空から、地から(後)

「はぁ、はぁ……」

「……やっぱりやめといたら?」

「いいえ、そんなわけにはいかないわ!」

 言って、キリンは滴り落ちる汗を拭いました。

 時刻は昼過ぎ。場所は森。時折風が吹いて、汗を乾かしていきます。

「でも、キリンはこういうの、不得意なんでしょ? だいぶ疲れてるみたいだし……」

 樹の枝で休みながら、ナマケモノが言います。

「だからと言って、何もしなければ今日も盗まれるだけよ! ……ていうか、私に付き合う必要ないのよ?」

「……えっと、付き合うっていうか、見てるだけ、だけど」

「寝ててもいいってこと。私は眠らなくても平気だけど、あなたは違うんだから」

「いや~、でも、話し相手がいたほうがいいかと思って。肉体労働は専門外だけどさ」

「そ、そう。まあそういうことなら……」

 キリンは足元の土をいじくります。完成まで、まだまだかかりそうでした。


「罠を張るのよ! 泥棒が見えなくても、罠にかければ問題ないわ!」

 キリンの提案はこうでした。キャプテンがう~ん、と腕を組みます。

「罠って、どんな?」

「えっとえっと……、その。泥棒は鳥のフレンズじゃないんだから……、そう! 落とし穴ね!」

「落とし穴ですか……。それをどこに仕掛けるおつもりです?」

 今度はクロテンが訊ねます。

「昨日クロテンが犯人を見かけた場所よ!」

「う~ん、次も同じ場所を通るとは思えないのですが……」

「うっ……」

 どうやら、そこまでは考えていなかったようです。

「それに、落とし穴みたいな大きい穴を掘れるフレンズは、ここには……」

 キャプテンがそれぞれの顔を見ました。ナマケモノは勿論のこと、キャプテンもクロテンもキリンも、穴を掘るのは得意ではありません。

 ううう、と呻いたキリンは、それでも拳を握り、立ち上がりました。

「いいわ! 私ひとりでもやる!」

「それは大変だと思うけど……」

「そうですよ。それならそれで、誰かほかのフレンズさんに助けを求めれば……」

「けっこうよ!」


 そういうわけで、キリンはひとりで落とし穴を作っているところなのです。ナマケモノが見物している以外、周囲にフレンズの気配はありません。キャプテンとクロテンは、今夜の警備について話し合っている最中でした。

