2話 不思議な少女


 その病室には黒城少尉とこわもての刑事さん、そしてハクトを含む五人の若い隊員が少女が横になっているベッドを取り囲むように立っていた。全員、その少女の顔を見つめ、静まり返っている。

 ガサッ。

 静かな部屋に布と布が擦れあう音が聞こえた。そして、少女は目を擦りながらムクリと起き上がった。

「おはよう。驚いたかもしれないが、ここは病室だ。安心したまえ」

 刑事さんが笑いながら言った。こわもてな顔に似合わず、柔らかい笑顔だ。

 一方少女は突然のことに驚いているのか、無関心なんだか知らないが、刑事の方を無表情で見つめている。

「俺はこう見えても国際認定の刑事だ。君には少し訊きたいことがあってね」

 刑事さんはもっとも刑事さんらしく、警察手帳を少女の前に示した。少女は無表情のまま、刑事の顔と警察手帳を変わりばんこに見ている。

「まず、君はどこであの化け物にさらわれたんだ?家の近くか?」

 少女は首を横に振る。そして、呆れたような顔で刑事を見下す。

「別にさらわれてなんかない」

 思わぬ返答に刑事は少し唸った。

「さらわれたんじゃないとすると、いたずらで忍び込んだのか?」

「それも違う」

 少女はもう一度、ゆっくり首を横に振った。そして深呼吸ともため息とも分からぬ呼吸をすると、挑発的な視線を刑事さんに向けた。

「自ら乗り込んだんだ。この星を破滅に追い込むためにね」

 少女のその言葉にはとても重い何かが乗っていた。その何かが部屋全体を包み込み、部屋は静寂に包まれる。

「ははははっ」

 急に刑事さんは腹を抱えて笑い出した。少尉が刑事さんを睨みつけたが刑事さんは尚もひいひい言いながら笑う。

「君が宇宙から来た侵略者かい?これまたずいぶん可愛い侵略者だ」

 少女は身長から見て中学二年生や三年生かそこらだ。見た目も普通の人間だし、普通に考えれば宇宙人とは考えにくい。

 刑事さんが笑い転げているが、少女はその様子に慌てるでもなく、冷ややかな視線を浴びせていた。

「そう思ってもらっても結構。むざむざ殺人鬼を町に放つことになるがな」

 少女は脅迫するようなゆっくりした声で、しかし抑揚のない声で言った。これには刑事さんも黙った。

 すると、少尉が一歩前に出た。

「じゃあ、君が宇宙人だということを証明できるか?」

 少尉はにやりと笑った。宇宙人だと証明できなければただの地球人として捜査するつもりなのだろう。

 すると少女は首を縦に振るでもなく、横に振るでもなく口を開いた。

「誰か鉄を持っているものはいるか?純鉄製のものを」

 少尉がハクト含む若い隊員に目配せした。すると、ハクトの隣にいたものがポケットからはさみを取り出す。

「刃の部分が純鉄製です」

 彼ははさみを少女に渡すとすごすごと元いた場所へ戻ってきた。

 少女は腰にかかっているポシェットのようなものからはんだごてのような銀色の機械を取り出し、その場にいる者たちに見せた。

「これは簡易核融合器と言って、私たちの星ではポピュラーな実験用具だ」

 少尉は目を細めて熱心に見ているが、なんら地球のものと変わらないようにしか見えない。

「これは地球にはない物質を組み合わせたもので、金属に放射能を放出させること無く核融合させることで別の物質に変えることが出来る装置だ」

 そこにいる全ての者がじっとその機械を見つめる。

 少女はその機械の横のスイッチのようなものを押すと鉄で出来たはさみに当てる。すると、なんと鉄はどろどろになって溶け出し、テーブルの上に落ちて固まってしまった。

「な、なんだこれは。鉄が溶けてるぞ」

 多くのものがざわざわとするなか、少尉はずっとその溶け出した物体を睨んでいる。

「次に、誰か火種を持っている者はいるか?」

 またしても少尉が目配せをし、さっきとは別の隊員がライターを渡す。

 ライターを受け取った少女はライターの火を溶け出した物体へ近づけた。

 キイイイイイイイーンッ。

 耳鳴りの目茶苦茶酷い時の数十倍のような音が鼓膜を叩く。鼓膜が破れそうになり、皆耳を押さえる。キーンという音は次第に小さくなり、最終的に無くなった。

「何なんだ今のは」

 刑事さんがまだ痛みの残る耳を押さえながら言った。ハクト達若い隊員も耳を押さえて悶絶する。

 一方の少女の方は勝ち誇ったように澄ましている。

「さっきは鉄に核融合して、液体状のノームロノテンという物質に変えたのだ。ノームロノテンは熱を加えると音を伴って酸素と化合する。この反応は発音反応という。そして、このできた茶色い物質は三酸化ノームロノテンだ」

 少女は反応が終わった茶色い塊を手に取るとポシェットのようなものに突っ込んだ。

 驚きによる静寂を壊したのは少尉が少女に銃を向ける音だった。全員が少尉の顔を恐る恐る見る。

「これで貴様が東京を襲った殺人鬼だということが分かったわけだ。ここで処刑したって誰も文句言うまい」

 少尉は不気味なにやけ顔を浮かべながら銃に弾を充填する。その場にいる誰もが目を瞑った。しかし、ハクトは銃口と少女の間に立ち、腕を広げた。

「何だ貴様」

 少尉は不快感を顔いっぱいに出す。ハクトは広げた腕に力を入れる。

「僕は国軍臨時軍隊員、臼田ハクトです。こんな小さな、か弱い女の子を殺すなんて間違っています」

 少尉はハクトの話を聞いて、鋭い目線をハクトに浴びせていた。下手をすれば今にもハクトの胸板に銃弾を打ち込むのではないかというくらい、少尉はハクトを睨んでいた。

「そこの若いの」

 ハクトは後ろからの声にビクッと肩を震わせて振り返る。

「別に助けなど要らない。下がれ」

 少女は最初から変わらず無表情で落ち着いている。今などおどけて手を横に振ってどけと合図をしている。

 本人に断られて、ハクトは肩を落として元の場所へ戻る。

 殺されるのが怖くないのか?本当にこどもなのか?

