第7話 慣性の法則

 政男はこの春一人暮らしを始めた。

 彼は高校卒業後、就職をすることもなく、34歳になるまでずっと実家で両親に面倒をみてもらっていた。いわゆる世間一般で言う『引きこもり』というやつである。


 母親は意を決して、政男を近くのアパートに引っ越させ、そこで自活の生活を送らせようとしたのである。

 それでも親として、当然多少の不安はあるものだ。

 その解決策として、母親は次男の惣二郎に政男の様子を観察するようにと、彼が住むアパートの隣の部屋に住まわすことにした。


 惣二郎は兄に似合わず大変働き者で、毎日決められた職務をこなしては、定刻通りにアパートへと戻ってくる。

 つまりは、その性格を見越して、長男政男の動向を見張らせようとしたのである。


 ところが、一週間経っても、一ヶ月経っても政男はそのアパートから出てこようとはしない。見かねた母親がアパートを尋ねると、初めに持ち込んだ食料品を食べ尽くしては、後はただゴロンと横になって昼寝をしているだけである。


 いっぽうの惣二郎の方はというと、これまた毎日決められた職務をこなしては、定刻通りにと戻って来ると言う生活を繰り返している。

 たまには気晴らしに居酒屋で飲んでくるとか、パチンコをして来るなどと、そこにはまったく入る余地など無いといったようである。


 (何で同じ兄弟なのに、こうも全てが違うのであろうか?・・・)


 母親は目の前で寝転がっている政男に、そっと毛布を掛けてあげるしかすべがなかった・・・



【慣性の法則】

「ニュートンの運動の法則」のひとつで、運動の第1法則とも言う。

物体は他から力がはたらかない限り、静止している物体はいつまでも静止し続け、運動している物体は、そのままの速さで等速直線運動を続けるというもの。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る