終焉機ヴィクティム

梅上

第一章 旅立ち

01 世界の終り 

 花の香りがした。

 その香りに誘われるように徐々に五感が覚醒していく。嗅覚。触覚。味覚を飛ばして聴覚、そして視覚。

 彼が目を開けたら真っ暗闇の中だった。寝起き特有の良く働かない頭で今何時だろうと考えるが明瞭な答えが出ない。これだけ暗いのなら恐らくはまだ深夜なのだろうと適当に検討を付けた。彼の自室のカーテンは薄いので日の出後ならば部屋の中は明るくなっているはずだからだ。

 いつも枕元に置いてある目覚まし時計を見ようと思って彼は手を伸ばす。が、掴めない。小さいうえに軽く、バランスも悪いのでちょっとしたことでどこかに転がって行ってしまう様な代物だ。億劫に感じながらも更に手で探りながら目覚ましを探す。


 一体今は何時だろうかと今一働かない頭で彼は考える。寝ている途中で起きてしまうと妙に眼が冴えて寝付けなくなってしまう。明日何か朝から用事があったら寝坊してしまうかもしれない。何か用事があっただろうか。……考えても思い出せないので彼はそのまま波の様に襲ってくる眠気に身を委ねようとして――。


 そこでようやく彼は現状がおかしい事に気が付いた。

 自分の姿勢である。寝ていたのなら当然だが横になっているはずだ。だが今の彼の姿勢は何かに腰掛けているらしい。ネットでもしながら寝落ちしてしまったのだろうかと思う。だがその場合部屋が真っ暗だと言うのが解せない。明りは当然の様につけっぱなしの筈だ。

 異常事態にようやく彼は寝ぼけ眼だった目をしっかりと開ける。


「どこだ、ここ……?」


 やはり彼はどこかに座っていたらしいと確信を得る。腰の辺りを触ると張りのあるシートの感触が返ってきた。残念な事に自室で使っている椅子はもうくたびれているのでこんな頼もしい感触を返してくれない。ここが自分の知らない場所だ。そう彼が直感するにはそれだけで十分だった。

 更に恐る恐る暗闇の中に手を伸ばすと、彼が思った以上に近く壁に手が付く。反対側もほとんど同じ距離で手が壁に触れた。更に上。立ち上がって軽く背伸びをするとあっさり天井に手が付いた。


 ここは一体どこなのだろう、と未知の場所に対する不安が鎌首をもたげる。

 相当狭い場所だと言うのはこの数秒で良く分かった。それに気づいた途端、彼は嫌な予感が止まらない。まるでこのサイズ。ロッカーか……或いはもっと不吉な想像をするなら棺桶の様。何者かに拉致をされた。最悪の想定が彼の脳裏をよぎる。


「じょ、冗談だろ! 誰かいないのか!」


 恐怖に押されて叫び声を上げるが虚しく暗闇の中に消えていくだけだった。それが更に恐怖感を煽るが大声を出したことで新たに彼が気付いた事がある。

 彼自身の声があまり跳ね返ってこなかったのだ。これが密閉されて狭い空間ならば正面の壁にぶつかって反響するはずである。

 つまり、前方には空間がある。


 真っ暗闇の中で彼は手探りしながら身体を前に倒す。大体腰のあたりまでは仕切りの様な何かあるのだが、そこから上は何も無い様だ。徐々に前のめりになりながら何かに触れないかと更に手を伸ばす。それでも触れる物は無く限界まで腕を伸ばしたところで彼は大きくバランスを崩した。


「うお!」


 彼の身体を支えていた左手が滑る。そのまま支えを失った彼は驚きの声をあげながら未知の空間……仕切りの向こう側に転げ落ちる。鼻から突っ込んだのは先ほどまで触れていた頼もしいシートの感触。どうやら、前後で高さの違う座席があったようだと痛みの中で気付かされた。


「痛い……」


 片手で鼻を押さえながら空いている手で前を探る。今度はあっさりと壁に手が付いた。……思ったよりも広いが結局密閉空間という事が確定してしまったことに彼は失意の息を吐く。


