魔王様の邪悪な邪悪な秘密計画

結城藍人

第一部 魔王と勇者編

<魔王Side01>異世界召喚されたら前世が魔王だった件

 気がつくと、目の前にドラゴンが居た。全高五メートルはあろうかという巨体。邪悪に光る目、凶悪そうな鉤爪をもった手と足、巨大な羽を持った、西洋風の竜が。


 何だコレ!?


 一瞬、パニックを起こしそうになった僕に、そのドラゴンは鋭い牙が山ほど生えた口を開いて語りかけてきた。


「魔王様、お久しゅうございます」


 その瞬間、僕はすべてを思い出していた。こいつは、後事を託した魔王軍四天王筆頭、暗黒竜ダークじゃないか!


 そして、その後ろには四天王の残り三名が控えていたことにも、ようやく気付く。


 そんな彼らに「魔王様」と呼ばれた僕なのだが……思い出してしまったのだ。僕の前世が、この世界の「魔王」だったことを。そして、ついさっき僕の足元に現れて、この場に僕を飛ばしたのは異世界召喚の魔法陣だったことを。


 かつて、この世界~魔法がある、いわゆるファンタジー世界だ~で、人類を滅ぼし世界を征服しようと目論んでいた僕は、人間どもが異世界召喚した「勇者」によって殺された。


 だが、そのとき僕は既に転生の秘法を完成させていた。僕は殺されたが、その魂は殺した勇者の肉体に飛び込み、彼の本来の世界に帰還する勇者についていったのだ。そして、勇者の世界~現代日本~で新たなる肉体に生まれ変わり、今まで普通に生活してきたんだ。


 その魔王としての記憶や知識が、たった今すべて蘇った。その記憶は、人間として日本で生活してきた僕の記憶をすべて塗りつぶし、上書きした……わけではなかった。


 単に、前世の記憶として、僕の今まで十六年間生きてきた人生のうち、物心ついたあとの記憶の前に追加されただけだった。覚えてはいるけど、何か現実感がない、テレビでも見ているような感じの記憶として。


 だから、僕の自己意識は、魔王ではなくて、記憶が戻った今でも、ただの高校生だ。


 でも、目の前のダークというドラゴンや、その後ろに控えている四天王の吸血鬼やら人狼やら屍肉フレッシュゴーレムやらも、大して怖いとは思わなかった。彼らが、僕にはとわかっていたから。


 そこで、僕はとりあえず返事をした。


「ああ、ご苦労だったね。僕が勇者に殺されてから何年くらい経ったのかな?」


「およそ二百六十年でございます。魔王様の残された研究成果から、異世界召喚の魔法を完成させるために、それだけの時間が必要でございました」


 ふむ、すると日本とこっちの世界の時間の経過の差は約十倍だな。日本では転生できる肉体を得るまで十年くらいかかったんだから。まあ、こっちの一年と日本の一年の長さが完全に同じというワケでもないかもしれないけど、体感的には大して違いは無さそうだった。転生する前、魂として勇者の肉体内に潜んでいた間の記憶もあるので、わかるんだ。


 もっとも、異世界召喚と送還の魔法の術式からすると、召喚されている間の時間経過をゼロにすることもできるようだ。さすが魔法だな。前世では僕も研究を進めていたんだけれど、術式を完全に組み上げることができず、その前に勇者に攻め込まれたので残りの研究をダークたちに丸投げしてしまったんだ。完成まで二百六十年もかかったのも無理はないくらいの難しい術式になっている。


 そのことがわかってしまうのは、魔王としての記憶の中に魔法の知識もあるからだ。今の僕は、魔王として魔法のエキスパートであり、そこに現代日本で得た科学知識も加わっている。これを組み合わせると、この世界の魔法の威力では考えられないような絶大な効果を得ることもできるだろう……あのとき、勇者がやっていたように。


 ……なるほど、今の僕は、この世界で「無双」できる。僕一人で、この世界を力ずくで征服することも、人類を滅ぼすこともできるだろう……新たな「勇者」さえ召喚されなければ。


 だけど、もし「勇者」が召喚されたら、そこで終わりだ。今度こそ、負けないし、死にもしないだろう。しかし、僕も勇者を倒せないし、殺せない。お互いに牽制しあえば千日手。それぞれが敵側の「殺せる相手」を殺し尽くしていけば、最後には本来は異世界の住人である「魔王」と「勇者」が二人立つのみという不毛な世界が残るだけだ。


 それを防ぐには……


「思いついた!」


 僕は思わず叫んでいた。


「何を、でございますか?」


 ダークが聞いてきたので、嬉々として答える。


「この世界を征服するための計画だよ。勇者の世界の知識を利用した、この世界の人間どもが、いや、君たちでも想像すらできないような、邪悪極まりない計画さ」


 そう言って、ニヤリと笑う。うん、今の僕、かなり魔王っぽくないかい?


