


「はい、コレ!お土産。」


 ド定番のお菓子をわたされる。

 辛うじて


「ありがと。」


 とだけ口にしたものの、やはりその後に言葉が続かない。

 が、気を利かせてくれて、


「連絡せんでゴメンね。休みに入ったらすぐ帰るつもりやったっちゃけどね。向こうで友達になった同じ科の女の子にバイト頼まれて。」


 聞きたかったことを先回りして応えてくれる。


 うっわ~オレ、二回りも年下の子にでったん気ぃ使われよぉやん。こげなんじゃ、ダメダメばい。


 情けない気持ちで押しつぶされそうになった。

 このあとも彼女のリードでなんとか会話が成立していく。


「そーやったって。何のバイト?」


「えっとね、豆腐作り。友達、家が豆腐屋さんなん。朝が早いきキツかったばい。でも、まあまあ面白かった。今、冷奴、いっぱい売れよぉき忙しいでから。ホントは盆も手伝ってほしかったみたいやったけど、流石にそこまでは言われんやった。」


「んじゃ、はよ戻ってきてとか言われちょーんやないと?」


「うん。だき、すぐ戻るよ。二十日頃には向こう行く予定。」


 活き活きした表情。

 充実具合が手に取るようにわかる。

 喜ぶべきことなのだろうが、嫉妬にも似た感情が沸々と湧いてきて、素直に喜べない。


 オレっち、小さい男なんやな。


 改めて思い知った。


 お土産をわたし、会話も一段落すると、この日のやり取りは終わり。

 こちらの友達と会うとやらで、帰ってしまった。

 よって、気になっていた彼氏のコトは聞けずじまい。怖くて聞き出せなかったというのがホントのハナシ。

 何とゆーヘタレなのだろう。

 盆休みは互いに用事があり、二人でどこかに行くこともできなかったため、ずっとモヤモヤした気持ちを抱えてしまうことになってしまう。

 結局、彼女との直接的なやり取りは、大学時代ではこれが最後となった。

 この後の三年間も、盆正月に帰ってくるだけ。春休みはほぼ向こうで豆腐屋のバイト。

 帰省しても、こちらの友達に会うのが忙しいらしく、何かしら連絡はあるものの、予定が合わず、直に会う機会はなかった。




 好きな気持ちに自信が持てなくなってしまっている。

 物理的にも精神的にも遠い存在になってしまった気がした。

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