第23話 釣り(初フィッシュ)

 新学期が始まり、葉月は二年生へと進級した。

 そんな四月中旬の週末。


 来たよ!


 連絡が入ったので勝手口へ。

 ドアを開けると、サオを持ち、オカッパリバッグのヒモを斜め掛けにした、可愛らしいミニスカート姿の葉月が立っていた。


「あ…ゴメン。言っちょくの忘れちょった。ミニじゃダメ。穿き替えに帰ろ?」


「え~?もー温いよ?」


 不満げなご様子。

 でも、


「いやいや。そーやないでね。そげ足出しちょったらケガするし。もう蛇もおるよ?それにパンツの中、虫入るよ?長いズボン穿いておいで。」


 まだ四月なので、蚊はいないだろう。しかし、かなり暖かい日が続いており、色んな虫たちが活発に動き回っている。テントウムシやハムシなんかはそんなに問題無いが、アオバアリガタハネカクシが結構いる。

 座って釣りをしていると、知らない間に足などに上ってきていることも普通にある。

 知らずに叩き潰したりしてしまうと、体液が付着したところが火傷状の水ぶくれになってしまう。治るのに10日~二週間ほどかかるので、用心しないといけないのだ。


「~っちゆーワケなんよ。だき、短いのはダメ。」


 理由を説明すると、


「んじゃ送って?」


 なんとか納得してくれた。


「わかった。はよ乗り?」


「うん。」


 シュンとなってしまっている。

 この釣行を楽しみにしていただけに、申し訳なさでいっぱいになっていた。


 完全に二度手間やん!

 はよせんと、釣りする時間がどんどん減りよる!


 と、葉月は勝手に思っている。


 実際はそんなコトないのだけれど。




 家に着くなり、慌てふためいて勢いよく中に入っていった。

 待つこと数分。

 入っていった時の勢いもそのままに、慌ただしく戻ってきた。


「お!早かったね。」


「うん!待たせたらいかんき。釣りする時間も減るしね。バタバタ穿き替えてきた!」


 ビミョーに得意げである。


「よし!それでバッチシ。じゃ、いこっかね。」


 褒められたのが嬉しかった。

 ニコニコしながら乗り込んでくる。




 ここで。

 どうにもピンク色の気配を感じる。


 ん?何?この感じ…。


 葉月の方を見てみるものの、原因は判明せず。

 とりあえずクルマを出す。


 県道に合流し、走ること数分。

 信号待ち。

 楽しそうに喋りかけてくる葉月を視界の片隅に入れ、受け答えしつつ信号が青になるのを待っている。


 何気なく。ホントに何気なく葉月の下半身へと意識を移したその時。


 ん?


 一瞬、自分の目を疑った。

 再度意識をソコへと集中。


 やっぱし。


 先程のピンク色の気配の正体が分かってしまう。

 と、同時に爆笑してしまいそうになる。


 会話の途中なのに、


「あのー。お話の途中で大変申し訳ないのですけど。少々お時間よろしいでしょうか?葉月さん。」


「ん?」


「葉月さん」呼び。そしてこの口調。


 まさか!


 前にも何回かあった。

 こんな時は、100%恥ずかしい事件が発生している!

 一気に警戒レベルが上昇する。


「ウチ、またなんかやらかしちょーと?」


 怯えたような、心配そうな顔をして見つめてくる。


「うん。」


 正直に返事。

 笑いをこらえるのに必死。


「え?マジで?ウチ、何やらかしちょーん?」


 独り言を発しつつ、身体を見ながらオロオロしている。

 この仕草がまた小動物っぽくて可愛らしい。


 どうするかな?


 意地悪心が芽生えてきて、おしえずに観察。

 トレーナーの首回りを引っ張り、中を見て


「え?ここじゃないよねぇ…。」


 今日はちゃんとブラをしている。

 その上にシャツも着ているから、乳首は浮き出すワケがない。


 んじゃ、どこ?


 尚も気付かない。

 ミニスカートは穿き替えたので、なかなか下半身に意識を移すことができないでいた。

 心配そうに顔を見つつ、


「ねぇ?どこ?おしえて?」


 観念した。

 あえてヤラシイ目つきをして、原因の方へと視線を移すと、


「!!!」


 言い訳できない程にパックリと開いていた。

 声も出ない程驚く。

 直後、真っ赤になり、慌てて閉めた。


 ジーンズのチャックがフルオープン!


