<勇者Side03>俺の従者は王女様(一応)

「もしかして、コニーさんやミーアさんも、結構偉い家の人だったりするのか?」


 俺たちはアパッチ市の城門を出てアストロ市に向かう路上を歩いている。都市間をつなぐ整備された街道があり、舗装された石畳の道が長く続いているのだ。


 既に町を出てから数時間たっていて、街の周囲にあった麦畑もなくなって、街道の脇にはときどき灌木の藪がある以外は一面の草原が広がっている。


 まだ魔王軍の勢力範囲には入っていないし、魔王の手下ではない怪物モンスターも街道沿いにはあまり出てこないとのことなので、一応用心はしつつもピクニック気分で歩いているんだ。


 そんな道すがら、ふとアパッチ伯との会話の中で気になったことを思い出して尋ねてみると、二人とも頷いて説明してくれた。


「うん、ボクが養子に入ったブルースター家はドワーフ三大王国のひとつ、ブルースター王国の王家んだよ」


「ミーアが養子に入ったキャット家は、猫族の族長の家んですぅ。キャットっていうのは、魔法語で猫を意味する言葉なんですよぉ」


 やっぱり、偉い家の養子だったのか。だけど、気になることがひとつある。


?」


「……ブルースター王国は、数年前に魔王に滅ぼされちゃったんだ。王家はエメラルド王国って別のドワーフの国に亡命して残ってるけどね」


「私のメイン家も、既に魔王に滅ぼされたメイン大森林の族長の家系です。生き残りがオハイオ大森林に亡命しています」


「猫族はどこにでも大勢住んでるけど、キャット一族が住んでた本拠地はメイン大森林にあって、エルフと共生してたんですぅ」


 ……やっぱり、既に魔王に滅ぼされていたのか。


「ゴメン、悪いこと聞いたな。だけど、そうだとすると、みんな王国や一族の本拠地を取り返したいから俺と一緒に旅するのを志願したのか?」


 この世界では昔の日本とかと同じように、十五歳を過ぎると成人扱いらしいんだけど、それでも成人したての若い女性が魔王討伐なんて過酷な旅に参加するんだから、よっぽど強い動機があるんじゃないかと思ってたんだ。養子とはいえ、王家や族長の一族として、国を取り戻すことに思い入れがあるのなら、とりあえずの目標であるアストロ市解放に成功したら、次はブルースター王国やメイン大森林を取り返すのを目指してもいいんじゃないかと思って聞いてみたんだ。


 ところが、エルアーラさんの答えは意外だった。


「……それも、もちろんありますが、実は私たちは勇者様の従者になるべく育てられた孤児なんです」


「え!?」


「勇者様の従者は、各地の身寄りがいない孤児の中で優秀な者が選ばれ、勇者様のお役に立てるように厳しく育てられるのです」


 それを聞いて俺は憤った。


「魔王討伐なんて危ない仕事は孤児にさせようっていうのか!?」


 ところが、エルアーラさんの説明は意外なものだった。


「いえ、二百八十年前に先代魔王を倒した伝説の勇者様や、十年前に召喚された初代の勇者様の従者は、人類の全王国から選ばれた最精鋭でした。特に二百八十年前の勇者様の従者には、セイクリッド王国の王太子も参加して魔王と戦っています」


「え!? それじゃあ何で今は孤児を育てることになったんだ?」


「十年前の初代勇者様、九年前の二代目勇者様……拓海様のお知り合いと聞きましたが……の従者の家族が、魔王に誘拐されたからです」


「何だって!? ……そうか、人質か!!」


「はい。ただ、魔王との対決の前に誘拐されたのではないようです。魔王が勇者様と戦って元の世界に送還したあと、捕らえた従者を従わせるために誘拐したらしいのです」


「え、どういうことだ?」


「魔王が自ら従者の家族を誘拐に来たそうなのですが、その時に『人類を効率よく働かせたいなら家族を一緒に連れて行くに限る。鞭で従わせるよりも真面目に働く上に、つがいで飼っておけば勝手に増えもする』とうそぶいていたそうです」


