第66回反省会

 ――ラジオ番組放送終了後。

 ブース内には弛緩した空気が流れている。

 目の前にいるユミルは先ほどの興奮からようやく落ち着いてきた。

 とはいえ、醜態を晒してしまった自覚なのか、青色の肌はわずかに紅潮して頬が紫混じりの色になっている。

 目にはじわりと涙を浮かべ、息が少し荒い。


「ユミルよ。落ち着いたか?」


「……先ほどは大変お見苦しい様子をお見せして、大変申し訳ありませんでした。マオウ様にもご無礼を働いて……」


「いいのだ。我も配慮が足りなかった」


 放送終了後のラジオブース内部では、我とユミルの他にもディレクターの宵闇の伯爵、構成作家のストーンゴーレムが中に入って椅子に座って我らの様子を見守っていた。ラジオ放送終了後の反省会は毎回行われる。

 あれが良かった、悪かったと言いあう事により、番組の内容をよりよくして次に生かす。そうすることによってこのラジオも更に広まっていくと我は確信している。いずれは裏のみならず、表の世界にも。

  

 それよりも、ユミルの事だ。

 

 彼女がそこまで疲弊しているとは全く知らなかった。いつも隣にいると言うのに。

 逆に近すぎるから気づかなかったのかもしれない。それも言い訳か。

 我はユミルに甘えきっていた。

 ならばこそ、ユミルの働きに報いなければ「大魔王」たりえない。


「今までよく働いてくれた。その働きに免じて、この先三カ月、いや半年ほどはユミルに休暇を取ってもらいたい」


 それを聞いたユミルの表情が一変し、困惑の色を見せる。


「良いのですか、マオウ様」


「良いも何も、今まで身を粉にして働いてくれたのだ。ここで休んでもらわなければ君が潰れてしまうだろう?」


「しかし、代わりの者もいないというのに」


 そう、代わりの者が居ない。ユミルと同じくらい有能な人材が。


「代わりになりそうなものなら、二、三人くらいはアテがございますよマオウ様」


 言葉を発した主の方へ、我とユミルは視線を向ける。

 宵闇の伯爵。伯爵、貴族と言うだけに身を包んでいる装束は如何にも高価そうな宝石や貴金属であしらわれている。


「それは本当か伯爵?」


「マオウ様のお目に適うような人材を見繕いましょう。ちょうど暇を持て余してる若いのが居ますのでな」


「それは助かる。こういう時の伯爵の人脈は有難い」


「何々。マオウ様が困っていると言うのに手助けせんで何が魔族ですか」


「と言いつつ、恩を売っておきたいのだろう?」


「バレましたか」


 伯爵はニヤリと笑った。つられて我も笑う。

 ひとまず秘書問題は何とかなりそうだ。ユミルには来週からその人材に引継ぎをしてもらおう。

 しかし、ユミルがしばらく休暇を取る事によりもう一つの問題が浮上する。


「休んでいる間のラジオの私の代わりはどうしましょうか」


 この場に居る全員が天を仰ぐ。

 ユミルは自分では喋るのが苦手とは言うものの、あれだけ喋れて我、マオウに容赦なくツッコミが出来る人材は他に居ない。長い付き合いがあり、お互いに気心が知れているからこそできる事なのだ。


「……」


 先ほどから岩のように鎮座していたストーンゴーレムが何かを思いついたようで、フリップに文字を書いて我に見せる。


「何々? 伯爵がトーク結構いけるはずだからヘルプとして使ってみたらどうかと?」


 ゴーレムが頷くと、伯爵が苦笑いしながら否定する。


「私は駄目だよ。マオウ様はトーク脱線させる癖があるけど、私はさらにそこから転覆させちゃうからね。この二人でやるとトークにまとまりが全くなくなってしまう。それが悪いとは言わないけど、オープニングトークが延々と続いてそれで終わったら流石に不味いだろう?」


「せめてストーンゴーレム君が喋れれば良かったのだがな」


 ゴーレムは照れるように頭をぽりぽりと掻いている。

 顔の造形を一切作っていないのっぺらぼうなのだが、仕草でも何を考え何を感じているのかわかるものなのだ。


「しかし、マオウ様と対等にトークが出来る人材か……」


「…………」


「…………」


 沈黙がブース内を支配する。

 ふとその時、伯爵が目を見開いて手を打った。


「何か良い案が思いついたのか?」


「ええ。マオウ様と対等にお話ができるお方が一人だけ居るのを思い出しましてね」


「……まさか、あのお方を使うつもりか」


「そのまさかでございます」


 いくらなんでも、それだけは勘弁願いたい。

 

「そうと決まれば早速お願いしに行きましょう。善は急げですよ」


「いやいやちょっと待て。我は御免だぞ、一緒にトークだなんて」


「しかし他におられません。ここは背に腹は代えられませんぞマオウ様」


「もう少し良い案が思い浮かぶまでちょっと待て」


「一体何を話しておるんだお前たち」


 唐突にブースと外を隔てる扉が開き、地獄の底から響き渡る様な声が聞こえた。



 そうして有無を言わせる間もなく、我は「このお方」と数カ月もの間、ラジオをやらなければいけなくなった。今から頭が痛くて仕方がない。

 

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