 姿勢が変わる度にパクパクと開閉し、可愛らしいピンクのパンツが見え隠れ。

 慌てまくって穿き替えてきた成果がこれなのだ。


「バカ!要くんのスケベ!」


「なんでオレ怒られないかんの?ちゃんとおしえてやったのに。」


 笑いながら応えると、


「だって!」


「だって、何?」


「うるさい!スケベ!」


「あはは。可愛いね。ピンク色!」


 キッと睨み、ちょっと涙目で、


「うるさい!バカ!要くんが穿き替えさせたりするき!」


 ブーたれて、あっち向いてしまう。

 このブーたれは家に到着するまで続いた。


 一作業一やらかし。


「必ず一日一回以上はやらかす」という、葉月が自分の中で無意識のうちに決めた、本日のノルマは早くも達成されたのである。



 葉月が来てとんぼ返りだったので、用意した道具をまだ積み込んでなかった。

 後部座席のドアを開け、全て放り込む。

 スピニング(下向きのリールが付く。繊細な仕掛けを主に扱う)のサオは、葉月とお揃いのギャレットディツアーエディションGDES-622L。リールはルビアス2506で糸は5ポンドフロロ(フロロカーボン。伸びが少ない)を巻いている。

 二本継なので、分割して後部座席に放り込めるのだが、問題はベイト。

 生憎、1ピースしか持っていない。


 早速積み込む。

 1ピースのサオは、助手席足元から後部座席の天井へ抜く感じで載せる。

 葉月には申し訳ないが、到着するまでは狭い思いをしてもらわないといけない。


 そのベイトタックル(上向きのリールが付く。重いものを主に扱う。巻く力が強い)はというと。

 ブラックレーベルPF701MFB+アルファスSV105SH。

 糸はフロロ10ポンドといった、若干フィネス寄りのタックルだ。

 今日はポカポカしているが、まだ四月。

 あまりヘビーなタックルだと食ってこない可能性がある。

 だから比較的ライトなヤツを用意した。



 積み込みも終わり、出発。

 乗り込んだ葉月に


「ゴメンね。ちょっと狭いやろ?」


 謝ると、


「ううん。大丈夫。ウチ、チビやき。ほら!こんなに余裕ある」


 自慢げに足元の隙間を指さす。


 とは言え、あれから約一年。

 かなり成長した。

 現在の身長は145cm。

 まだまだ小さいが、一気に4~5cm伸びたのだから、本人は大満足。

 実は、家族全員高いので、更に伸びないかと密かに期待中。

 参考までに、乳はというと。

 大きくはないものの、それなりに成長していてなかなかの美乳だったりする。

 もう、ブラし忘れることはない。

 要に揉んでもらう日のコトを夢見て、更に大きくすべく自分で揉んで予習中。

 毎日?の鍛練(0721に励んでいらっしゃるのだ)は欠かさない。




 それはさておき。

 今回選んだ場所は、前回と同じ場所。

 風はほぼ無風で、天気は晴れ。

 ポカポカ陽気が心地いい。

 是非とも春爆を経験したいトコロ。


 あれから葉月は一人で何度も川へと練習に行っていた。

 本物のルアーだと、根掛かりして切れたりしたら勿体ない。

 だから、練習用のラバーシンカーを要から貰っていた。

 それを投げて練習していたのだ。

 その甲斐あって、狙ったポイントを大きく外すことなく撃ち込むことができるようになっていた。


 ルアーのチョイスに関しては経験が無いのでイマイチ分らない。

 それでも一応、魚の気持ちになって考えてみる。


 温くなったとはいえまだまだ寒い。だき…ゆっくり動いた方が食べやすいよね?なら…ノーシンカー(糸にハリを結んだだけの※リグ)?これでゆっくり落とせば食ってくれる?

 ※リグ=仕掛け


 といった作戦を思いつく。

 でもやっぱし自信が無い。


 最終判断は要くんにしてもらお。


 素直に聞いてみる。


「要く~ん。センコーとかカットテールのノーシンカーでいーっち思う?」


「うん。まずはそれでいってみよ。釣れんやったらそん時はまた考えよ。」


 だいたいあっていた。ルアーのチョイスにも少しだけ自信がつく。


「わかった。」


 遠くまで飛ばすのが気持ちいいため、3インチヤマセンコーにした。色はプロブルー(ブルーグレーっぽい色)。

 ストレート掛けにセットして、偏光グラスを貸してもらい、いざ本番。


 ポイントを選ぶ。

 ここは足元に矢板(現在は田んぼ仕様の水位で水没していて、一見ただの護岸)、リップラップ、杭、旧河川跡、消波ブロック等々、フル装備で美味しい変化がある。


 第一投目。

 選んだポイントはリップラップ。

 最適なタラシ。

 指に糸をかけ、ベイルを起こし、バックスイングから


 ビュッ!


