<伝説の勇者05>シラを切るのは慣れている

「おや、トムさんじゃないですか! それにジェニーさんも!! お久しぶりです」


 我々の視線を感じたのだろうか、こちらを振り向いた新田健君は猫族獣人の老夫婦に気付いて挨拶をしてきた。確かに知り合いのようだ。


「健様、お久しぶりです。ウチの店にはいらっしゃいましたか?」


「ええ、さっき昼食をいただきましたよ。ナンシーさんにトムさんたちはお出かけだと聞いて残念だったんですが、会えてよかった」


「本当ですよ。店に帰ってから留守の間に健様が来てたなんてことを聞いたら、こいつに何と言われるやら」


「あら、お父さんったら何てこと言うんですか!」


「ははは、やっぱりトムさんとジェニーさんが仲良く喧嘩してるのを聞かないと、この街に来たって気がしませんね」


「健様もひどい事をおっしゃる」


「ねえ」


 和やかに会話する老夫婦と健君。実際、かなり親しい仲のようだ。さて、どうするか? せっかくのチャンスだから健君に魔王グレートシャイン=大輝について聞いてみたい気もするが、こちらの正体をバラさないで上手く話をもっていく方法は何かあるだろうか……などと考えていると、何気なくこちらを見た健君が驚いた顔をして叫んだ。


「大輝の親父さん!?」


 しまった! そういえば耳の形と髪や目の色だけエルフ風に変えただけで、顔立ちなどは変えていなかったのだ。彼と実際に顔を合わせたのは、彼が中学生のときが最後。それでも、まだ四年しかたっていない。彼の方は四年もたてば色々と変わっているが、当時既に不惑を超えていた私の方は四年程度では大きく顔立ちは変わらないのだ。ここは、どうすればよいか?


「はて、私の子はダイキという名ではないのですが、もしかして娘のあだ名か何かでしょうか? ウチの娘が勇者様のお知り合いとは聞いていないのですが……」


 私は平然とシラを切った。今の私はエルフ族に変装しているのだ。偶然よく似た顔をしたエルフだと押し切ってしまえばいい。むしろ、ここで「ダイキとは誰か?」と聞けば魔王について自然に聞くことができそうだ。


 案の定、健君は慌てて説明をしてきた。


「ああ、すみません。知り合いの父親によく似ていたもので、つい……」


「おお、そうだったのですか。確かダイキとおっしゃいましたが、勇者様のお知り合いというと、どういった方なのですか?」


 そう聞き返すと、少し困ったような顔をした健君だったが、すぐに表情を引き締めて答えてくれた。


「実は、魔王グレートシャイン陛下のことなんです。俺が勇者のひとりだってことはご存じみたいですが、魔王陛下の幼なじみでもありまして……」


「ああ、実はさっき、トムさんたちから、勇者様は魔王様の幼なじみだという話を伺ったばかりだったのですよ。するとダイキというのはグレートシャイン陛下のあだ名か何かなのでしょうか?」


「いや、本名というか……何て説明したらいいんだろうなあ……あ、そうか、異世界での名前です。俺たち異世界の勇者と幼なじみってことからわかるかもしれませんが、実は魔王陛下は異世界に転生したんですよ」


 おっと、しまった。言われてみれば魔王が異世界の勇者と幼なじみということから、この結論は推測できるはず。普通なら「幼なじみ」という話を聞いた時点で、その点に気付くはずだが、まったくリアクションしていなかったな。ここで反応を誤ると不審がられそうだ。ここは……


「アッ!? そうですよね。勇者様は異世界の出身。その勇者様と幼なじみということは、魔王様も異世界出身でないとおかしい。それなのに、全然気付きませんでした」


 素直に気付かなかったことにした。鈍い男だと思われるだろうが、怪しまれるよりは、その方がいい。


「健様を初めて見たということの方に気を取られてたようですもの、しかたないですわ」


 ジェニーさんが慰めるようにフォローしてくれた。この際はありがたい。


「それにしても、本当に似てます……大輝に見せてやりたいですよ」


 感心したように健君が言う。む、これはチャンスかもしれない。


「え、もしかして魔王様に拝謁できるのでしょうか?」


 少し興奮気味に尋ねてみる。一般人が魔王に会えるチャンスなど、そうはないだろうから、この反応もおかしくはないはずだ。


「うぉ? え、ええ。あなたさえお時間があれば、ほんの短時間ですけど会えると思いますよ」


 少し引き気味になった健君だが、予想通りの答えをくれた。よし、このチャンスを逃す手はない!


