第8話 初めての

「あんたの話し、この頃笹本さんよぉ出てくるよね?」


 最近気づいたことである。

 お喋りの中で名前をとてもよく聞くようになったのだ。

 幼馴染に起こった明らかな変化。

 当然、気になるから聞いてみた。

 すると、


「へ?」


 会話が途切れ、不思議そうな顔をして首を傾げている。

 全く意識していなかったようだ。

 ま、どういったことかは経験があるから大体想像はつく。

 ニヤケながら


「好きになったっちゃろ?笹本さんのコト。」


 想像していたことをダイレクトに聞いてみると、


「イや!そレは…そノ…えっと…」


 劇的な反応だった。

 こちらの目を見て思考停止。

 見事なまでに固まってしまう。

 直後、爆発的に赤面。

 それはもう今まで見たことが無いくらい、激しく赤い。

 アワアワしながら挙動不審になっている。

 その後に続く言葉が見つからなくなり、ついには俯きっ放しになってしまう。


 聞いた本人でさえ驚いてしまう程のスゴい反応。

 予想をはるかに上回っていたため


 あっちゃ~…しまった。もーちょいやんわりと聞いちょけばよかったかな?


 少し後悔した。

 しばらく俯いた後、再びお喋り開始。

 立ち直ったかと思いきや、なんかもう…可哀そうなくらいグダグダ。

 強引に話題を切り替えてきたのだけれど、いつもの数倍増しと感じるほど身振り手振りが大きくて多い。

 あまりの申し訳なさにいたたまれなくなり、 


「ごめんごめん。」


 笑いながら謝ると


「うるさい!バカ!」


 何のことに対して謝られているのかが分かり、再び顔を真っ赤にして怒る。

 このグダグダは下校時まで引き摺った。



 下校時。

 いつものように駄菓子を買って、食べながら歩く。

 さっきの質問の答えを聞いてみたいと思ったが、何かを誤魔化すような変なテンション。

 その話題に持っていかせないような必死さがヒシヒシと伝わってくる。

 いつもの元気が空回っていて、ぎこちなさがハンパない。

 なんか…もう…。

 見ていると、抱きしめてあげたくなるほど可愛くて面白い。

 恥かしがり屋の彼女のことだ。

 聞くと必ずムキになるだろう。

 そして、再度グダグダになるだろう。

 展開が簡単に読めてしまうから、必死さに免じて諦めた。



 帰って一息つくと、今日の葉月の反応を思い出す。


 この前のケガの手当ての件でトドメ刺さったな。

 それにしても。

 あの葉月がねー。


 幼さ全開だった葉月がついに男の人を好きになった。

 少し前までは全く想像できなかったことだ。

 実に感慨深い。


 幼馴染の初恋。

 是非とも成就してほしいと思った。



 9月分大気測定直後の葉月と晴美のやり取りである。






 ここまでに至る流れは以下の通り。



 4月分大気測定初日が終了。

 

 翌日学校にて。

 

 「晴美!今日も笹本さん来たら行ってみよ?」

 

 「いーばい。っち、なんであんた名前やら知っちょーん?」

 

 「ん?制服の胸ポケットの上に刺繍あった。」

 

 「へ~。よぉ見ちょーね。」

 

 「そぉ?」

 

 この時は特に何も考えず、軽く流してしまったのだが、後になって考えてみると、既に何らかの思いはあったのではないだろうか?

 

 小さい時から知っている葉月の性格から考えると、人の名前よりもその人のしている作業とかの方に興味を持ちそうだ。

 この学校の学生ですらない人の名前を自ら進んで覚えるなど、あまりにもキャラじゃない。

 といった先入観があったためなのだろう。

 しかも大気測定終了後すぐにネタは尽き、自然とその話をしなくなったため、完全に忘れてしまっていた。




 5月。

 再び大気測定の日。

 局舎横に止まったクルマを確認するなり、


「晴美!笹本さん来ちょーばい!行ってみよーや!」


 キラキラな表情に豹変。

 提案してくる。


「うん。」


 局舎へと向かう最中考える。

 ごく自然に出てきたあの時の業者の人の名前。

 先月口にしていたことを思い出す。


 ん?葉月…名前やらよぉ覚えちょったな。あれから一カ月も経っちょーのに。


 違和感を覚えた。


 嬉しそうに走っていく葉月。

 それに付き合い一緒に走る。

 この日から一週間。

 飽きることなく見学は続く。

 そして、遅い時間になるため毎日の如く送ってもらう。




 6月も全く同じように見学し、送ってもらう。

 そして7月。

 この頃から、お喋りの中で毎日のように笹本さんの名前が出てきだす。

 その時に見せる嬉しそうな笑顔。


 これっちやっぱ…


 5月の時点で感じていた違和感。

 その正体が何なのか、おぼろげだけど輪郭を現してくる。




 7月も中盤。

 もうすぐ夏休み。

 どうやらハプニングがあった様子。

 恥かしそうに


「昨日ね、買い物行ったらね、笹本さんに会ったんね。でね、ビックリさせようっち思って背中に飛び乗ったんね。そしたらおっぱい当てたらダメっち注意されて…でったん恥ずかしかったんちゃ。」


 出来事を報告される。

 何やってんだか、である。



 それから数日後。


「晴美?あんね、昨日ね、隣のお姉ちゃんがね、夜遅く帰ってきたに時ね、誰かに送ってもらったみたいなんやけどね、その送りよった人が笹本さんっぽかったん。」


 悲しげな表情。

 葉月の家の隣のお姉さんは25歳でとてもキレイな人なのだ。大人の女性感が漂いまくり、できる社員を醸しだしている。


「なんで笹本さんっち分かったん?」


「ん?声がそれっぽかったし、肩貸して歩きよぉ姿もそれっぽかったし、クルマもおんなしやし…。おんなし会社やし。」


 お姉さんとは小さいときからの顔なじみ。何回も喋ったことあるので、どこに勤めているのかは知っている。

 要の会社の名前は勿論ハイエースに書いてあるのを見て知っている。


「でも、本人っち確認したワケやないんやろ?」


「うん。」


「なら本人やないかも知れんやん。」


「そーよね?そーよね?」


 不安そうな葉月。

 喋っているうち泣きそうになってくる。

 その表情を見て、思っていたことが徐々に確信へと変わってゆく。


 ヤキモチまで焼いてから…どーも本気で好きみたいやな。


 なんだか微笑ましい気分になる。




 そして8月。

 夏休みだというのに大気測定を見に行こうと言ってきた。

 ちょうど課外も終わったタイミングだし、正直、暑いので行きたくない。

 断ると、どうやら一人で行った模様。


 この暑いのにそこまでして会いたいんか。

 よっぽど好きなんやな。


 見終わると毎日のように報告しに来る。

 その中で、また少し変化があった。

 笹本さんのコトを下の名前で呼ぶようになっていた。


 頑張ったんやな。




 そしてその後。

 9月の測定時に起きたハプニング。

 直後から、


「要くん、優しかったね。嬉しかったぁ。」


 この言葉を何回聞いたことか。

 嬉しそうに話すその表情といったらもう!

 葉月の思いが完全に分かってしまう。

 まるで自分の子供が成長しているかのような気持ちになってくる。



 こんな感じで冒頭へと戻るのだ。

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