第27話放火殺人

 19-27

徹は福田港で下船すると急いで坂手港に向かった。

今からなら五時四十五分に乗船出来るから、直ぐに小豆島を脱出しなければ凜が喋れば終わりだ。

一方凜を乗せた南田夫婦は警察に急いで「凜、誰と船に乗ったの?」と尋ねる。

「ウサギさんよ、アンドとロイド」しか言わない。

「犯人と一緒の筈だ、急いで警察に」と雅俊が言うと「お婆ちゃん、オシッコ行きたい」と言い出す凜。

凜は叔父さんが危ないと子供心に判ったのか、庇う仕草をしていた。

トイレの在りそうな場所で、車を止めるとトイレに行くが凜は中々出て来ない。


その頃徹は急いで坂手港に滑り込んで直ぐに乗船、しばらくして出港していった。

その出港を見送る様に警察に飛び込む南田夫婦。

警察署で驚く警官達を尻目にウサギと遊ぶ凜の姿に、南田夫婦はこの子は犯人を庇っている。

知り合いが犯人なのでは?と考えてしまうのだ。

事情を聞いても「ウサギさんと一緒」と言うから警官も全く打つ手がない。

フェリー乗り場には非常線が張られて、怪しい人物の特定を急いだ。

兵庫県警に凜ちゃん救出の知らせが届いたのは、二時間も後の事だった。

再び小豆島の警察が犯人逮捕をしようと功を焦ったのが原因で、神戸港の手配は更に二時間近く遅れて、徹は悠優と下船して和歌山の自宅に帰ろうとしていた。


その薄暗く成った徹の家の呼び鈴を鳴らす昌子「ピンポン」

「はい、凜ちゃん誰か来たね」

「叔父さん、誰が来たの?」

「見て来る」と話し声が向こうから聞こえる。

慌てて、隠れる昌子は確かめたと徹の自宅を後にして離れて行く。

呼び鈴を鳴らすと同時に話す声が流れる状態を作って、自宅に居る事を感じさせる仕掛けをして徹は出掛けて行ったのだ。


警察官に連絡を貰って駆け付ける麻由子は六時に凜と対面した。

「凜何処に、行っていたの?」驚く顔の麻由子。

「ママも外国に長い間行っていたのね、パパは一緒じゃあ無いの?」

「パパはまだ帰ってないのよ」と答えるのが麻由子には精一杯だった。

後は」泣き崩れて、言葉に成らなかった。

少し遅れて祖父母の坂田夫婦がやって来て凜と涙の対面をした。

「お母さんから、聞いて貰えませんか?誰と一緒だったか?」

「凜、今日まで誰と一緒に居たの?」

「あのね、アンドとロイドよ、他の事は知らないのよ」

「何故言わないの?」

「会えなく成るから駄目なのよ」と言い張る凜。

麻由子は凜がこの三ヶ月とても楽しい時間を過ごしたのだ。

この幼い子供が頑なに犯人を庇う、一体何が有ったのだろう?

麻由子は娘凜が、恐いとか恐怖を一度も味わった事が無かったのだと思った。

では何故?フェリーの中で、南田夫婦と会ったのだろう?

偶然?犯人には予期していない出来事が起こったから、仕方無く凜を返したの?

麻由子は娘を見ながら、その様な事を考えていた。

ウサギと遊ぶ凜、その目の前でこれから長男真を巡る争いが待ち構えていた。


徹が和歌山の自宅付近に帰ると、赤々と夜空を焦がす炎が徹の自宅を灰にしていた。

徹が予想した通り、姉昌子は放火をしたのだ。

この事態を予め予想していた徹は、これで誘拐の証拠も統べてが、灰に成ったと昌子と同じ事を考えていた。

近くで確認をして、全焼間違い無しと思いながら東京に帰る昌子。

これで誘拐事件も闇の中、明日の新聞には古い民家が全焼、中から二人の遺体が発見と記事が出るわと新幹線の電光掲示板に、ふと目をやった昌子が仰天の表情に変わった。

(行方不明の南田凜さんが三ヶ月振りに自宅に戻る)と流れていた。

昌子が私は、私は、無実の弟と子供を焼き殺したの?

「わーー!」と新幹線の車内で大声を発した。

しばらくして、車掌が「お客様!お客様!」と話すが「大変な事、わー」と意味不明な言葉を発して暴れ出して、鉄道警察が次の駅で乗り込んで来て取り押さえて病院に運ばれた。

病院の医師が「急に大きな衝撃が起こり、精神が維持出来なく成ったと思いますが、しばらくして治る場合と、このまま狂う時が有りますね」と診断した。

「家族を呼び精神を安定させて下さい」


焼け跡に戻った徹は現場検証に立ち会う。

「神戸に用事で出掛けて居まして、助かりました」

「これは明らかに放火ですね、心辺りは?」

「全く有りません」

徹は燃えやすい様に細工をして、金目の物は総て家から持ち出して、トランクルームに収納していた。

改造した凜との生活の部屋と古い家屋が燃え尽きただけで、保険金が出るので今後何処かにマンションでも借りれば、自分が生活するのには支障は無いだろうと思った。


その後の取り調べでも何も話さない凜に、和田刑事達もお手上げ状態。

凜は事件の事以外は楽しく生活をして、医者の診察でも誘拐で変な幼女誘拐犯の様な事は一切無いです。

この犯人は凜ちゃんと三ヶ月楽しく過ごしただけだと思いますよと、精神科医も凜を診察して述べた。

麻由子は一体何が目的で凜を誘拐して、私達夫婦を混乱させたのか?未だに何も判らなかった。


徹は火事の後始末が終わって、東京の昌子の自宅に電話をした。

夫の静夫が新幹線の中で発狂して、ようやく落ち着いたので地元の病院の精神科に入院させていますと答えた。

「近日中にお見舞いに行かせて頂きます」

「徹さん、遠方ですので悪いですから」

「家が焼失して、何処に居ても同じなのですよ、久々に姉の顔も見たいですから」そう言って電話を切った。

自宅が火事で焼失?静夫は驚いて聞き返した程だった。

数日後、徹は病室を訪れると静夫が付き添いで居て、眠る昌子を起こした。

昌子は起き上がって徹を見て「ぎゃーーーーー!」と大声をあげて失神をしてしまった。

「脅かせたのでしょうか?」と言う徹だが、脈が乱れて、医者が急いで病室にやって来た。

一礼をして病室を出る徹の背中は笑っていた。


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