第28話 ベイトおしえて!

 バス釣りのタックルは、使用するリールで大きく二種類に分けられる。


 一つはスピニングタックル。

 スピニングリールを使用する。

 スピニングリールとは、サオを握った時下向きにセットされる、スプールが固定(ドラグが作動すると逆転する)されていて、ローターが回転することにより、巻き取ってゆくタイプのリール。

 一般的には細糸、軽量ルアーを使用した、繊細な釣りを受け持つ。


 もう一つはベイトタックル。

 ベイトキャスティングリールを使用する。

 ベイトキャスティングリールとは、サオを握った時上向きにセットされるリール。

 この回のもう一人?の主人公なので、詳しい(のか?いらんコトばかりじゃないのか?)説明は下で。

 こちらは一般的に太糸、重いルアーを使ったパワーゲームを受け持つ。


 以上のように、リールの違いによってハッキリとしたキャラの違いがある。

 二つの中でさらに細分化されており、様々なシチュエーションで使い分ける。



 ベイトキャスティングリールは、両軸受けリールの一種であり、ルアーフィッシングに特化した機種の呼び名である。ベイトリールとか単にベイトとも呼ばれている。

 スプール(糸巻部)の軸の両端が、左右のプレートで保持されていることが特徴であり、「両軸受け」という名前の由来となっている。

 このスプールが回転することにより、糸の出し入れを行う。


 糸の出入りする方向と、スプールに巻き取ってある方向が同じなので(スピニングは出入りする糸に対し、スプールに巻き取ってある糸は90°の角度がつく)、スピニングよりも糸がよれにくく、巻き上げる力も強い。

 遠投にも向いている。

 太い糸を巻くことができるため、障害物の中にぶち込んだり、大きく重いルアーを使った、パワーの釣りを得意とする。


 素材や技術の進歩により、今ではスピニングの領域(そのうち比較的重い部分)までカバーできるようになった。

 これはベイトフィネスと呼ばれ、ここ数年で熟成された感があり、今では重要なメソッドの一つになっている。



 こんな、いいコト尽くしのベイトタックルだが、欠点もある。

 投げ方が少々難しいのだ。

 そのせいで、ベイトを敬遠する人もいるほど。


 どのように難しいかというと。

「バックラッシュ」が起こるからだ。

 では、「バックラッシュ」とはどんな現象か?

 簡単にいうと、糸が出過ぎて、リールの中でもつれてしまう。

 見た目から、パーマネントとも言われる。

 ブレーキの調整が適切でなかったり、スナップを効かせ過ぎたり、突然の突風で飛んでいる最中のルアーが失速したり、ルアーが草などに引っ掛かったことに気付かずサオを振り抜いてしまったり、といったコトが原因で、糸の放出量をスプールの回転が上回った時に起こる。

 そしてこれは、ベテランでも結構やらかす。


 ある程度の規模のバックラッシュなら、糸を引っ張り出せば修復できるが、激しい場合、スプールが回らなくなる。そうなると、引っ張り出すことが不可能になるため、切らなくてはならない。



 この他にも。

 軽いルアーには向かない。

 重いルアーを操作するのが得意という長所は、軽いのが苦手という短所に直結する。

 具体的には、キャストするモノの総重量が、7gを下回ると使いにくくなる。

 今でこそ、ベイトフィネスといった方法はあるのだが、それでも軽量ルアーの扱いはスピニングには敵わない。


 といった特徴のあるベイトリール。

 それを近頃、葉月がやたらと使いたがる。


 ボチボチおしえ時かな?




 ホワイトデーのプレゼントであるタックル一式。

 大変気に入ってくれたようで、それからというもの、予定が合うと一緒に釣りに行く。

 ここ最近では、だいぶ慣れてきたようで、魚にはそんなに出会えてないものの、カッコの方はなかなか様になってきている。


 慣れてきて、少し変わったことがある。

 それはリールのハンドル。

 初心者の時は右巻きしていたが、慣れてきたため左巻きに換えたのだ。


 ここで、どーでもいー情報を一つ。

 筆者は右利きなのに右巻き。

 今でこそ、売られている時点でのスピニングリールのハンドルは、左巻きにセットされているが、自分が始めた頃(40年くらい前)~少し前までは、右巻きにセットされていた。

