3 しあいかいし

 ぼくは『としょかん』前の炊事場でお米を炊いていました。レンズで太陽の光を集めて点けた火種を、木に移し替えて、少しずつ強めていきます。今日は天気が良くてよかったです。太陽はぼくのほぼ真上からさんさんと降り注いでいます。

 額ににじむ汗をぬぐいながら、サーバルちゃんの切った野菜を鍋で煮込んでいきます。『としょかん』玄関の閉まった扉をぼうっと眺めながら、これ以降の行程を頭の中で確認しておきます。

 今日もヒトについての文献を調べるため、『としょかん』にやって来ていました。かと思えば案の定、こうやってまた、博士と助手にせがまれてカレーライスを作っているというわけです。

 だけど、今日はみんなの様子がなんだかおかしかったな――。

 明確な根拠があるわけではありません。ただ、こうやってカレーを作っている間、誰も傍にいないというのは初めてでした。たいていは誰かしら、料理はどうやって作るのか、と気になって見に来たり、話し相手になってくれたりします。

 サーバルちゃん、博士さん、助手さん、タイリクオオカミさん、ツチノコさん、トキさん、アルパカさん、フェネックさん、アライさん。全員が『としょかん』の中で何かしていることになります。お話合いでしょうか。それとも、何か面白い本でも探しているのでしょうか。考えてみれば、偶然とはいえ、これだけの人数が一堂に会しているのも不思議でした。

(そういえば、『としょかん』に来たのは、サーバルちゃんに誘われたからだった気がする……)

 考え込みながら、手はせわしなく動かしています。米が炊けて、カレーも煮込み終わったみたいです。ご飯をよそうとき、指についてしまって、取ろうとほかの指でいじっているうちに粘り気が強くなってますますくっついてしまいます。

 くっついた米を水で流してから、お皿にカレーライスをよそって、博士と助手の二人分を両手にそれぞれ持って『としょかん』の中に入ります。先に両手をふさいでしまったことに気が付きましたが、いつの間にか扉が開いていたので、ぼくはツイてるな、と思いました。

「博士さんー、助手さんー。カレーライス出来ましたよー」

 室内にカレーのにおいが漂います。スパイスの効いた良い香りでした。

「ご苦労なのです」

「待っていたのです」

「さっきからずっと話し込んでいたからお腹がすいたのです」

「ほんとだよー。博士と助手の話、なっがいんだもん! みんなずっと座りっぱなしだったし……」

 サーバルちゃんが唇を尖らせて、『としょかん』の円卓に上半身を寝そべらせます。どんな話してたのかな、サーバルちゃん。

「皆さんのぶんも、今持ってきますからね」

「わたし、手伝うわ」

 トキさんがそう言って、サーバルちゃんも「じゃあ私も!」と続きます。

「アライさんも手伝うのだ!」という元気な声が跳ねて、「んじゃぁ、私も行かなきゃねー……ああー、いや、やっぱりいいかなぁ~」とアルパカさんが言いました。

「私、空を飛べるかららくちんよ。一つ多く往復してあげるわ」

 トキさんがそう申し出ると、アルパカさんは「そぅぉ? 悪いねー」と朗らかに応じ、フェネックさんが「じゃあ、みんなにお任せしようか、アライさん」と言って、アライさんを押しとどめて座らせます。

「んじゃあ、いま紅茶も出すからねー」

「助手。紅茶はカレーライスに合うのですか」

「試してみないことにはわからないのです、博士」

「まあ、とりあえずは、皆さんの分のカレーライスを持ってきますね」

 ぼくはそう言うと、サーバルちゃんとトキさんと連れ立って外に出ようとしました。

「ああその前に、ちょっとこれを選んでくれよ」

 ツチノコさんがそう言いながら、二枚のトランプを手に持って差し出してきます。

「ええっと、これは?」

「この前、トランプについて教えてもらっただろ? あれをもう一度遊んでみたくなったんだ。今回は、ババ抜きをやろうと思ってるんだが、ジョーカーは一枚しか使わないだろ? だから、使うほうを選んでくれ」

