断章・c

断章・c

 少女の掴んだ情報によれば、今夜ここに彼らがいるはずだ。

 とあるホテルの中にあるレストランの入り口で、少女は壁に寄りかかり彼らが出てくるのを待つ。

 彼らに会ったからといって状況が大きく変わるわけではない。しかし向こうが動きを見せている以上、牽制は必要だとの考えからだった。今夜に限っては追っ手もあえて、付いて来させている。その方が効果も大きい、と少女は分析する。

 スーツの男と、少女と同じ白襟のセーラー服を着た女子生徒が出てきたのは、少女が張り込んで五分ほど経ってのことだった。

 向こうが少女の存在に気付き、驚きの顔を見せる。

「下條佐奈さんね。そちらは内閣情報局クロスフィア特命係・武雄良樹、本名は榊原健夫で合ってるわよね?」

 星が丘高校が『特殊』とする、理由の一つ。それは三年生・下條佐奈が彼氏である内閣情報局職員のために動いていることだった。

「そちらは海部セーラさん、で合ってるかな」

「そうよ、あなた達が頑張って接触しようとしている、ね。クロスフィア研究所とも協力関係かしら」

 部員不足だった文芸部を復活させようとしている動き自体は何ら不自然ではない。しかし、三年生がその活動をしている時点で、少女のマークに引っかかるのは容易かった。そして情報の裏取りをし、それが内閣情報局の工作活動に繋がっていたことを突き止めている。

「さすが、知らない訳はないか」

「『何でもじゃないわ、知ってることだけ』って所かしら?」

 少女はニヤ、っと笑い、スーツの男もふふふ、と微笑む。

「一つだけ知っておくといいわ。そのクロスフィア研究所、全面的に信用しない方がいいわよ?」

「言われるまでもなく、そうするよ」

「そうね。あと、彼女達が唱えている説、そのまま信じない方がいいわよ? 彼女達に都合がいいよう、伝えてるだけだから」

 クロスフィア研究所の真の目的は、決して「この世界の人々には」受け入れられるものではない。協力関係にあるということは、真の目的は伝えられていないはず。

「……なるほど、でも君のいうことを全面的に信じることの出来る保証もないからね」

「そうよ。だから、参考程度に教えただけ」

 牽制は済んだ。そう少女は判断してこの場を去ろうとした。その時、女子生徒が声をかける。

「海部さん、連絡先とか、教えてくれる?」

 その問いに対する少女の答えは、ダメ押しの牽制。

「止めておいた方がいいわよ? 私の連絡先を知っていることが知られたら、狙ってくるところも多いから。NPAとかね」

「国家安全保障局、か。それはやめといた方がいいな」

 スーツの男が言うが、少女の内心は嘲りに変わった。なるほど、国家平和計画局を知らないということは、掴んでいる情報もそれなりということだ、と。

「では、また会えたらその時に」

 少女はホテルを出て、夜の帳へと消えていった。


   * * *


 アキは、男達に追われていた。

 夜の栄・錦三丁目。名古屋屈指の歓楽街として有名な街の間を縫うように、アキは小走りで移動する。

(どうして、彼らがここにいる?)

 ああ、最初はアメリカ合衆国に行ったとも。ワシントンの国防総省へ行って、交渉が決裂したので日本に来た。それなのに、交渉が喧嘩別れに終わった相手のはずなのに、あの時面会した相手が目の前にいる!

 この状況、ミナコには頼れない。ハルカとアヤヒは向こうの、「ボクが元いた世界」にいるはずだから論外だ。すると頼れるのは……。

 アキはスマートフォンを取り出し、暗記していたとある番号をダイヤルする。発信音を聞きながら、アキは一心不乱で逃げ続ける。

『もしもし』

 聞こえて来たその声に一時の安心を得つつも、アキは助けを求めた。

『いいわ、私の指示に従って』

 彼らに勝つためには、情報戦しかない。情報戦を戦うには、彼女を味方につけるしか、ない。

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