第54話 女四人寄れば姦しい


 〇


 ましろがゴールデンタイムを辞める。そのことを、彼女本人の口からあかねが聞いてから、一週間が経過した。

 刻一刻とましろがゴールデンタイムを去る日は近づいてきているが、彼女はいつもと変わらぬ素振りで、接客に本走にと、仕事をこなし続けていた。


 一方あかねは、あまりのショックからその翌日に丸一日寝込んでしまい、シフトを当日欠勤するという醜態をさらし、先輩メンバーたるあおいからは苦笑いを、後輩メンバーたる華からは、「いつか人とは別れねばならないのです」という旨のありがたい訓諭を頂戴した。


 そして本日。平日は水曜日。ゴールデンメンバーが誇る四枚看板娘たちは、だれひとりとして店舗へは顔を出さず、一堂に会しグラスやジョッキを掲げていた。


「「「「かんぱーい!」」」」


 ビール、チューハイ、ワイン、ウーロン茶。四者四様のドリンクで喉の渇きを潤す。


「みなさん、本当にお世話になりました。出戻った私を、受け入れてくれて、感謝の言葉しかありません」

「水臭いこと言わないでくださいよ、ましろさん! なにがどうなったって、ましろさんが私たちの先輩ってことは変わらないんですから」

「また、時々はお店に顔を出しに来てください」


 ましろの別れの言葉めいた挨拶に、あおいと華のふたりが温かい言葉で応えている一方、


「ま゛、ま゛、ま゛じろ゛ざん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛……!!!!」


 あかねは、洟水を垂らしながら、目には涙をためながら、ビールジョッキをひと息で乾かすと、隣に座るましろへと飛び込んだ。


「おお、よしよし。あかねさん、大丈夫ですよ。わたしはどこにも行きませんよ」

「でぼ、でぼ、おびぜやべるっでいっだじゃないでずが!!!!!」

「はいはい、あかねちゃん。何言ってるか分かんないから、一回ビール飲んで落ち着こうね」

「ん゛お゛、ん゛ん゛ん゛お゛お゛お゛お゛!!!」


 象の鳴き声かとも聞き紛うばかりのあかねの大号泣に、さしものましろも困ったように笑うしかない。


 そんな喧騒の中、華だけは自分のペースを崩さずに、ウーロン茶をちびりちびりとやりながら、たこわさと白米の相性に舌鼓を打っていた。


「ましろちゃんは――」

「はぁい、ましろちゃんですよ?」


 思い出したように口を開いた華だったが、ましろのリアクションにすぐに押し黙った。やや三白眼気味の両目でましろを睨みつけながら、気を取り直して、


「……城崎さんは、ゴールデンタイムを辞めて、そのあとどうするんですか?」

「どうして言い直したんですか?華ちゃん」

「やっぱりこの話やめましょうか」

「もう、華ちゃんは本当にいけずなんですから」


 はぁとため息ひとつ漏らして、本当にこの会話を止めてやろうかとも、しばし考えてから、けれど自身の興味の方が先行して、


「……ましろちゃんは、お店を辞めた後、どうされるんです?再びプロ活動に専念されるんですか?」


 華の推測は至極順当なものである。この場にいる中で、あかねこそ知らないが、ましろはプロ団体をまたがって人気のある女流プロのひとりである。

 麻雀プロという世界の中で、城崎ましろというプレイヤーが輝ける舞台は、いくらでもあるのだ。


「それとも、もしかしてご実家のお仕事を継いじゃったりして」


 あおいの予想もまた的外れではない。なにしろ、関西にある彼女の生家は、それなりの檀家数を有する由緒正しき菩提寺である。更に、現住職たるましろの祖父純白も、既に老齢に達し、父たる白銀は、商社マンとして海外を飛び回る身分にある。


「うふふ。実は、今日はそのお話もするつもりだったんです」


 グラスワインをすっかり飲み干して、頬どころか首筋まで真っ赤にしたましろが、改まったような口調で口を開く。


 あおいは、一瞬疑わしげな眼をましろに向けるが、彼女がきちんと正座を崩していないのを見つけて、どうやら真面目な話らしいことを確信する。

 華は、ひとしきり食事を終えたあと、箸を置き、ましろの口から語られる話に傾聴するため、背筋を伸ばしましろの方に向き直る。


 そんなふたりの様子を見て、さしものあかねもえっちらおっちらと体勢を整え、それから、半分ほど残ったビールを飲み干してげっぷをひとつ。


 かくして、


 三人の視線がましろに集中し、

 それを意識したましろが、照れ笑いをしながら咳払いをし、

 ちょうど店内のBGMが一区切りつき、個室の中に静寂がもたらされる。


「私、城崎ましろは、再来月から、自分のお店を開くことにしました」

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