「「「「おおおお!!」」」」


 四天王が歓喜の声を上げる。だけど、そんな彼らの喜びに、僕は水を差す。


「まあ待ってよ。喜ぶ前に、どんな計画か聞いてくれないかな。これは完了するまで何十年もかかる、とても長い時間の必要な計画だよ。それに、たぶん君たちにとってすらも『邪悪過ぎる』かもしれないからさ」


 そうして、僕の計画を説明し始めたんだけど、案の定、話が進むにつれて四天王の顔が引きつってきた。吸血鬼や屍肉フレッシュゴーレムはともかく、ドラゴンだの人狼だのの表情ってわかるのかと思うかもしれないけど、そこはそれ、魔王の記憶があるんでわかるんだよ。


 計画の説明が終わったとき、四天王は全員が愕然としていた。そして、筆頭のダークが四天王を代表するように叫んだ。


「いかな魔王様のお考えとはいえ、そんなおぞましい計画に従えるものかっ!」


 あ、やっぱりね。


「お前など、もう魔王様とは思わん! 死ねっ!!」


 そう叫ぶと、大きく開いた口から僕に向けて炎のブレスを吐き出すダーク。鋼鉄をも溶かすほどの高熱だろう。


 だが、僕は平然としていた。


「効くわけないだろう。何のために僕が勇者の世界に転生したと思ってるんだい?」


 なぜ、僕の前世たる魔王が勇者に敗れたのか。異世界の存在である勇者は、この世界に居る間はからだ。不死不滅どころじゃない。その上、食事を取る必要も、水を飲む必要も、それどころか息をする必要さえない。兵糧攻めさえ効かないんだ。老いることもない。


 そして、体力も魔力も無限。一切の疲れを知らず、あっちの世界~現代日本~では使えなかった魔法も、使い方を身につけさせすれば、魔力残量を気にせずに自由自在に使えるようになる。体力や魔力を回復するために休む必要も、眠る必要もない。


 まさに反則チート! そういう存在なのだ、この世界に召喚された「勇者」というものは。魔王かつての僕が勝てなかったのも当然なのだ。


 だが、今の僕は異世界から召喚された存在、すなわち勇者と同様の存在なのだ。


 かつて魔王だった頃なら、ダークと戦っても勝てただろうが、彼のブレスを受けたら無傷で済むわけではなかった。致命傷にはならずとも、かなりのダメージは受けていただろう。


 しかし、今の僕は無傷だ。熱いとさえ感じない。


「あ、ぐ……」


 まったく効いていないとわかったダークがブレスを吐くのをやめて唸った。その瞬間を狙って、僕は用意していた魔法を放つ。


「プチファイア、プチウィンド」


 炎の最下級攻撃魔法と、風の最下級攻撃魔法。いずれも、普通なら対魔法防御力の高いドラゴンに効くような魔法じゃない。しかし……


「ギャアァァァァァァ!!」


 ダークは猛烈な炎に巻かれて苦しんでいた。まあ、ドラゴンの生命力は高いから、これで死にはしないだろう。


「ま、魔王様、今のはギガファイアでございますか!?」


 四天王次席の吸血鬼ブラッド伯爵が驚いたように聞いてくる。あの火力は、まるで炎の最上級魔法に見えるくらいなのだろう。


「呪文を聞かなかったのかい? プチファイアだよ」


 はっはっは、僕の現世での父さんが持ってた昔の漫画にあった「今のは最上級攻撃魔法メ○ゾーマではない、最下級攻撃魔法メ○だ」ってのを実際にやっちゃったよ。


 この手品の種は簡単。一緒に放ったプチウィンドで、酸素を選択的にプチファイアの炎に送り込んだのさ。科学知識と魔法の融合ってヤツだね。異世界転生とか異世界転移系のラノベだったら定番すぎるアイデアだな。


 ……うん、どうして僕が学園物とか他のジャンルのラノベとかはそんなに読まなかったのに、魔王が主人公のラノベとか、魔王転生物のネット小説だけは大好きだったのか、ようやくわかったよ。前世が魔王だったからなんだな。


 あと、なんで警官……それもキャリアの警察官僚なんかをやってるお堅い父さんが、勇者物の漫画やラノベだけは捨てずに持ってたのかって理由もわかっちゃったんだけどね。


 さてと、ダークも後悔してるだろうから、そろそろ許してやろうか。


 まだ滞留させていたプチウィンドの魔法で、今度は純粋な窒素を送り込んで酸素を遮断し、炎を消す。そのくらいのコントロール、今の僕にとっては朝飯前だ。


 それじゃ、改めて聞いてみようか。


「さあ、僕がどういう存在なのか、もうわかっただろう。魔王の命令に対して、君たちはどうする?」


「「「「絶対服従です、陛下!!」」」」


 四天王が直立不動で口を揃えて答える。僕はそれを見て満足そうに頷いてみせてから、おもむろに口を開いた。なるべく魔王っぽく聞こえるように、ちょっぴり気取りながら。


「よろしい。それでは諸君、世界征服を始めようではないか!」

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