 買ってきたまま使うことで右巻きに慣れてしまい、左巻きを使うことができない。

 これは、自分だけが特別というワケじゃない。同年代には結構使えない人が多い。

 一度、テレビのマネゴトで左にセットしてやってみたが、バラシまくって釣りにならなかったため、現場で右巻きに戻した、という苦い経験があったりする。


 まぁ、こんなホントにどーでもいー情報はさておき、ベイトリール。


 以前から、要や克洋が使っているのが気になっていた。

 使っている姿と、道具そのものがカッコイイからだ。





 互いに酒が効きすぎて、挿入してしまった気まずさ(要がそう思っているだけ。罪悪感は今も色濃く残る)もなんとかなった二学期。

 通常授業が始まって、しばらく経った週末のコト。

 家の近所の釣り場にて。


「ねぇ。要くん?ウチもそれ投げてみたい。ベイトおしえて!」


「そーなん?いーよ。じゃ、ちょっとやってみよっか?」


「うん。」


 今、まさに使っているタックルをわたす。

 使っているのはリョウガ2020。

 ダイワの丸型ベイトリールの最上位機種で、バックラッシュはしにくいが重い。

 投げているのは14gシンカーのテキサスリグで、ワームは6.5インチカットテール。

 持った瞬間、


「重っ!」


 タックルの総重量にビビる。


「振ってみてん?」


 クラッチを切らずに軽く振らせてみると、道具に振り回され気味で、なんとも危なっかしい。自分でもそれが分かったらしく、


「これ、ウチちょっと無理かも。」


 ギブアップした。


「今日は、これしか持ってきちょらんき、やめちょこ。次、行くとき軽いヤツ用意してやるね。」


「わかった。」


 この日のベイトは素直に諦めた。




 それから二週間後の週末。


 再び釣行が決まる。


 家にて。


 葉月が来たので、タックルの説明。

 ダイコーサイラスSYC-63MH+T3 1016SH TW。

 糸はフロロ14ポンド。

 ワーム専用のタックルだ。


 この組み合わせはかなり軽い。



 ダイワT3。

 糸の放出抵抗を軽減する、TWSと呼ばれるレベルワインドを採用した初代のモデル。

 キャスティング時、上部ウィング(通称パカパカ)と呼ばれる、クラッチと連動した、糸を押さえるローラー兼サムバー(巻くとき親指を乗せるパーツ)が持ち上がり、口を開いたみたいなカタチになる。その時糸はT型レベルワインドの横長の穴に移動し、飛距離を稼ぐといった仕組みで、このリールの大きな特徴となっている。

 ボディの主要部分が、ザイオンと呼ばれる高強度カーボン繊維入りプラスチックでできており、軽い。

 マグフォース3Dと呼ばれる3モードの切り替え(ロングキャスト、オールラウンド、マックスブレーキ)×20段階のマグダイヤル=60段階のブレーキを装備している。


 タックルインプレッションの辛口意見によると、耐久性に難ありとのこと。


 筆者の経験上、デカいの抜き上げたら、ボディが変形してギアの噛み合わせが悪くなり、ハンドルが回らなくなることがあった。

 しかし、それは一回クラッチを切ったら元に戻って使えるようになる。


 そんなコトが多発したからなのだろうか?

 今ではベイトフィネス機の最上位機種であるT3 AIRを残し、他(ノーマル、MX、SV)は全てカタログ落ち。

 短命モデルとなってしまった。


 やっぱ、オールプラスチックじゃダメやったんかな?

 筆者的にはバックラしにくい、使いやすいリールっち思うんやけどな。

 フレームをアルミで作って、もっかい売ればいいのに。



 といった細かいハナシは、今、割とどーでもいー。

 言いたかったのは、「T3はブレーキ性能が優秀」というコト。

 だから、初心者の葉月でもバックラッシュしにくいのでは?と思い、これを選択した。


 まずは、バックラッシュについて説明。

 クラッチを切って、糸を軽く引っ張って見せる。

 スプールが回転し、糸が弛む。


「これの激しいヤツがバックラッシュ。」


「わかった。」


「こげんならんために、着水したらスプールの回転を親指で押さえて止めてやらんといかん。」


「うん。」


「ここじゃ練習できんき、釣り場行こ?」


「うん。」


 タックルにルアーをセット。

 4インチヤマセンコーのグリーンパンプキンシード。

 ストレート掛けノーシンカー。

 今日、ハイプレッシャーの中釣ってもらいたいため、サイコーに手堅いチョイス。

 空気抵抗も少なく高比重なので、慣れてくるとぶっ飛んでくれるはず。


 他のタックルも用意する。

 アルディート721HRB+TDジリオン100H。

 16ポンドフロロが巻いてある。

 ワームは5インチシュリンプ黒に赤ラメ。

 ノーマルセッティングのノーシンカーリグ。

 これが要のメインで、他に数種類用意。

 バックラッシュのことも考慮し、予備の糸を持って行く。

 準備ができたので、クラウンに荷物を積み込み、いざ出発!