「本当にどこなんだよ。ここ」


 僅かでも光があるのならこの暗闇に順応して少しは見えるようになってもおかしくは無い。だが未だに真っ暗闇という事はここには本当に光源になる物が一つも無いと言う事である。

 どうしてそんな場所に自分がいるのか、彼にはさっぱり分からない。寝る前に何をしていたか思い出そうと首を捻る。


 柏木誠(かしわぎまこと)という少年の一日はそう特筆すべきことは無い。

 朝起きて、学校に行き、放課後は友達と遊び、夜には家で適当に過ごして寝る。それだけだ。

 記憶にある中で特筆すべき点を挙げるのならば流星群が近づいていると言う話題が出て、最接近の日に友人と見に行こうと企画をした事位だろうか。

 他には何か無いかと記憶を探り――


『おやすみ』


 誰かにそう言われたことを思い出した。家族と暮らしていればそんな挨拶を交わすことはいくらでもある。なのに何故、それがそんなにも気になったのかそれは彼自身にも分からない。


 兎も角、普通に布団に入り寝たはずである。間違ってもこんな密閉空間に入って行った記憶は無い。そもそもが自宅にこんなサイズの部屋は存在しない。

 そうなると彼が寝ている間に移動させられたという事になる。そうなると心当たりが無い訳ではない。彼の実家は所謂その土地の地主という存在だ。曾祖父の代からその土地に移り住んできた家だが、その曾祖父が商才に溢れていたのだろう。瞬く間に財を作り上げ、街を囲む山の一角を所有しそれなりに大きな屋敷も構えている。

 なので身代金目当てで誘拐される可能性は否定できない。とは言えそれだけ家が大きいとセキュリティもしっかりとしている。登下校中に拉致られるならまだしも侵入してこんな高校生の身体抱えていくと言うのは難しい。そんな事をする位ならその辺の壺を盗んだ方が遥かに楽でリスクも低い。


 もう一度彼は首を捻ってどうして自分がここにいるのか。そんな若干哲学的にも思える事考えていたところで――。


《充填完了。システム再起動》


 彼が立てる音以外に存在しない空間に機械的な男性の音声が響いた。その声に誠は飛び上がるほどに驚いた。何も見えないのに周囲を見渡して恐怖心を誤魔化しながら誰何の声をあげる。


「誰だ!?」

《サブドライバーの覚醒を確認。メインドライバーの不在を確認。メインコントロールをサブドライバーに移行。承認を》

「は? え。何?」


 矢継ぎ早に告げられた内容は誠の頭には染み込んでいかない。耳慣れぬ言葉を並び立てられてもそれは最早外国語か呪文にしか思えない。ただ最後に承認を求めらていたことだけは辛うじてわかったが、何も分からない状態で頷くわけには行かない。兎も角、こちらが怯えていることを悟られないように努めて高圧的な言葉遣いを行う。散々両親から叩き込まれている事だ。交渉事で弱気になったら負け。常に強気で居るべしと。果たしてそれが誘拐にも適用されるのかどうか誠も疑問を抱いたが、今はそれしか縋る物が無い。


「おい、お前誰だよ」

《承認を》

「ここどこなんだ?」

《承認を》

「どうやって連れてきたんだ」

《承認を》

「………………」

《承認を》


 全く会話にならなかった。というかそもそもこの声の主とは対話が可能なのだろうかという一抹の不安が彼の頭をよぎる。とは言え、黙っていても一定間隔で承認を促される。どうやらそうしない事には話が先に進まないらしい。一体どうするべきかと少しだけ考え込む。


 ここで承認しないメリットは現状を維持できることだ。それがメリットと言えるのかどうかは拉致監禁状態であるので微妙だが、少なくとも悪化はしない。

 承認した際のメリットは全くの逆。少なくとも現状は変えられる。その結果悪化する可能性も十二分に考えられるのだが。


 黙考の末、誠は承認する方向で考えを固めた。現状を維持しても打開策が見つかりそうにないと言う非常にシンプルな理由からだ。白紙の契約書にサインをするような恐怖があるが、それを堪えてはっきりと声に出す。