 それを聞いて、あの魔王への憤りが爆発した。


「何てヤツだ! 人を奴隷どころか家畜扱いしてるのかよ!!」


 そんな俺をなだめるように、エルアーラさんは冷静に説明を続ける。


「ええ。それが二回続いたので、三代目勇者様からは身寄りの無い者か少ない者というのが従者の条件に加わり、同時に各地の孤児から優秀な者が選抜されて戦士訓練学校で教育を受けることになったのです。先々代の九代目勇者様、つまり一昨年からは、選抜された孤児の先輩方が従者として勇者様の旅に同行することになりました。そして、今年は私たちが選ばれて従者になったのです。とても名誉なことです」


 なるほどねえ。そんな理由があったのか。それにしても、そのための学校もあるんだな。ちょっと聞いてみるか。


「そうだったのか。戦士訓練学校なんてのがあるんだ」


「はい。私たちは、昨年卒業生の中で各科の首席でしたので従者に選ばれました。従者に選ばれると、各種族の王家やそれに相当する家の養子になれるのです。養子ですから王位継承権はありませんが、王族に準じた扱いを受けます……それを認めないアパッチ伯のような人もいますが」


 やっぱ、凄いエリートだったんだな。孤児にとっては出世コースなのか。あと「各科」ってことは専攻科みたいなのがあるのかな?


「なるほどね。各科というのは?」


「私は魔法科で、コニーが神官科、ミーアが密偵科です」


 それを聞いて、ちょっと意外に思ったので尋ねてみる。


「あれ、戦士科は無いのか?」


「戦士訓練学校ですので、武器による戦闘訓練は全員が受けます。私も得手とするのは長弓ですが、剣や槍による近接戦闘も学んでいます」


 なるほど、エルアーラさんみたいな魔術師でも剣を使えるのね。さすがだな。あれ、でも勇者の従者になれるのは各科首席の三人だけだったら、残りの人は何をやるんだ?


「そうなのか……ところで、従者になれなかった人はどうなるんだ?」


「騎士団や魔術師団に採用される者が大半です。神官科は特別で、全員が神殿に入って神官になります。『聖騎士』……治癒魔法が使える騎士ですね……になる者も一度は神殿に所属してから騎士団へ異動します。同じように治癒魔法が使える魔術師である『賢者』になる者も神殿に所属してから魔術師団に異動します。密偵科からは騎士団のほかに各国の諜報機関に行く者もいます。能力が無い者は途中で退学になるので、卒業生はほぼ全員が公的機関に採用されますね。卒業生で民間の傭兵や冒険者になるのは、よほど素行面で問題があった者だけで、多くても年に一人か二人です」


 なるほど、優秀だから引く手あまたなんだな。それに民間でも傭兵や冒険者って行き先があるのね。冒険者ってのは、いわゆるファンタジー定番の、魔物を倒したり商隊の護衛をしたり迷宮探索をしたりするやつだろうな。にしても、年に一人か二人ってのは比率としてはどのくらいなんだろう? 卒業生数がわからないと多いのか少ないのかわからないな。


「卒業生って何人くらい居るんだ?」


「年によって少し違いますが、各課それぞれ百名くらいで合計三百名ほどですね。八歳で選抜されて入学するときには全員で千人くらい居ます。毎年百名ぐらいずつ脱落するわけです。四年間が基礎訓練で、その間に各人の適性を見極めて十二歳の時に各科に割り振られ、それから三年間は更に専門的な訓練を受けるわけです」


 卒業までに七割が脱落するのか! それじゃ確かに卒業生はエリートだな。しかし、途中で脱落する人も多いみたいだけど、その人たちはどういう扱いなんだろう?


「なるほど。それで途中で退学した人はどうなるんだ?」


「基礎訓練期間中に脱落した者は、普通は孤児院に戻って普通の孤児と同じように職業訓練を受けますね。専科まで進んだ者は、孤児院に戻る者もいますが、それなりに戦闘能力を得ているので民間の傭兵や冒険者になる者もいます」


「傭兵や冒険者!? 子供なのに?」


 驚いて思わず聞いてしまった。孤児院に戻る方は納得だけど、傭兵とか冒険者の方はまだ中学生くらいの年からやるのか!?


