第38話 雀荘ハプニング!②


 〇


 聞き取りは十分にも及んだ。宮迫が話す度、いちいち谷垣が凄み、それを東出が宥めあかねが続きを促す、という工程を何度も挟むもんだから、遅々として進まない。赤木が無関心そうにそっぽを向いてスマートフォンを弄ってくれているのが救いであった。


 要約するところ、はじめの内は宮迫のシャツの袖口が当たり何度か牌をこぼし、それに谷垣が舌打ち。見かねた赤木がシャツをまくるように優しく教えるも、谷垣がたびたび宮迫を睨み付けるもんだから――谷垣は決して睨んでなどいないというが、三白眼気味の彼の凝視を受けて、宮迫がそう思ってしまったのかもしれない――、緊張して、自分の山を崩すことも何度かあった。

 また、その都度鳴らす谷垣の舌打ちにも、華が注意をすることもあったらしい。そして、最後には、リーチを掛けた宮迫がこぼした牌で牌で和了してしまい、堪忍袋の緒が切れた、という訳である。


 両者の言い分、甲乙つけがたい。東出も頭を抱えて唸るばかりである。


 谷垣としては、華の注意も腹に据えかねていたようだ。とはいえ、彼の気持ちも汲めない訳でもない。一回り以上も年下の、まだ幼気すら残るような少女に、杓子定規な対応をされてしまっては、カチンとくることもあるだろう。

 いかに雀荘を麻雀をするための場所と突き詰めたところで、接客業であることにも変わりはないのである。


「B卓いったんさせようと思うんですけど」


 そっとほかのお客に聞こえないように耳打ちする。


「うん。俺もそれがいいと思う。谷垣さんにはいったんソファで休んでもらう」


 お互いに頷き合って、


「申し訳ありませんが、こちらの卓は、これで終了とさせていただきます。現時点での点棒に応じた浮き分も、店側からお支払いします。もちろん、沈み分も頂戴しません」


 あかねと東出の目論見は、このフリー卓はもう解体してしまって、いよいよ退屈そうにしている赤木に次のゲームに移ってもらうこと。むろん、宮迫が望むならば、彼もまた隣の卓で打ち続けてもらってもいい。


「谷垣さん、ちょっとお疲れじゃないですか? あちらのソファで休憩がてら、コーヒーでもいかがですかね」


 しかし、谷垣に関しては一時隔離処置を取る。これ以上宮迫と同卓して更なる問題を招くのも避けたいし、赤木の心情としても、今日はこれ以上彼と同卓したいとは思わないだろう。彼がもう少しクールダウンしてから、メンバースリー入りで、卓を建て直せばいい。


「ああ? 俺が悪いってのかよ」

「いえいえ、そういう訳じゃないですよ。ほらほら、ほかのお客様も見ていらっしゃいますし」


 半ば強引に、東出が谷垣をソファの方へと押し込んでいく。ちょっと見直した。


「ぼ、僕は、もうこれで終わっても大丈夫ですか?」


 宮迫は、もうほとんど泣きそうになりながら、涙声である。できれば、もう二、三本くらい機嫌良く打ってもらって、気分を取り直してから帰ってもらいたいものだったが、帰るというのを無理強いするのも難しい。


 ひとまず難局は乗り切った。ほどなくして赤木も華と交代し、ゴールデンタイムもようやくふだんの落ち着きを見せ始めていた。


「お疲れ様、四方津さん。大変だったね」

「ありがとうございます……」


 さしもの華も、気疲れの色を隠せず、カウンターの中へ戻ってくるなり、小さくため息を吐いた。


 谷垣のように、メンバーに辛く当たる人間というのは、珍しいものではない。幸いにもゴールデンタイムにおいては、比較的少数ではあるが、それでも時折、辛らつな言葉を浴びせられることもある。


「中井さん、私、なにか間違っていたのでしょうか」


 華の素朴な華の問い。これに対するあかねの答えは、


「間違いでもないけど、正解でもない、かな」


 という曖昧なもので、華も渋い顔を作る。


「雀荘のメンバーもね、やっぱり接客業なのね。そこの視点が、もしかしたら四方津さんには抜けてたのかもしれないね。例えば谷垣さんに注意するにしても、もっと角が立たないような言い方もあったかもしれない」


 むろん、接客態度など言い聞かせたところで一朝一夕で改善されるようなものではない。しかし、それでも、今後華が同じような場面に遭遇した時に、二の轍を踏んでほしくはないから、説かざるをえない。


「四方津さんの性格で、すぐにましろさんみたいな人当たりの柔らかい接客をしろ、っていうのは難しいかもしれない。でもね――魔法の言葉を教えちゃうね」

「魔法の言葉、ですか」


 それは、あかねが初めて教わった言葉。


「『笑顔でお茶を出すこと』」


 きょとんと呆気にとられる華の顔に、びたんとてのひらを張り付けて、そのまま口角と目じりを引っ張ってやる。


「うん、かわいいかわいい」


 実際には変顔の類に入るが、ふだんの華の表情からすればよっぽど愛嬌がある。


「もう、やめてください!」

「あはは、ごめんごめん」


 この言葉の重要さを、すぐにわかってくれなくてもいい。けれど、つまずいた時にふと思い出して、そうして、ちょっと試してくれるだけでもいい。そんな願いを込めながら、あかねは、いやいやする華の顔をもう一度引っ張るのであった。

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