「分かった、承認する」

《登録情報の変更を承認。メインドライバーの搭乗を確認。サブドライバーの不在を確認。メインシステム起動》


 その言葉と同時に光源の一つも無かった空間が光に包まれる。暗闇に慣れ切っていた誠の眼はその眩しさに耐えきれず目を硬く閉じる。何か変化が起きるとは身構えていたがつい咄嗟に文句を言ってしまった。


「頼むから何かするなら事前に言ってくれ!」

《了解。事前通知を行います》


 思わず出た文句だったが声の主は思いのほか素直に従った。その事に意外さを感じながら明かりに順応してきた目を開く。視界に飛び込んできたのは俄かには信じがたい光景だった。

 正面はディスプレイなのだろうか。今は何も映っていないが歪曲したパネルが広がっている。それよりも自分に近い位置にはいくつもの数字が動いている計器や小さなディスプレイ。そして極めつけは足元と、手元に出現したペダルと操縦桿だ。一番近いのは昔写真で見た事のある戦闘機のコクピットだ。しかし配置的に航空機の物ではない。まるでアニメーションの世界のロボットのコクピットである。

 首を曲げて後ろの席も見ると同じような光景が広がっていた。複座型のコクピットの様だった。

 ますます訳が分からない。そんなコクピットに監禁されている理由が全く分からない。

 更に誠は自分の服装を見る。これまたアニメーションで来ているようなぴっちりとしたスーツだ。触ってみるとゴムの様な感触が返ってくる。


「ここどこだよ」


 まさか情報が増えて余計に分からなくなるというのは予想していなかった。何かしらの手掛かりが得られればと思っていたが、手掛かりがあってもそれらを結びつけることが出来ない。


《現在位置の検索を開始します》


 そう言う意味で行ったのではないのだが確かに気にはなる。この声が正しい事を言っている確証はないが、少なくとも何も知らないよりはマシな結果が出るだろう。どの様な形式であれ現在位置が分かればまだ推測が出来ると言う物だ。


《検索中……GPS情報の所得に失敗。光学観測による位置推定……失敗。現在位置情報は消失しています》

「役に立たねえ……」


 大仰な言い方をしているが結論はどこにいるのか分からないと言う物だ。状況の打開を求めていた誠からすれば役立たずと言わざるを得ないだろう。そもそもそれ以前に。


「お前は一体なんなんだ?」

《当機はヴィクティム。対クイーンASID戦の為に建造された特殊型EAOFです》


 困った、またよく分からない単語が並べられた。全く持ってこの声の主は不親切であると言わざるを得ないだろう。話す側が知っていることを聞く側も当然の様に知っていると思い込んでいる。誠は悪態を吐きながらも考えを巡らせる。兎も角良く分からない目的は置いておいて、着目すべきはここだろう。


「当機、ってことはお前はこのコクピット……? で動かせる機体そのものって事か?」

《肯定》

「つまり、機械? 人工知能?」

《広義ではそれに該当します》

「マジっすか」


 誠としてはてっきりどこかで誰かがこちらをみて通話なりをしていると思っていたのでこの返答は予想外だった。なるほど確かに。機械ならばこの融通の利かなさも納得できる。だがそれ以上に人間と対話が成立するような人工知能が完成しているなんて話を誠は一度たりとも聞いたことが無かった。

 そして人工物である以上それを作った人間がいる。そう、彼はもっと早くにこの質問をするべきだった。


「誰か他に人はいないのか?」

《周辺スキャンを開始します》


 違う、そう言う意味じゃない、やっぱり融通が利かない、と誠は心の中で一通り悪態を吐く。とは言え、誠にとっても有用な調査である。誠自身以外にどれだけこの良く分からない場所にいるのか。同じ境遇なら多少の安心感を、この状態に突き落とした相手ならばそこからの打開の可能性が得られる。尤もこの機体もそちら側と考えるとそう上手く事が運ぶと楽観は出来ない。