「ああ、トランプ……」

「そうそう」トキが頷いた。「私もそのトランプがやりたくて来たのよ。なんだか面白そうって話を聞いたから」

「私も、何か創作のヒントにでもなればと思ってね」

 タイリクオオカミが両手を広げて微笑みました。なるほど。トランプの話が随分と広まって、それでこんなに集まってきた、というわけだったんですね。

「アライさんもやって来たのだ! とらんぷ? はよくわからないけど、面白いことならアライさんも混ぜるのだ!」

「まー、私はアライさんの付き添いさー」

「そういうことなら、またみんなで遊びましょうか」

 ぼくはそう言いながら、ツチノコさんの手からトランプを一枚取ります。当然ながらジョーカーです。残ったほうのジョーカーは、ツチノコさんがトランプの入れ物にしまって、本棚脇のテーブルに無造作に置きます。

(どうしてカードをぼくに選ばせたんだろう……)

 トキさんとサーバルちゃんと一緒に下に降りると、人数分のカレーライスを運びます。最初に二つぼくが運んで、僕とサーバルちゃんとトキさんがそれぞれ二つずつで六つ運びます。十人いるので、先ほどの申し出通り、トキさんが一度多く往復してくれました。『としょかん』の吹き抜け部分から飛んでやってきて、カレーライスを運んできたのには、みんな笑わされてしまいました。

 カレーライスを食べ終えると、皿を脇にのけて、丸いテーブルが真ん中に据えられました。椅子が五つ用意されて、等間隔に配置されます。十人全員、席を外す暇もなく、ゲームが始まります。

「じゃあ、早速やってみようぜ」

「待つのです」

「博士が、便利なものを作ってくれたのです」

「といっても、実際に作ったのはビーバーとプレーリードックですが」

「あいつらにアイデアを出したのはわれわれなのだからいいのです。われわれはかしこいので」

「そうですね助手。われわれはかしこいので」

 いつものやりとりを交わしながら二人が取り出したのは、木でできた直方体の器具でした。横に細長く、横に一本、浅い切込みが真一文字に入っています。

「これは?」

「このように……」

 博士さんが切り込みにカードを差し込み、手を放すと、カードは垂直に立ちました。おお、という声が『としょかん』の中にさざめきます。

「このあいだ、七並べをやった時に思ったのです。トランプをずっと手に持っておくというのは、案外と面倒くさいのです」

「そこで、トランプを立てておけるようなものを考えて、ビーバーとプレーリードックに作らせたのです」

「へえ、すごいですね」

 ぼくはそこまで博士さんと助手さんがトランプに熱中していることに驚きながら、ビーバーさんとプレーリードックさんの作品の見事さに嘆息していました。トランプはきっちりと垂直に立っていて、端っこから端っこまで、横に動かしてみても、傾いたり、倒れたりしません。これだけ細くて均一なスリットを木に入れるなんて、やっぱりあの二人は名匠です!