 鋭く振り抜いた。

 高く上がり過ぎることも無くライナーでもない、ほぼ理想的な放物線を描き、ルアーは狙ったポイントへと一直線に吸い込まれてゆく。


 ポチャ。


 着水。


「お~!上手になっちょーやん!」


 早速褒めてもらえた!

 この一言が聞きたかった!


 なんかもう嬉し過ぎて、これだけで満足してしまいそうになる。


「頑張ったもん!」


 笑顔でピース。


 ユックリと引き波を立てながらルアーが沈んでゆく。(←フォール、という)

 10秒ほどすると、波も立たなくなり、サオ先から水面までの糸が弛む。


 着底。


 ベイルを戻し、サオを立て、フワリと浮かすイメージ。

 サオを寝かせ、弛んだ糸を適量巻き取る。

 再度引き波。


 そして着底。

 これを何度か繰り返し、回収。

 すると、


「引き方も上手くなっちょーやん。」


 またもや褒められる。


「ホント?」


「うん。それでバッチシ。とりあえずは一人でできそうやね。頑張って!目標は一本。釣ったら写真撮ってやるね。」


 やった!また撮ってもらえる! 今日は是非とも釣らないと!


「うん!頑張る!」


 張り切って続行する。




 要はベイトで頑張っている。

 リグは5g※テキサス。ワームは3インチドライブクローで、色はスカッパノン(コーラ色)。

 ※テキサス=テキサスリグ

 バレットシンカーというテキサスリグ専用のオモリ(円錐形)に糸を通し、ハリを結んだリグ。根掛かり回避能力が高く、使用頻度が高い万能リグだったりする。


 第一投目。


 カチッ!


 クラッチ(投げるときに押す。押すとスプール=糸巻きがフリーになるベイトリール特有の機構)を切って、バックスイング。


 ビュッ!


 サオを振りきり、


 ヴゥ―――ン…ポチャ。


 着水。

 真横に投げて、矢板の際を引いてくる。




 本日のファーストヒット(ヒット=魚が掛かること)は要。


 正面のよく引っかかる障害物―――恐らく大岩かコンクリートの塊で、よく根掛かりする―――の左側を跳ねさせながら引いてきている時、食ってきた。


 コンッ!


 弾くようなアタリが伝わってきて


 グッグッグ…


 ユックリとサオ先を絞り込む。


 食った!


 心の中でつぶやく。

 一呼吸おいて、左手を強く身体へと引き寄せながら、のけ反って※アワセた。(※しっかり魚の口にハリ掛かりさせる動作)

 直後、重さが乗り、サオが大きく弧を描く。


「食ったよ!」


「わ!スゲー!」


 投げていたルアーを急いで回収し、駆け寄ってくる。

 ファイト(魚とのやり取り)の様子をじっくりと見学。


 魚が水面へと向かう気配。急いでリールを巻く。

 フワッと軽くなり、


「飛ぶ!」


 呟いた瞬間、


 ガボガボッ!


 エラ洗い。

 飛沫が上がり、魚体があらわになる。


「おっきいやん!」


「うん。なかなかいい魚やね。」


 首を振りながら横移動。ブルッブルッとサオ先に伝わってくる。

 ヒットした場所にある障害物に潜りこもうと突進。

 リールは巻かず、サオを立てて耐える。

 ジリッ…ジリッ…

 フルロックしている締付力4kgのドラグ(糸が切れるのを防止する装置)が滑る。

 突進は止まり、なんとか回避。

 再びリールを巻き始める。

 魚は徐々に疲れだし、ジワリジワリと寄ってくる。

 しかし、油断は禁物。

 魚はいつだって反撃できるよう、釣り人の様子をうかがっているのだから。

 突っ込みを繰り返しながらも足元へと寄ってくる。

 サオを立てると魚が水面へと顔を出す。


 勝負あった!


 更にサオを立て、開いた口に右手親指をねじ込み、しっかりと掴んで…


 ランディング!(=取り込み)


「わ~!でたんデカいやん!」


 キレイな魚体。口にはハリ傷が一つもついていない。

 お腹がパンパンで産卵を控えた女の子。

 1kgくらいはありそう。

 ハリを外し、そっと草の上に置き、スマホをポケットから取出し、カメラを起動。

 サオと並べて写真を撮る。

 指を広げ、ざっと測定すると40cmジャスト!