「時間など、いくらでも作りますよ。どうせ冒険者を引退する前の思い出作りに、簡単な依頼を受けながらあちこち巡り歩いているだけですから」


 私の答えを聞くと、健君は笑顔になって言ってきた。


「それなら、魔王城まで行きましょう。ここの転送魔法陣を使えばすぐですよ」


 ……はて? 魔王城は魔大陸にあり、魔大陸全土は転移魔法を妨害する結界に覆われていたはずだが。何らかの方法で結界を無効化できるのだろうか?


 まあいい、魔大陸や魔王城に行けるなら、原理はどうでもいい。もし衆知の事実だった場合、うかつに尋ねて疑われる方がまずい。ここは大人しくついていこう。


「それではお願いします。トムさん、ジェニーさん、いろいろとお話を聞かせていただきまして、ありがとうございました。どうぞ、お元気で」


「いやいや、こちらこそ。あなたも、お元気で」


「楽しかったですわ。お元気で」


 トムさん夫妻に別れの挨拶をすると、健君が尋ねてきた。


「ところで、あなたのお名前は?」


 おっと、しまった。まだ名乗っていなかったな。だが、偽名や簡単なプロフィールはあらかじめ考えてあるから問題ない。


「おお、すみません。私はマックといいます。テキサス大森林の出身です」


 若手時代にニューヨーク市警に出向していたときのニックネームが「誠」から取った「マック」だったので、そのまま使ったのだ。テキサス大森林は、エルフが大勢住む地域の中では、このメイン大森林から一番遠いところであり、以前に行ったことがあるので出身地として使わせてもらった。


「では行きましょう。トムさん、ジェニーさん、また今度来ますよ。どうぞお元気で」


「健様もお元気で。魔王様にもよろしくお伝えください」


「健様、お元気で。魔王様もいろいろお忙しいでしょうけど、またウチの料理を食べに来ていただけませんかねえ」


「あの鶏の香草焼きは絶品だって言ってましたから、暇になったら食べに来ると思いますよ。それじゃ、また」


「「さようなら~」」


 手を振る老夫婦と別れ、転移魔法陣があるという方向に歩いて行く。あの老夫婦の態度からすると、魔王グレートシャイン……大輝は偉ぶることもなく庶民と交わり、慕われているようだ。


 転移魔法陣は、人類側の都市と同じように神殿にあった。魔王の支配下にあるのだから邪神の神殿に作り替えられているのではないかと思ったのだが、中に飾られている神像は人類が信仰する唯一神のままである。どういうことだ? もっとも、大輝のことだから信教の自由を認めている可能性もあるが……


 そんなことを考えながら歩いていると、すぐに転移魔法陣の部屋に着く。だが、その部屋に入ったとき、一瞬ギョッとした。ゴブリンが居たからだ。以前に見たことがある邪神の神官服を着ている。恐らくゴブリン・プリーストだろう。


 驚きを顔に出したつもりはなかったのだが、そのゴブリン・プリーストは自分が驚かれる存在だというのを自覚しているのだろう。こちらが何も言わなくても自己紹介してきた。


「私は魔王国直通転移魔法陣の管理者として、ここに派遣されております。あなたに唯一の神のお恵みのあらんことを」


 そう言って人類式に聖なる印の形に手を動かして祈るゴブリン・プリースト……邪神の神官が人類の唯一神に祈るとはどういうことだ?


「唯一の神のお恵みのあらんことを」


 疑問は尽きないが、ここで疑問を顔に出すようなことはできない。私も合わせて人類式の聖印を切って祈る。


 そのとき健君が半ば呆れたような口調で私の疑問に対する答えを言ってくれた。


「結局、同じ神様を信じてたのに、人類も魔物も相手の神を邪悪な存在だと決めつけて争ってたんだから、馬鹿馬鹿しい話ですよね。どっちも世界を創造した唯一神なんだから、同じ神様だって早く気付けばよかったのに」


 そういうことか! 考えてみれば、我々の世界のキリスト教とイスラム教だって、実は信仰対象は同じ唯一神だ。


 もっとも、歴史的に見れば同じ神を信じていてもキリスト教徒とイスラム教徒は互いに「異教徒」呼ばわりして争ってきたし、キリスト教徒同士でもカソリックとプロテスタントは争ってきた。同じ神を信じていても争うことはよくあることだ。


 健君は宗教に疎い典型的な現代日本人だから単純に同じ神を信じているなら仲良くなれると思っているようだが、私は人種のるつぼであるニューヨークに出向していたときに宗教がらみのトラブルには何度か遭遇したことがあるので、そんな単純なことではないと知っているのだ。


 だがまあ、ここでそんなことは言えるはずもない。私は曖昧にうなずきながら、健君と共にゴブリン・プリーストが指し示す転送魔法陣に歩を進めた。


 さあ、これで魔大陸に転移すれば、いよいよ大輝に会えるのだ!

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