第29話

「見て!クショババー!」

 英ちゃんが両手に筒の花火を持って大きく、ぐるぐるとふり回す。英ちゃんの両側に緑色の光る円が描かれた。花火独特の鼻をつくにおいがあたりに立ち込める。そして英ちゃんはそのままそこらじゅうを走り回った。僕もカッコもそれを見てマネをし、やたらめったら花火をふり回した。

 「アチチ!」

 火の粉が時々飛んできたけれど、花火のつくる光の線はとても幻想的だった。生きているネオンサインみたいな気がした。そうして僕らはしばらくいろんな形に花火をふり回して空中に絵を描いたんだ。

 ただ、そのときちょっとした事件があった。

 カッコがあの小さな神社のそばまで走っていき、そこで花火を振り回し始めたんだ。するとそれを見たサオリは顔色を変えてカッコのところまで走っていき、その手から乱暴に花火を奪って屋上の外へと放り投げた。

 僕と英ちゃんは突然のことに驚いてじっと成り行きを見ていた。暗さと、静けさだけが僕らを包み込んでいた。

 「ダメ!こんな近くで花火をやったら!」

 目をつり上げてきびしく言ったサオリの様子に、カッコはワケがわからないまま

 「ゴ、ゴメンヨ・・・」

 と言ってしゅんとなってしまった。

 サオリはそれを聞いてハッとした様子で表情をゆるめた。

 「あ・・・いきなりごめん・・・でも、これだけは覚えておいて。この神社になにかあったら大変なことになるわ。さ、向こうへ行ってまたやりましょ。」

 サオリは優しくカッコに言った。サオリのあとに続いて、カッコはとぼとぼとこちらへ戻ってきた。

 暗くて顔はよく見えなかったが、たぶんカッコは泣き出す寸前だったはずだ。でも、カッコとしてはさすがに女の子に泣かされるのは決まりが悪いのか、必死にこらえていたようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る