「要くん。持って!」


 カシャッ!


 また一つ葉月の要コレクションが増えた。

 撮影も終わったので、アゴを掴み、そっと水に浸け解放。


 フワリと漂った後、元気に深場へと消えていった。


 まずは一本!


 気が楽になった。




「さあ!次は葉月ちゃんの番よ?」


「うん!分かった。頑張る。」


 元居たポイントへと戻ってゆく。

 釣り再開。


 それからおよそ20分後。

 要が釣った魚のいた群れが、葉月の釣っているポイントへと回遊してくる。


 キャストして、底を取ろうとしていたファーストフォール。

 一定のスピードで水中へと引き込まれていた糸。

 その引き波が、突如大きくなり、引き込まれるスピードがあからさまに増す。


 え?これっち…


 思い当たった途端、鼓動が爆発的に速くなる。

 初めてのことなので、イマイチ流れが分らない。

 でも、要から説明してもらったことと同じ変化が、今まさに目の前で起きている。

 それならば。


 一呼吸待ってアワセればいいんよね?


 左手を思いっきり身体側へと引き寄せつつのけ反る。

 すると、重さが乗って一気に対岸方面へと走り出す。


 ジ―――!


 引出されるドラグ。


 強い!


 怖いと思った。


「要く~ん!来た!どげしたらいい?」


 のされそうになりながらも必死でサオを立て、滑るドラグはそのままに、リールを巻きながら叫ぶ。


「お!やったやん!そのまんま巻き続けて!ドラグは調整してあるきカバーしてくれるはず!」


 ドラグを逆転させながら巻いてくる。


「う…強い…」


 腕力は女子の平均程度。

 突っ込まれる度にサオを持っていかれそうになる。


「要くん?大丈夫やか?」


「うん。とにかくサオと糸を一直線にだけはせんように!したら糸が切れるきね。寝せてもいいき角度だけは着けて。サオのバネが効くようにね。」


 言われたコトを守ろうとして、必死にサオを立て、リールを巻き続ける。

 リップラップのエリアからは引き離すことができているから、石の隙間に潜られる心配はない。

 更に巻くように指示。

 サオの曲がり具合から、結構な大物だと思われる。

 どうにかこうにかサオを立て続け、一生懸命リールを巻いている。

 あらゆる方面に突っ込みまくり、抵抗する魚。

 それでも次第に寄ってきている。


 あと少し!


「取込むき、前まで来たらサオをもーちょい立ててね?」


「わかった…」


 足元の深場へと突っ込んだのが最後の抵抗となり、両手でサオを立てるとモアッと浮いて顔が出る。

 ルアーの掛り具合を確認。口からハリが見えているため、糸に傷は入っていないはず。


「すげー!40UPやん!」


「こんな感じでいい?取れる?」


「うん。いーよ。」


 糸に手を掛け、更に寄せ、魚の口をこじ開け、親指をねじ込み…


 取った!


「やった!釣れた!」


 満面の笑顔で飛び跳ねまくる。


「おめでとう!初フィッシュ!」


 ハイタッチ!

 これまた、お腹に卵を抱えた女の子。やはり、1kgはありそう。


「自分でハリ外す。」


「わかった。」


 そっと草の上に魚を置く。

 左手で魚のアゴを掴み、右手にペンチを持ってハリを外そうとするものの、


「う…結構硬い…暴れる…」


 悪戦苦闘。


「勢いつけて一気に逆方向に動かせば取れるよ?」


 言われた通り実行すると…取れた。


「持って?写しちゃーき。」


 魚を持たせ、


 カシャッ!


「ほら。こんな感じ。葉月ちゃんのスマホでも写そ?」


 ポケットから取り出して写してもらう。

 そのあとはサオと並べたり、左手で持ったりしてたくさんの写真を撮った。

 メジャーで正確に測定すると42cm!

 初フィッシュで40UPとは。


 写真を撮り終ると


「ありがと!また来てね!」


 そっと水に浸け、逃がす。

 ユックリと深場へ戻っていった。


 喜びに浸りながら釣り再開。




 この日の釣果はというと。

 要が3本、葉月はこの1本のみ。

 とは言え、ついに念願の初フィッシュをGETすることができた!


 デビューして三カ月。


 これっち、まあまあスゲーコトやないと?

 才能あるんかもね。

 これからも、趣味として続けてくれたらいいな。


 純粋にそんなことを考えた。




 記念すべき瞬間に立ち会うことができたので、おしえた側としても、それはもうこの上なく嬉しい。



 二人にとってサイコーの一日になりましたとさ。

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