「よし! じゃあやってみようぜ。最初はだれがやる?」

「アライさんも混ぜるのだー!」

「えー、オマエかよ。さっきの説明、ちゃんと理解できてるのか?」

「ぐぬぬ……」アライさんはうなり声をあげます。きっと難しかったんだと思います。「アライさんはそのへんばっちりなのだ!」

「まーまーアライさん。ツチノコさー、初めてなんだし、私が後ろについてあげてていいかなー? 私はさっきので、大体わかったからさー」

「ん……まあ、いいだろ」

「じゃぁじゃぁ! 私もトキちゃんの後ろで見てるね~!」

「あら。なんだか照れるわね」

 結局、最初の五人は、ツチノコさん、アライさん、トキさん、サーバルちゃん、助手さんになりました。

「そうだ!」サーバルちゃんが言いました。「せっかくだからさ、勝ったフレンズが、負けたフレンズに言うことを聞かせられる、っていうのはどう?」

「ええ?」ツチノコさんが不満げな声をあげます。「おい、大丈夫なのかよ。言うことを聞かせられる、ったって、あんまり無茶なのは困るぞ」

「大丈夫大丈夫! でも後で、かばんちゃんとトランプをするようになったら――」

 サーバルちゃんはぼくを見つめて言いました。

「私は、こうお願いしちゃおうかな――。ずっと、私と一緒にいてほしい、って」

「え?」

 ぼくは困惑してから、おかしくなって、ふふっと笑ってしまいました。

「あらたまって言わなくたって、そんなの――」

 そう言いかけてから、サーバルちゃんの真剣な瞳に気づきました。だから、ぼくはその言葉の意味に気がつけました。海の向こう。今は船もなくなってしまって、旅立つ方法もわからないけれど、いつか、いつの日か、海の向こうにぼくが行くとしたら……。

「……うん。わかったよ。次はサーバルちゃんと一緒にやろう」

 ぼくはサーバルちゃんにうなずいて見せた。


     *


 ――右から二番目。

 オレは”指示”通りに、アライの手持ちの右から二番目の札を取った。ハートの4。自分のスペードの4とペアにして場に捨てた。

 五人での一回目のプレイはじきに終了する。今のところ、仕掛けは順調に作用していた。

 この「一回目」には、大きく分けて三つの意味合いがある。

 一つ目は、博士に言われた、ジャック、クイーン、キングの排除についての条件を、かばんに認めさせることである。最初から説得してもよかったが、アライがキングを引いた時に「おじさんなのだ! これがババなのかフェネック!」と大声を出したり、カードの顔の向きが細かく違うため、絵合わせをすることができず、かばんを呼んで確認してもらう、などの不具合を実際に目の前で見せることで、より説得力が増した。

「前に七並べをやった時も、サーバルちゃんたちが、ジャックになったとたん、並べられなくなったのを覚えてます。やっぱり、J、Q、Kが読めないと、ちょっと厳しいかもしれないですね」

 実のところ、例えばオレはもはや文字札の扱いに支障のない域に達していた。文字を「読む」ことはできなくても、文字の輪郭そのもので、似ているか似ていないかは判断がつくからだ。オレがそうなのだから、絵を描いているタイリクオオカミや、「かしこい」と自負しているあの二人だって大丈夫だろう。

 しかし、この措置は「トランプについてまるでど素人」のフレンズに対して、負担を軽減するべく発動したものなのだ。

 二つ目は、後ろに人が立っていることに対する違和感を払拭するため、だ。

「フェネック~、これはこれと同じなのか?」

「あー、これはねえ」フェネックがこっそり耳打ちする。

「えーっ! これがババなのだぁ!?」

「アライさん、やってしまったねぇ」

「ねーねートキちゃん、このしるしはどんな意味なのぉ?」

「これはダイヤっていうらしいわ。きらきら光る宝石のことね」

「ん? 助手、このカードとこのカード、ペアができてないか?」

「あっ、本当なのです……オオカミに言われずとも当然気が付いていたのです。われわれはかしこいので」

「……わかっていたけどあえて言わなかったのです。われわれにはふかい考えがあったのです。でも、言われてしまった以上は捨てるのが良いのです、助手」

 後ろに人がいて、声をかける状況。最も肝要なのは、それぞれのフレンズに、時折足を組み替えてもらったり、背後の壁にもたれかかる動きを自然な頻度でしてもらっていることだ。こうすることで、わずかではあるが、音が発生する。後に利いてくるのはここだ。

 だからこそ、初回のプレーヤーには、サーバルを含め、アライのような、サポートが必要なフレンズを多く配置した。そのほうが自然に背後にフレンズを配置できる。そして、これは予想以上の効果をもたらしているとオレは考えている。

 この場にいるかばん以外のフレンズのうち、アライとサーバルを除いた七人まではグルだ。全員でサーバルをこっそり勝たせるための「イカサマ」に踏み切っている。アルパカの『じゃぱりかふぇ』で話し込んでいたとき、あとからトキもやってきて、「面白そうね」と言いながらアルパカと仲間に加わっていた。

