第6話 給料が出ない!③


 〇


「あー、はじめてが信濃さんと宮崎さんか。それはなんというか、ご愁傷様というか」


 思い出したくもない記憶を掘り起こしたせいで、あかねはすっかりグロッキーだ。


「でもこればっかりは、ひとつの壁だからね」


 あおいも、同調はすれども同情するつもりはない。一万負けならばまだかわいいほうで、ひどい日には四万負けをオーバーすることさえもある。それがメンバーという仕事のいち側面に違いない。


「壁、ですか……」

「うん。ところであかねちゃん、この店に来るまで、フリーって行ったことなかった?」

「はい。大学の友達とセットばっかりです」

「だったら、なおさら厳しいよねぇ」


 話す通り、あかねは大学一年生で麻雀を教わって以来、友達とセット麻雀をする以外経験がない。兄が麻雀好きであったから、時折手ほどきを受け、友人同士の間ではの実力だったかもしれないが、フリーに足繫く通う客相手には、到底通用しないレベルだった訳である。


 負け額以上に、(思い上がりをしていたつもりはないが)その自信が傷ついたことも、あかねがてひどいショックを受けた原因でもある。


「でもこればっかりは、私がどうこうできる問題でもなし、この店や筒井さんがどうこうできる訳でもない」


 辛辣な物言いのようだが、事実その通りで、あかねは口を尖らせて黙るほかない。


「でも、アドバイスならあげられるから。まずはその第一歩、『他人の麻雀をよく見てみよう』」

「他人の麻雀、ですか」

「そ。これがなかなかしんどくってね。でも、得れるものも大きい」


 他人の麻雀をよく見てみよう、という言葉を、心のノートの次の欄に書きつける。


「例えば、いまの東出くん」


 東出とは、現在本走中の男性メンバーのひとり。あかねとあおいの位置からは彼の手牌がよく見える。


「さて、六索をツモってきました。あかねちゃんなら何切る?」

「えっと、一索……切ると思います」

「でも東出くんは……」

「あ、ツモ切ってます!」

「そう。こんな風に、自分ならどうするか、を他人の手牌を見ながら考えるの。それで、自分と違う解答をしたなら覚えておいて、あとでじっくり考えてみたり、その人に聞いてみたり、ね。そうすることで、自分の引き出しの増やしていくの」


 なんだか、視界が一気に開けた気分になる。他人の麻雀を見る、なんて考えたこともなかった。


「ちなみに、あおいさんなら何を切ってました?」

「私なら、筒子一面子ぜんぶ落として、染めにいっちゃってるかも」


 と、おどけた調子で言ったところで、


「あおいちゃん、会話ぜんぶこっちまで聞こえてるから! 手牌構成、バレちゃうから!」

「あら失礼。なんだったら右から全部言っていく? 九索九索八索……」

「わー、ストップストップ!」

「ってな具合で、メンバー相手ならお客さんよりかは話しやすいでしょ? 今日みたいな暇な日だと、麻雀見る余裕もあるだろうから、どんどん観察していこう!」

「はい、頑張ります!」


 あかねの快活な返事に満足げに頷くあおい。後輩の、それも同性のメンバーが給料が出ないと嘆き苦しんでいるのは、見るに堪えないものである。


「それじゃあね。来月は、もうちょっと負けないようにしないとね」

「あれ、帰っちゃうんですか?」

「寄り道しただけって言ったじゃない」

「あ、彼氏さんが外で待ってるとか!」

「だから違うってば!」


 エレベーターに乗って店を後にしたあおいを見送ったあと、あかねは教わった通りに東出の麻雀を、食い入るように観察していた。自分の考えと大きく食い違ったところは、メモを取り取り、わき見も振らず、ただ黙々と見つめ続けていた。

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