《測定完了。生体反応2。距離6000。方位三時方向。仰角八度》


 人が見つかったのかと誠が意外に思うよりも早く、ヴィクティムを名乗る機体は報告を続けた。


《敵性反応4。距離6100。方位三時方向。仰角八度。生体反応を追跡中。敵性集団Aと呼称》

「敵性反応?」


 不穏な単語だ。そして日常では耳にすることのない単語だ。社会の中で生活していれば不仲な相手の一人や二人はいるだろうが、敵と断ぜられる程の相手はそうはいない。この異質な状況と相まってその単語は思った以上に誠の身体を冷えさせる。

 オウム返しに尋ねた誠の言葉に律儀に対応してヴィクティムは言葉を続けた。


《ASIDです。更に敵性反応9追加。敵性集団Aの後方距離500を追尾中。敵性集団Bと呼称》


 ASID。その単語を聞いた時に自分の内に生じた感覚を誠はどう形容していいのか分からなかった。自分にとってもあまりに突然。腹の底から湧き上がってくるようなその感覚は怒り、と呼ぶに相応しい物だった。

 自分の突然の感情変化に彼は怒りながらも困惑する。何故自分はこんなにも怒っているのだろうかと。困惑している間にもヴィクティムの報告は淡々と続いて行く。


《生体反応1消失。残り1は継続して逃走中。残り七分で上部を通過します》


 端的な解答と、その報告に背筋に氷を突っ込まれたかのような悪寒を感じた。消失という単語から良い結果を連想するのは誰であっても難しい。怒りと等量の不安を感じながら誠は問いかけた。


「消失って……」

《状況から死亡したと推測されます》


 死亡。これは良く聞く言葉だ。だがそれが現実の物として身近に感じられる人は少ないだろう。彼自身だってそうだ。フィクションで良く聞いて、ニュースでも良く聞いて。だが実際に目の当たりにすることは殆どない。

 無論、今の言葉がそれほど身近かというとそうでもない。近所で起こった事故のニュースを聞いた。その程度の物だ。だがその事故が現在進行形で続いて近づいてきているとなると話は別だ。


「も、もう一人は大丈夫なのか!?」

《否定。現状を維持した場合、最長で十七分後に後方集団に追いつかれると予想。その場合の結果は同じく死亡と推測》

「ここにいれば俺は大丈夫なのか……?」

《肯定。当施設の隠蔽度は万全。現在接近中の敵性集団に探知される可能性は皆無です》


 それを聞いて誠は少しだけ落ち着きを取り戻す。現金な物で自分が安全だと分かるとどんな危険も対岸の火事だ。大変そうだな、何か出来る事は無いかなと無責任なやじ馬でいられる。そして落ち着いた事で先ほどまでに聞いた言葉の一つを思い出す。それが誠にとって重要な事であるかのように。


「なあ……ヴィクティム、でいいのか?」

《肯定》

「さっき何のために建造されたって言ってたっけ」

《当機は対クイーンASID戦の為に建造されました》

「そのくいーんあしっどって言うのは今上にいるあしっど、って奴よりも強いのか?」


 何を質問しているのだろうと言う気持ちが彼自身の中にもある。まだ実感はわかないが、上には危険が迫っていてここは安全。ならば上で逃げている人には悪いが引きこもるのが上策だ。知り合いならば何とかしたいとは思うだろう。友人ならば多少の危険も顧みない。家族ならば身を挺してでも助けるつもりだ。だが顔も名前も知らない縁もゆかりもない赤の他人の運命など誠は知った事ではない。


《否定。クイーンASIDは全てのASIDの頂点に立つ存在。通常のASIDと比較した場合戦力比は一対千にも及びます》

「お前はその凄く強いクイーンあしっどって言うのと戦うために作られたんだ。だったらそいつとは互角に戦えるんだよな?」

《否定。互角ではありません。当機が十全に性能を発揮すれば圧倒できるとの計算が出ています》

「だったら、その通常のあしっどって奴なら千体居たって大丈夫だよな?」

《肯定。ドライバーが望むのでしたらその倍でも殲滅して見せましょう》


 引きこもるのが上策。だと言うのに何故こんなにもやる気に満ちているのだろうと彼は自分の心理に疑問を覚える。決してこの様に赤の他人を助けるために奮起するような性格ではなかったはずだ。人助けを趣味にするようなマゾヒストでは無かったはずなのだ。だと言うのに彼の口は最初からそう決まっていたかのように滑らかに言葉を発する。


