第6話 きみの力が必要なんだ

 あまりに突然の誘いに俺は驚きを禁じ得ない。


「ほら、お前も知ってるだろ。うちの会社、ビジコンが1年に一回定期的に開催されるんだよ」


 確かに知っている。L社が人材輩出企業と言われる所以がこの新規ビジネスコンテスト、通称New BIT(Business Innovation Team)だ。

 L社はもともと求人情報誌や不動産情報誌などの無料媒体配布、そしてそこに載せる広告出稿料を収益源として成長してきた会社だが、近年はウェブ領域にも進出し、グルメサイトや美容サイト、旅行、ブライダル、ECと数多くの事業を立ち上げ複数の収益の柱を築いてきている。まださして市場認知がされていないものやF/S(フィジビリティスタディ)フェイズのプロジェクトを含めると、ゆうに数十を超えるという。


「基本的に、事業ごとの縦割り制が敷かれていて、横にプロジェクトの情報共有はされないからな。渋谷の本社ビルでは入りきらんから、オフィスの場所も分かれているし。事業責任を任されているとはとはいえ、しょせん一事業部にすぎない俺では、グループ全体で一体いくつの事業ががあるのかはわからん」


「経営企画にいる僕は一応どういったプロジェクトが動いてるかぐらいはわかるけど、それでも経営企画部内でも管理担当者がそれぞれ違うからね、詳細の数値まで知る機会ってなかなかないんだよ。部署ごとで目指すビジョンは分かれてるんだけど、競争しあうカルチャーだし、海外で流行ったサービスなんかは、日本でも成功の確度が高いから皆がやりたいと思ってる。だから、実は全然違う部署で同じような事業を考えてたり、なんてこともザラだったりする。ま、仮にも社員数が数千人超える大企業だからね。ある意味仕方ないよね」


 かつて、新之助とヒロが言っていた言葉を思い出す。そう、あれはまだヒロがL社に転職したばかりの頃だ。新之助は会社の体制に不満そうではあったが、ヒロはある意味割り切っていた。


「大企業病をなくすためには、結局各小規模のビジネスユニットごとに分けて、意思決定の裁量を下に任せて機動性を増すっていうのが最適解なんだよね」


 コンサル時代に、きっと幾つもの組織を見てきたのだろう。そんなことを言っていたのを覚えている。


 ふと気になって、


「ヒロはどうして……」


 俺がそう言いかけたところで、ヒロが唐突に説明を始める。


「あ、なんでビジコンやるかっていうと、うちの会社新たなプロジェクトが生まれるのは、大体3つのパターンがあって」


(お前はどうしてコンサルを辞めたんだ?)


 せき止められた言葉を俺はグッと飲み込む。確か以前に一度聞いたことがあるはずなのだが、思い出せない。もしかしたらあのときも、はぐらさかれた。そんな気がする。そんなことを考える俺を前にヒロは右手の人差し指を一本立て、腕を突き出す。


「1つは役員からのトップダウンだね、海外だったり国内他社がやってて伸びてたりする事業を上からの指示で始める。このときはグループ全社から最適人材が選別されて、プロジェクトチームが組成される」


 中指を一本増やして、続ける。

「で、2つめが既存の事業が、片手間で始めた周辺事業が思ったときよりも上手くいっちゃったとき。これは結構多くて、本業よりも順調に伸びちゃうケースもある。ECの事業部がターゲットを絞って専門サイトを立ち上げたりっていうのがいい例かな。マーケットはニッチだけど、一定の需要は見込めるから」


 今日のヒロはなんだか饒舌だ。というか昔は、こんなに喋るやつではなかった。まるで予め用意されていたプレゼンの台詞のように流暢に言葉が流れる。


「そして、最後の3つめが」


 薬指を立ち上げたところで、新之助がヒロを遮る。ここは俺が説明しようと言わんばかりの武士の風格だ。


「3つめがNew BITだ。参加者は各々ビジネス案を提出し、最終的に役員たちへと直接プレゼンをするチャンスが与えられる。ボトムアップで全く新しい事業を立ち上げる公式な場はこれしかない。3月末に参加チームの応募締め切りがあり、4月末に企画案を提出する。そこから応募数によって、何度か段階を踏み、6月末には最優秀案が決まる。賞金は、チーム一人頭100万円に加え、1000万円超の立ち上げ支援金がチーム全体に支給される。その後、その金を使ってフィジビリティを行う。結果がうまくいけば、さらに追加投資が得られるという仕組みだ。ちなみに、L社社員と一緒でさえあれば、他社の人間も参加できる」


 さすがは新之助だ。俺の知りたいと思っていた情報を端的に伝えてくれた。New BITのことは知っていたが、L社以外の人間までが参加できることは知らなかった。


 新之助が続ける。

「フィジビリティの段階では、そのまま内部で子会社化してL社の事業として続けるか、独立するかが選択できる。独立する場合、オフィス代から何から自分たちで賄うわけだから、支援金だけでは足りなくなる恐れもある。必要に応じて他のベンチャーキャピタルに営業をかけるなりして、資金調達などもしなくてはいけない。もちろん、L社は初期株主として、可能な範囲のサポートはしてくれるが」


 そこまで新之助が言ったところで、俺はようやく気づいた。

「まさか、お前ら……」


 ヒロが新之助と目を合わせ、こちらに一度頷いた。

「そう、僕たちはコンテストで優勝をして、独立したいと思っている。そのためには、ゆきやん、君の力が必要なんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る