「はあ……、まさかこんなに大変なんて」

「……じゃあやめたらいいのに~」

「いいえ!」

 延々と掘り続け、途中じゃぱりまん休憩を挟み、陽が傾いてくるころ、穴は多少深くなっていました。とはいえ、膝まで程度の深さでしたが。

「これ、間に合わないかも……」

 今頃になって気づいたキリンでしたが、「それなら明日も掘ればいいわ」と切り替えます。ナマケモノは素直に感心して、

「名探偵ってすごいね~」

「ええ、名探偵はすごいのよ」

 本日最後の一堀りと思い、キリンは手を振り下ろします。

 ぼろり。

「――え?」

 突如、穴の底にヒビが入ったかと思うと、ぼろぼろと崩れはじめました。どうやらキリンが掘っていた地面の真下に、大きな空洞があったようです。

「いえ、というか……」

 空洞というより、トンネルでしょうか? キリンが穴の中を覗き込むと、左右に横穴が続いているのがわかりました。フレンズでも、充分通れそうな大きさです。

 呆然とその光景を見ていたナマケモノがつぶやきます。

「……名探偵ってすごいね」

「……え、ええ」


 背の高いキリンには、すこし高さが足りないので、トンネル内を彼女は屈んで進みます。背後にはナマケモノ。

「広すぎじゃないかしら、これ……」

 トンネルは広く、恐ろしく複雑に入り組んでいました。ナマケモノの助言がなければ、あっという間に迷子になっていたことでしょう。

「……う~ん、そこを右かな」

「わかったわ」

 キリンが三叉路を右折します。

 途端、黒い影と鉢合わせしました。

「うわあああああぁぁぁぁぁぁ」

 キリンが叫びます。

「うわああ――ば、ばったんきゅ~!」

 つられて影も叫んだかと思うと、急に倒れてしまいました。

「え⁉ ちょ、ちょっと大丈夫あなた!」

「……どうしたの、キリン?」

 ナマケモノも角を曲がってきて、キリンと、その前に倒れている茶色い毛のフレンズを目撃しました。

「……キリン、これ」

「わ、私じゃないわよ! そりゃあ驚いたけど……」

 慌ててキリンが首を振りますが、ナマケモノは信じません。

「……名探偵だからって、出会いがしらに倒すのはさ~」

「あ、ち、違います! 私が自主的に倒れただけですのでぇ……」

 倒れたはずの彼女が、突然目を開けました。

「うわあああ、起きた!」

「……おぉ。ごめんね、キリン」

 素直にナマケモノが謝罪しました。

「いや、そんなの後でいいから……」


「私、アナグマといいます。……そのぉ、死んだふりをするのが得意でして」

 ニホンアナグマ(ネコ目イタチ科アナグマ属)はそう言って、頭を下げました。気弱な瞳で、ふたりを交互に見つめます。

「私、アミメキリンよ」

「……私はナマケモノ」

「ど、どうも……。あの、それで――」

「ちょっと待った!」

 キリンが片手を挙げて、アナグマの言葉を遮ります。

「率直に言うわ。あなた、野菜泥棒の犯人ね!」

「ひゃ、えっと……」

 びしりと指を突きつけられて、アナグマはひっくり返りそうになりました。

「この名探偵から逃れられると思わないことね! 白状なさい! ……まさか、こんな長いトンネルを使っているとは思わなかったけど」

「そのぉ、あのぉ……」

 怒涛の追及に、アナグマはぷるぷる震えて、なにも言えなくなってしまいました。

「……とりあえず、キャプテンたちの所に連れて行こう?」

 ナマケモノが、キリンの手を引っ張りました。

「そ、それもそうね」


「お、落とし穴を掘っていたら、たまたま見つけたぁ?」

 キャプテンは唖然とした表情を浮かべました。キリンは得意満面の笑みで、アナグマを突き出します。

「ひぇぇ……」

「ええ、そうよ! この子が犯人で間違いないでしょう」

「確かに怪しいけれど……」

 話を聞いていたクロテンが、でも、と指摘します。

「キリンさんによると、彼女――アナグマさんは、長い長いトンネルを使って畑に出入りしていたのですよね?」

「……そうなるわね」

 クロテンの言いたいことがわからず、キリンが首を傾げました。

「だとすれば、昨日私が見た犯人はどうなるのでしょう? 地上を走って逃げていたはずですが……」

「え?」

「ああ、確かに」

 ナマケモノがぽんと手を打ちました。トンネルを使って逃げられるのなら、わざわざ地上に出てくる必要はありません。

「……う~ん、これは冤罪かなあ」

「そ、そんなはず……」

「でも、クロテンの見たのと違うんだよ?」

「……そうだわ! クロテンのは見間違いなのよ! というか……。わかった! クロテンもアナグマの仲間なのね!」

「わ、私が? なにを根拠に――」

 暴走を始めたキリンの推理は、ヒートアップして止まりません。

「そうだわ! 昨日はわざと叫び声を上げて、アナグマが野菜を盗む時間を稼いだのよ!」

 キリンがクロテンを見下ろします。

 しかしそこで、黙っていたキャプテンが口を挟みました。

「だったら、その前の泥棒はどうなるのかしら? 前から監視していたけれど、クロテンが叫んだことなんてなかったわよ?」

「ぐっ……、それは」

 そろそろ間に入ろうか、とナマケモノが口を開こうとして――。

「キャプテンも仲間なら可能ぉー! 三人が一緒に野菜を盗んでいたのよ!」

 勢いに任せて、キリンは三人を順番に指差しました。

 彼女の迫力に、キャプテン、クロテン、アナグマはびっくりして肩を震わせます。アナグマは思わず死んだふりをしそうになりました。

 その様子を見て、さすがにその推理はどうなのか、とナマケモノは思います。

「……キリン、ちょっとそれは――」


「ギブアップ! 降参降参!」

 ふいにキャプテンが両手を上げました。

「え……」

 ナマケモノが困惑する前で、

「なんでわかったんですかぁ……」

「完敗ですわ……」

 アナグマとクロテンも肩を落としました。

「…………」

 ナマケモノは何か言おうとして、

「おめでとう、キリン」

「…………」

 自らの推理が当たったことに驚いて、固まってしまったキリンに、拍手を送りました。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る