 そして、明確な目的を持たないまま、ババを引いたことすら口にしてしまうアライの存在が、いい具合に場を弛緩させているのだ。アライの反応には、かばんもオレたちと一緒になって毎回大笑いしていた。サーバルが先陣を切って宣戦布告してしまったことで、かばんも少しは警戒したかもしれないが、それもアライのおかげで和らげられるというものだ。

(アライ……利用させてもらっている)

「ううー、ツチノコ、ほら、引くのだぁ」

「ん」

 ツチノコはそっと鼻で呼吸した。アライの手札の左端から、『こうざん』の花のにおいがする。引いてみると、ジョーカーだ。一回目はテストなのだから、こうして自分の嗅覚も確かめておかねばならない。

「やったのだ! ババがなくなったのだ!」

「アライさーん、またやってしまったねえ」

 オレは大げさに舌打ちしておく。

 博士と助手がいつものノリでカレーを頼み、『としょかん』の中まで持ち込んできたときには、スパイスの香りで鼻が鈍るかと危惧したが、案外うまくいっていた。フェネックとタイリクオオカミに目配せしたが、彼女らの鼻も大丈夫そうだ。

 そして三つ目は――博士と助手の提示した三つ目の条件がうまく作動するかどうかの、テストである。そして、それは完璧に成功していた。

「上がりね」トキが8のペアを捨てた。「そうね……じゃあ、今度ここにみんなに私の新曲を聞いてほしいわ。それが私のお願いね」

「なるほど。そういうのでいいのですね」助手が次に上がった。「では、サーバルに命令なのです。今度、森の中にあるとされている、『きのこ』という食材を取ってくるのです」

「ええーっ! なにそれ聞いてないよ!」

「聞いているわけがないのです。命令とはそういうものなのです」

 三番目にサーバルが上がり、オレとアライが残った。警戒心を解くために、オレはこのゲームで勝たない予定だったが、アライに負けるのはなにか癪だったので、仕掛けを使って勝った。

 ――左。

 ペアを完成させて上がり。「じゃあ、オマエ結構体力はあるみたいだから、今度遺跡の探索に行かせるぜ」と言っておく。アライは「ええーっ!」と叫んでいたが、正直、遺跡にサーバルを連れていくのと同程度に危険な行為なので、まったく本気で言ってはいない。

(さあ、これで「仕掛け」は完成した――)

 本番は、次のゲームだ。


 次の参加者五人のうち、先ほど参加しなかったかばんとタイリクオオカミ、博士、そしてかばんとサシの勝負を宣言したサーバルの四人まではすぐに確定した。最後の五人目は誰にもなりえたが、アルパカは「なんだか難しそうだし、紅茶飲みながら見てることにするよ~」と言って降り、助手とトキは参加済ということで降りた。アライはやりたがったが、フェネックにたしなめられて見送り、フェネックが参加しても後ろでアライがいろいろと喋ってしまうだろうから、という理由でフェネックも降りた。ということで、消去法でオレが五人目のプレーヤーに収まっている。

 かばんは『としょかん』の吹き抜け部分の真向いの椅子を選んで座っていた。カードを引く順番にも関わるから、ここで席を整理しておくと、次のようになる。

    ↑吹き抜け部分

    博士 サーバル

 ツチノコ   オオカミ

     かばん

    ↓本棚と壁

 この席配置で、右隣の人間からトランプを引いていく。オレはかばんからトランプを引き、博士にトランプを引かせる、ということだ。

 最初のカード配布。これが重要だった。シャッフルののち、フェネックがカードを分配する。40枚+ジョーカー1枚の41枚を分配し、最初にできていたペアを捨てた段階の結果がこうだ。

 かばん  7枚

 ツチノコ 6枚

 博士   4枚

 サーバル 6枚

 オオカミ 4枚

 ツチノコは花のにおいをかいだ。

 花のにおいは右隣――つまり、かばんのトランプから香っている!

