2013年4月某日消印 峠正茂からの手紙

お久しぶりです。入院されていたと書かれていましたが大丈夫ですか?

私も母親を同じ病気で亡くしているので心配になり筆を取りました。


私の体の事も気遣ってくださりありがとうございます。


手紙にありました「井上友里恵はどんな人間だったのか」との質問ですが、今は答えられません。


お手紙に書かれていた通りです。私は汚したくないのです。私が彼女の未来を奪ってしまったのです。多くの方の思い出の中に井上友里恵がいるでしょう。私が何か話すことで多くの方の井上友里恵を汚してしまいます。


私の中で井上友里恵はどんどん大きくなってきています。毎日夢の中で井上友里恵を刺してしまった感覚が蘇ります。


作業に没頭している時、同じ房の人と話している時は思考の端に追いやる事はできますが、忘れることはできません。眠ると一段と大きくなった井上友里恵が私の夢の中、頭の中、心の隅々まで広がり目が覚めてしまいます。


多くの人の大切な存在を殺してしまった私にはもう何もできません。


ここから出た時の事を考えてしまいます。私の中で井上友里恵は大きくなり続けるでしょう。ここから出た時、それがどうなっているのか、それが不安です。


多くの人の頭の中にある井上友里恵も大きくなり続けるでしょう。それは永遠に続くのではないでしょうか。


いなくなったからこそ、確かになる存在があるという事を強く感じています。


お体には気を付けて。お手紙ありがとうございました。


~メモ~

井上友里恵は閉じ込められた塀の向こうで大きくなり、開放された塀の外では霧散しようとしている。


あの3人だけじゃだめだと思い取材対象も広げた。事件は覚えているが、井上友里恵の事はどんどん忘れられていく。


井上友里恵の墓はまだない。骨もあのキチガイが捨てた。


名前だけが残り、闇に溶けて、薄れていく。


もうこのままで良いのではないか。


私の中の何かがそう言うが、私の中の大部分はそれを受け入れられない。

あと少しだけ、あと少しだけ探してみるつもりだ。

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