 少女の冷涼な態度にハクトの頭にも少しずつ疑問が渦巻いてきた。

「自分から殺されることを選ぶとは子供の癖して度胸があるじゃないか」

 少尉は再び不気味なにやけ顔を浮かべる。

「殺すなら殺しても良い。ただ、私を殺すのは惜しいとは思わないのか?」

「何?」

 少尉はまた険しい顔になって少女を睨みつける。少女は少女で少尉に挑戦的な態度をとっている。

「さっき見せたように地球と私達の星では科学の進み具合が違いすぎる。このままだとむこうが本気になれば地球は一日にして滅ぶぞ」

「それとお前を殺すのが惜しいということと何の関係がある」

 少尉は口をヘの字に曲げて吐き捨てるように話している。

「私はこれでもむこうの星の科学者だ。むこうの進んだ科学を全て理解している。そしてこの陽子化合器も持っている。これがあるだけで地球の分子を千個ほど増やすことが出来る」

「ならその機械だけ渡せ」

 少尉が手を差し出すと少女は少尉を見下してクスクスと笑った。

「千個もの組み合わせを地球の乏しい科学力で一つ一つ確かめていくのか?明日攻められるやもしれないのに吞気なものだな。私ならそれも全て把握している。思い通りの物質を作り出すのも可能だ」

 少尉は暫く窓の外を眺めていたが、振り返って銃をしまった。

「では貴様は我々の味方をするというのか」

 少女はまたも不敵な笑みを浮かべる。

「味方するのではない。私は研究をしたいだけなのだ。これでも私は科学者だからな。研究が出来るなら自分の星だって地球だって関係ない」

 少尉は豪快に「わっはっは」と大笑いすると無線を手に取った。

「いいだろう。上部に掛け合ってやる。俺が責任を取る」

 少女はそれを聞くと満足そうに頷くとさっきまでの挑戦的な態度が嘘だったようにかわいらしい欠伸をした。

「連絡する前に一ついいか?」

 少尉は無線の電源をつけようとしていたが、その手を止めた。

「研究をするにあたって二つ条件がある」

「条件だあ?普通逆の立場だろ」

 少尉は頭をがりがり掻く。が、少尉の顔から読み取るに少女に対する敵対意識は和らいでいるようだ。

「確かに提案したのはこちらだが、今不利な状況にあるのはそっちだ。こちらが条件を出したって良かろう」

 少尉は「はあ」とため息をつくと顎を出して話を進めるよう促した。

「まず一つ、ここの研究室を一部屋と最低限の生活が出来る空間、キッチンとかベッドとかだな。それを用意すること。入り口は見張っていてもらって構わん。もう一つは...」

 少女はそう言うと、指をゆっくりとハクトの方へ向けた。

「この若いのを助手に付けたい」

「え、僕っっっっ?」

 ハクトは突然のことで素っ頓狂な声を上げた。少尉はそんなハクトを睨みつけ、目を逸らしてため息をついた。

「別にこんな若造ならいくらでもやる。研究室等の件は今から掛け合う」

 そう言うと少尉は無線機を片手に廊下へ出て行った。隊員たちは緊張の糸が切れ、安堵のため息をついている。

 少女もまた大きな欠伸をすると枕に顔を埋めた。

 話し合いは難航したと見えて、少尉は40分くらいしてようやく戻ってきた。

 少女が眠そうな顔を上げる。

「どうであった」

「うむ。上部も納得して大幅許可を下さった。実験室も確保してある。その部屋には台所も風呂もベッドも揃っている。これで文句ないだろう。ただ、もう一つだけ聞かなければいけないことがある」

 少尉の話を聞いてベッドから降りようとしていた少女がピクッと顔を引きつらせ少尉の方を見る。

「なんだ」

「名前を教えてくれ。名前が分からないんじゃ許可の出しようがないそうだ」

 少尉の言葉に気が抜けたのか少女は吹き出すようにフッと笑うと靴を履いて立ち上がった。

「エルエール=バルルードだ。バルルードが名字だ」

 少尉は満足そうに頷くとハクトの肩を思いっきり叩いた。またも突然のことにハクトは悲鳴を上げそうになったが喉まで出かかったところで堪えた。

「お前、助手に任命されたんだ。しっかりやれよ。場所は第三実験室だ。案内してやれ」

 少尉はそれだけ言うとがつがつと音を立てながらその蟹股の足で大またで廊下へ歩いて行ってしまった。

「それでは行くか」

 少女、エルエールはいつの間にかハクトの隣に立っていて大欠伸をしていた。白いブラウスに薄く水色がかったレースがついたズボン。そのパジャマのような服装からはどうにも科学者には見えない。

「ほれ、何ぐずぐずしている。行くぞ」

 エルエールは廊下まで歩いたところでハクトの方を振り返った。

「は、はい」

 ハクトは相手が子供だというのになぜか敬語で返事をし、エルエールの隣に並んだ。

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