 目的地は少し下流の河川公園。

 足場が良くて釣りやすい上に、魚影が濃いため人気のポイントだ。

 しかし、夏場は草ボーボーになっているため、しばらく釣り人が寄りついていなかった。

 ごく最近草刈りが行われ、再び釣りやすくなったため、人が爆発的に押し寄せ、ハイプレッシャーフィールドと化した。

 ホントに一本出したいのなら、選択肢から外すべきポイントなのだが、まずはぶっ飛んでゆく気持ちよさを知ってもらいたい。

 背後の障害物が少なくなり、投げやすくなったため、あえてここを選んだ。



 到着すると、相変わらず結構な釣り人。

 迷惑にならないよう、少し離れた比較的マイナーなポイントを選ぶ。

 実釣開始。


「投げ方教えるね。横から見よってんよ?指離す時『今』っち言うきね。」


「はーい。」


 リールの操作を見るため右側につく。


「こーやって…。」


 クラッチを切ってスプールを押さえ、バックスイング。

 前方へと振り抜く瞬間、


 ビュッ!


 真上を通過した辺りで、


「今。」


 スプールを開放。


 ヴ―――ン…


「そして…。」


 ポチャ。


 同時にスプールを押さえ、


「止める。こげな感じ。」


「は~…よー飛ぶね。」


 感心しながら着水点を見ている。


「スプールから指を離すタイミングは真上。スピニングの人差し指離すタイミングと一緒かな。」


「わかった。」


 モードを「マックスブレーキ」、ダイヤルを20。

 ブレーキ力を最大にしたT3のセットをわたす。


「ブレーキ、いちばん効くごとしちょーきね。」


「うん。うわー!軽いね!」


 持った瞬間分かるリョウガとの違い。


 記念すべき第一投目。

 恐る恐るクラッチを切り、バックスイング。

 そして…。


 フワッとゆっくり目にサオを振った。


 ヴ―――ンポチャ。


 一発目からなんとか飛んだ!


「要くんみたいには飛ばんね。」


 ショボい飛距離に思わず照れ笑い。

 それでも、バックラッシュしなかったことが純粋に嬉しかった。


「お!上手上手!」


 大好きな人に褒めてもらえたコトがまた嬉しい。


「そのまんま続けてみて。慣れてきたらブレーキ緩めるき。」


「うん。」


 しばらく練習。

 段々と感覚が分かってくる。

 そして。


 ブレーキ強いっち、このことなんやな。


 引き摺った感を理解した。


「要く~ん。ブレーキ効き過ぎ。調整して?」


「ほーい。」


 とりあえず、ダイヤルだけを「10」にする。


「これはどげ?」


 投げてみる。


「なんかまだ引き摺った感じする。」


「そっか。じゃ、これは?」


 三つあるモードの真ん中。「オールラウンド」を選択。


「もーちょい。」


「んじゃ、これは?」


 モードを「ロングキャスト」へ。


「あ!いーかも。これでする。」


 既に、川幅の3/4以上は飛ぶようになっていた。


 もしかして上手い?


 そんな気になってくる。

 おおよそのブレーキの調整が終わったため、釣りに集中することにする。



 頑張ることしばし。

 旧河川跡のカケアガリ。

 底を感じながら、ルアーを舞いあがらせては沈めての繰り返し。

 ファーストフォールからの着底。

 サオをあおり、二度目のフォール。

 一定の速さで沈んでいた糸が、突如早く沈みだす。


 ん?食った?


 タイミングを計り、鋭くあわせた。

 重量感&生命感。


「おっしゃ!来たばい!葉月ちゃん!」


 サオが大きく弧を描いている。


「ホントやん!」


 駆け寄ってきてファイトを見学。

 やり取りを食い入るように見ている。

 強引に巻く姿を見て、


 ベイトっち巻く力、強いんばいねー。スピニングとは違うんやねー。ドラグ、全然出らんのやん。


 感心していた。

 魚とのファイトもなんとか決着。

 豪快に抜き上げる。

 40cm超えの立派な魚。


 は~…こげなデカいのまで抜き上げられるんやん。


 今、持っているスピニングではできない技だ。

 どうにかしてこのタックルで、今日釣ってみたいと思った。


 写真を撮り、逃がすと、


「今度はウチが釣ってやる!」


 意気込んで、元のポイントへと戻ろうとする。


「葉月ちゃん!今のワーム外してこれ着けり。」


 ヒットルアーと同じワームの一回り小さいヤツをわたす。


「ありがと!」


 受け取って、言われた通り交換。

 その一投目。

 サオを振りきった瞬間、


 バサバサバサ!