「見習いなら、そのくらいの年から始める者もいます。やはり三年くらい傭兵団や先輩冒険者の下で見習いをして、成人と同時に本格的に傭兵や冒険者になるのです」


 そうか、見習いとか、徒弟制みたいなのもあるんだな。それじゃ、騎士団とかに入った人も最初は見習いから始めるのかな……あれ? ひとつ疑問が出てきたぞ。


「なるほど、そっちはわかった。ところでひとつ聞きたいんだけど、君たちの先輩方のうち、既に二~三年間騎士団や魔術師団で働いている人もいるんだよな? そういう経験のある人たちは従者には選ばれないのか?」


「そうですね。勇者様を召喚する魔法は一年に一度しか使えないので、今までは前年度の首席卒業生が従者になっています。これは、ひとつには勇者様の年齢を考えてのことです」


「年齢?」


「はい、今まで召喚された勇者様たちは、伝説の勇者様が十七歳、初代勇者様が十五歳、二代勇者様が十六歳など、ほぼ十五~七歳の範囲に入っています。勇者様の文化では、その年齢だと一歳や二歳年上でも少し遠慮が入るという話を伝説の勇者様がされておりまして、それで同い年か年下になる卒業生から選ぶというになっているんです」


 なるほど、確かに部活の先輩とかと同じ年の人って考えると遠慮するか。伝説の勇者って人も体育会系だったのかな……って、ちょっと待て! 最後にツッコみどころのある言葉が出てきたんだが?


?」


「……既に騎士団や魔術師団に所属している人には、しがらみができますから。所属部署の面子めんつとか、魔王討伐に成功したときの功績とか……まあ、神殿は別格なのですが」


「それでも、やっぱり扱いは一般の神官やほかの卒業生とは違うよ。ボクもいきなり助祭に叙任されて、神官騎士団でも法王猊下げいか直属の特務部隊に配属になったし」


 エルアーラさんの説明をコニーさんが補足する。なるほど「大人の事情」なのね。あれ、それじゃあ……


「もしかして従者が王家の養子になるのって……」


「ええ。魔王討伐の功績を王家のものにするためです。滅ぼされた国の王家なのも、討伐後の再興のことを考えて選ばれています」


「なるほど」


 ……いずこも同じ、秋の夕暮れ。異世界でも現実ってそういうモンらしい。


 そんなことを考えていたら、エルアーラさんが立ち止まって話しかけてきた。


「そろそろ魔王軍の飛行偵察隊の索敵範囲に入ります。偽装魔法をかけるので集まってください」


「ああ、わかった」


 俺たちがエルアーラさんの側に寄ると、精神集中をしていたエルアーラさんがおもむろに呪文を唱える。


「インビジブル!」


 名前からして透明化の魔法かな? ……と思ったのだが、あれ?


「急に薄暗くなったな。それに呪文の割に姿が消えてないっぽいけど、どういう魔法なんだ?」


「これは、一定範囲の周囲の光を屈折させて、その範囲内に居る者の姿を相手に見えなくする魔法です。範囲内では普通に見えます。ただし、完全に屈折させてしまうと、範囲内にまったく光がなくなりますし、私たちも外を見えなくなるので、一部の光は取り込んでいます」


「ああ、そういうことか」


「そのため、間近からよく見ると隠れていることがわかってしまうので、高空から偵察している飛行型の敵からは身を隠せますが、近くまで来られたら気付かれてしまいます。確実な偽装ではありません。まあ、気休めよりはマシですが」


「なるほどね。で、魔王軍の偵察頻度はどのくらいなんだ?」


「結構頻繁で……見てください」


 エルアーラさんが空を指さしたので、そちらを見てみると遠くに黒い点が三つ並んで移動しているのが見えた。


「魔王軍の偵察飛行隊です。あれはグリフォンですね」


「見えるんだ!?」


 驚いて聞き返してしまった。俺にはゴマ粒にしか見えないのに。


「エルフは目がいいんですよ」


 少し自慢気に言うエルアーラさん。まあ、自慢するだけのことはあるけど。


 と、そのエルアーラさんの表情が厳しくなる。


「こちらに向かってきます!」

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