 かばんの左から二番目のカード。それがジョーカーの位置だった。あとはこれを避け続けながら、サーバルの手札を減らせば、サーバルの勝ちになる……。

 スターターはかばんだ。かばんはオオカミから1枚引いて、ペアができずにそのまま手札に入れる。

 オレはかばんの右端の札を引いた。仕掛けを使わなかったので偶然だが、ペアができたので捨てる。これで、タイリクオオカミが3枚、かばんがプラマイゼロで7枚、オレが5枚になった。

 ババ抜きは偶数枚ずつ全体から減っていき、その減少の利は引いた人間と引かれた人間のうちで1枚ずつ分配される。今はかばんが札をペアにできなかったので、かばんを素通りして、オレとオオカミが1枚減らすことができた。

「いやあ、なんかドキドキしちゃいますね。最後に誰かにお願いされることが決まってるって思うと、トランプ遊びでも緊張します」

 かばんはそう言いながら、スタンドからカードを抜いて手に持ったり、スタンドに戻したりを手持ち無沙汰に繰り返していた。オレたちが一回目に交し合った手ぬるい約束事ではない、将来をかけた勝負をしていると思えば、緊張するのも当然というものだ。

「ごめんね。かばんちゃん――でも私、本気だから」

「ううん。いいよ。木登りとか、喧嘩とかじゃなくて、こういう対等な勝負を選んでくれたことが嬉しい」

「うん――だって、かばんちゃんのことケガさせたら、いやだもん」

 対等な勝負、という言葉が耳に痛かった。この二人は、その言葉を心から信じているのだ。

 オレたちの仕掛けの眼目はこうだ。なるべくかばんの手札を減らさないまま、オレたちの手札を減らす。とくに、サーバルの札を減らすための有効札を積極的に送り込む。この席順でなら、サーバルが札を引く相手である博士に、サーバルの手札とペアになる札を持たせておくことになる。

 そう、そのための仕掛けが、この「通し」だ――。

 ――右から二番目。

 オレは指示通りのカードをスタンドから取る。オレにとっての有効札じゃなかった。スタンドに刺すと、そのまま博士が自分の手番で引き、サーバルが引いて、ペアを作り場に捨てた。今回の通しでは、サーバルの有効札を回したらしい。

 通し、といっても、サインを互いに送りあっているのではない。ただでさえマークと数字の認識に苦労するオレたちが、その上に、ハンドサインや視線の動きなど、動作とマーク・数字を関連付ける処理を行えるはずがなかった。オレたちが使っている「通し」はもっとシンプルな原理に基づいている。

 なかなか良い流れだった――。もともと残り枚数の少なかった博士が上がり、残りは四人になった。

「先ほど助手の言った『きのこ』で、おいしい料理をつくってもらいます。『きのこそてー』という料理を作るのです」

「作るのです。サーバルととってきた食材で、われわれをまた満足させるのです」

「あはは。それでいいんですか? そういうお願いだったら、別にこんな形じゃなくても聞きますよ」

 かばんはにこやかに笑っていた。自分がどういう状況に置かれているかも気づかず……。

 かばん  5枚  

 ツチノコ 4枚 

 サーバル 4枚 

 オオカミ 2枚 

 順調だ。このままだと二抜けはタイリクオオカミになりそうだが、三人になった後は、オレを通じて調整すればいい。

 ジョーカーのにおいは、いまだにかばんのところから漂っている……。あのあと何度かシャッフルしているためか、今の位置は右端になっていた。かばんも、早くこれがオレの手元に行けと願い続けているだろうが、ババ抜きでババの位置が動かず終わることなどザラにある。ババがいつまでも引かれないことだけで疑いを抱くことはできないだろう。

 その時だった――。

 右肩が四回、激しく叩かれた。

 オレは大きく舌打ちしそうになった。

(ったく、なんだよ。そんなに強く叩く必要ねーじゃねえか。第一、右から四番目を引かせたいなら、左肩を二回叩けばいいだろうに。非効率的ってもんだ)

 しかし、ここで痛みに表情を歪めたり、引く前から不満をあらわにするわけにもいかない。オレは平静を装って指示通りのカードを引いた。

(さて、それでこいつは、オレの有効札なのか? それともサーバルか?)

 そして手の中のカードを見た瞬間、さすがのオレも絶叫しそうになった。

 ジョーカーだった。

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