「うわっ!」


 盛大にバックラッシュ。

 空気抵抗を考えず、フルスイングしてしまっていた。


 これがバックラッシュか…。


 しゃがんで言われた通り糸を引っ張って見るものの、噛みこんでしまっていてスプールが逆転しない。


 困ったな。


 川幅の半分くらい飛んでいるので、ここから動くことができない。

 一人では手に負えない気がした。

 だから。


「要く~ん。ちょっと。」


 立ち上がり、手を振る。


「な~ん?どげんした?」


「バックラッシュした。ルアー飛んじょーき、そっちまで行けん。」


 すると、


「あ!ゴメン!」


 忘れていた重大なことに気付いてしまう。


「ワーム換えたのに、ブレーキ強くすんの忘れちょった。シュリンプっち重いけど平べったいき空気抵抗大きいっちゃ。」


 タックルを手に取り、糸を引っ張ってみる。

 完全に食い込んでしまっていて、スプールが回らない。


「こらー、切らなダメやね。」


 ハサミを持ってきて絡んだ糸を切る。

 その様子を心配そうに見守る。

 引っ張ってみて、引っ掛かるところを切ってゆくと、徐々に影響の無いところへと辿り着く。

 数分後、バックラッシュ部分は全て取り除くことができた。

 しかし、糸を半分ほど捨ててしまっているため、このままじゃ飛距離が出ない。


「これじゃ飛ばん。糸巻こ。予備持ってきちょーっちゃ。」


 こんなコトまで予測して、用意してくれていたとは。


 申し訳ない気持ちと共に、嬉しい気持ちがこみ上げてくる。


 強制終了にならなくてよかった。


 ホッとする。


「ゴメンね…。」


 落ち込んでいる。


「そげな顔せんと。ベイト始めたら、ゼッテーみんなやらかすっちゃき。」


 安心させるために笑ってみせる。


「でも…糸がこんなに。」


「心配せんでいーよ。最初っから上手くはいかんし。こげんやってみんな上手になっていくっちゃき。」


 糸を結び、足元に落ちていた木の枝を拾ってボビンに通し、


「これ持って?」


 両手で持たせ、糸を巻いてゆく。


 やっと元通り。

 ブレーキ目盛を2つほど大きくした。



 再開後、しばらく経って。

 先程から狙っているゴロタ地帯。

 サオを立てるとルアーが舞い上がり、スライド。

 着底と同時に、


 コツッ!グッグッグ…。


 弾かれたような感触の後、サオ先が絞り込まれた。


 え?これっち食ったんよね?


 半信半疑でアワせてみると、一気に突っ込まれる。


「要くん!来たよ!」


「やったやん!巻いて!」


 駆け寄ってくる。

 サオを立て、必死にリールを巻く。


 あ。安心感がスピニングと全然違う。


 早速違いに気付く。

 巻けば巻くほど寄ってくる。


 ベイトっち、でったん巻く力強いんやね。


 スピニングみたいに巻くのを止め、やり過ごす必要がない。

 エラ洗いしようが、突っ込もうが、ゴリゴリ巻き続ける。

 すると、呆気なく足元まで寄ってきた。

 スピニングでこの大きさの魚だと、今みたいにはいかない。

 水面に顔を出す魚。

 ハリの掛り具合を見ると、上アゴど真ん中。

 大丈夫!


「よっ!」


 マネをして抜き上げた。


 ベイトデビューで初フィッシュ!


 これは嬉しい。


 自分で押さえつけ、ハリを外す。

 口閉じ、尻尾開きで測定すると35cm。

 エサもちゃんと食えていて太い。

 ハリ傷も無くてキレイな魚。

 記念撮影し、してもらい、優しく水に浸け、そっと手を離し逃がす。


 ホッと一息すると、掛かった瞬間から抜き上げるまでの映像が甦る。


 強引なファイト、楽しかったな。


 投げるのはちょっと難しいけど、スピニングとは全く違った楽しさがそこにはあった。

 ベイトのコトがますます好きになってしまっていた。


 というわけで、今日もなかなか盛り沢山な一日でした!




 今度、釣具屋さんに連れてってもらおう。


 そして。


 ベイトのセットを買おう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る