「ヴィクティム。俺は今逃げている奴を助けたい。力を貸してくれるか?」

《イエス、マイドライバー。貴方の命があるのなら当機ヴィクティムは貴方の剣です。貴方を守る盾です。貴方の可能性を運ぶ翼です。如何なる命令にも答えて見せましょう》


 操縦桿を握りしめる。それに呼応するように正面のディスプレイに明かりが灯る。


《起動シークエンス実行中。機体コンディショングリーン。サブドライバー不在。RERは最低出力で駆動中。使用可能兵装に制限がかかります。セーフティ解除。ヴィクティム戦闘モードで起動》


 その言葉の合間合間でディスプレイの表示はめまぐるしく変わっていく。そのほとんどは始めてみる物だが――不思議と内容が理解できた。ふと気になって尋ねてみる。


「なあ、もしかしてお前って搭乗者に使い方を教え込ませるような機能付いてる?」

《肯定。操縦に必要な知識をドライバーの脳に転写するインストーラーが搭載されています》

「納得」


 誠はヴィクティムの解答で今自分がヴィクティムについての知識を持っている事を納得した。意識すれば動かし方も分かる。何よりこの機体がどんな形をしているのかも。


「……人型ロボットとは流石に想定してなかった」


 カメラ越しに見える純白の装甲はまるで物語の主人公機の様だと誠は感想を抱いた。現実的に考えるとナンセンスな形状だが、人型には男のロマンが詰まっている。そう思うと気分が少し高揚してくる。


 とは言え、巨大人型ロボット何て言うのは現代科学では作ることが出来ない代物だ。完全に常識から外れた超未来、或いは異世界の産物である。そんな思考がふと頭を過ぎり荒唐無稽なその考えが誠には妙にしっくりと来た。


 そもそも、ASIDとかいう敵が存在すること自体が現代日本――否、地球である事がおかしいのだ。そんな人を集団で襲う様な獣なのか分からないが、そんな物がいたらあっという間にニュースでお茶の間を賑わせている。

 だとしたらそれがいるのが当たり前の世界。こんな人型ロボットがあるのが当たり前の世界。それは異世界。論理の飛躍にも程があるが、彼にはその考えはそう的外れではないという気がした。


 そうでなければ夢だろう。荒唐無稽な、眠りについている誠が見ている夢。むしろそっちの方が可能性としては高いとさえ誠は思う。だがそうだと思って行動して、夢でなかった時の事を考えると怖いのでここは現実だと考えておくことに誠は決めた。


《エレベーター起動。上昇開始。偽装ハッチ解放――エラー。ハッチ外縁部に堆積物を確認。物理的に排除するのが妥当と判断》


 上部のハッチは既に解放されている。だがその上に積もった土が道を塞いでいる。どうすればいいのかと誠は一瞬考え込むがすぐに結論は出た。というよりもヴィクティムが既に示していた。


「打ち抜け!」


 小さく口元を吊り上げて、操縦桿を通じてヴィクティムを操る。狙うは頭上。そこに飛び上がりながら拳を叩きつけた。


 まるで薄紙を貫くが如き容易さで積もった土を貫通し、一気に地上に飛び出る。目の前には二十メートル近い人型をした何かと、一面に広がる灰色の大地。そして霧の様な物で覆われた赤い空。


 茶色い土など一つまみも存在しない。

 青い空何てどこにもない。


「何なんだ」


 己の中の常識を打ち壊す光景を見せつけられて彼は大きく動揺する。異世界、夢。そんな風に予防線を張っていてもこんな有り得ない光景を見て無心で居られる程彼は強くなかった。


「どこなんだよ、ここは!」


 己が知る世界とは全く別の光景を見せつけられて、彼は叫んだ。

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