第8話 パリパリする子猫

 詠唱は魔法ではなく魔力の直接操作の部分でも効果があった。

 なかなか出来なかった魔力圧縮も、詠唱すれば可能となったわけだから、詠唱の大切さを身をもって知ったと言える。

 これから練習を積めばコツも掴んで、無詠唱でも出来るようになる筈だが、魔法を使う場合で初挑戦の魔法には詠唱から考えるのもありかな。


 詠唱の大切さとは別に、新たな発見もあった。

 俺の適性属性である。

 原色の深い青色。

 単色はそれ以外の属性には適性が無いということだ。

 俺がこの先使えるようになる魔法は水属性と、それを派生させた氷属性や霧属性だけ。

 炎や雷も使ってみたかったが単色だと分かってしまった以上、水属性を極める方向で特訓だな。


 水属性のみといえば、この適性属性は髪の色と何らかの関係があるのだろうか?

 つい最近まで視界の上にチラチラと見える自分の髪の色は黒だと思っていたのだが、髪が伸びてきてよくよく見ると濃い青色であったことがわかった。

 群青色、と言うべきかな。

 マリーカさんは薄緑色の髪で、適性属性は『風』と『光』。

 サンプルが2人だけなので決めつけるのは良くないな。


 髪の色に気付かなかった原因として今更だが家には鏡がない。

 自分の外見も俺は見たことがないのだ。

『彼女』に相応しい容姿であって欲しいと願うばかりである。


 容姿のことは置いといて、俺の適性は水一択だったが、一般的な適性数は1〜2属性だ。マリーカさんもそれに当たる。

 3〜4属性あれば才能ありで、優秀な魔法師と言える。

 5属性、そして6属性持ちはほぼ国お抱えの魔法師となる。


 適性属性は先天的なもので、未だその原理は解明されていないらしい。

 生まれつき魔法の優劣が決まっている的な内容が気に食わなかったのでマリーカさんに意見したところ、予想斜め上のアクティブな返答が返ってきたこともあった。


『生まれつき優劣が決まっているなんて誰が言い出したのでしょうね?属性の種類が多く使えることと魔法を上手く扱えること、これを同じと考えている人がなんと多いことか……。私は子供の頃、3・4属性持ちにバカにされたりしていましたから、見返してやりたくて魔法研究に打ち込んでいたら、いつの間にか『魔道師』などと呼ばれるようになっていまして……それを知った私をバカにしていた人達の顔といったら、それはそれは傑作でした……。うふふ、私はこれを見るために魔法を極めてきたんだと確信しましたね』


 ……この頃、時々見せてもらっていたマリーカさんの魔力圧縮での発光色に黒が混じっているように感じたのは気のせいだろうか?


 ともかく、一属性だけでも持っていれば魔法は使えるのだ。

 他の属性が使えないのなら、一属性だけを極めればいい。

 それに5・6属性持っていても器用貧乏になる気しかしないから、ある意味俺に合った数だと思う。


 まずは魔力圧縮に成功したことと適性属性が『水』であったことをマリーカさんに報告しよう。

 俺は上機嫌に森を駆け下りた。






 木々の間をすり抜けテケテケと走る。

 もう何度も行き来した道だから、地形や木の距離感なども覚えてしまっていた。

 俺にとっては既に庭と呼んでもいいと思っている。

 そんな森の中、もう少しで森が開けるという所で聞き慣れた鳥達の声とは別の幼い鳴き声が聞こえてきた。


「み〜……」


 今にも消えてしまいそうな弱々しい鳴き声。

 気にせず通り過ぎることも出来るが、そこまでの急ぎの用事でもないし様子見だけでも……と、声のする茂みに近づいた。

 葉を掻き分けてその奥を見ると声の主が現れた。


「子猫……?」


 黒い毛並みの綺麗な子猫。

 小さく丸まっていて、尻尾が何故か異様に長い。

 生まれたばかりという訳ではないようだが、それでもまだ幼く、親が近くに居ないことが不思議に感じられる。


「み〜……」


 子猫自体が小さくて分かりづらいが、大分痩せ細っていて元気がない、というかやっとこさ生きているくらいの状態だ。

 丸くなって寝転んでいるのも、休んでいるのではなく、単に歩くだけの体力すらないのだろう。

 このままでは他の動物や魔物に襲われかねない。

 この森は俺のような子供が遊んでいてもいいくらいには凶暴な動物や魔物が少ないが、それでも居ない訳では無いのだ。

 俺だって遠目で熊や魔物の代表例であるゴブリンを見たことが何回かある。

 放っておくには危険すぎた。

 我が家で飼ってしまおうか?

 マリーカさんならなんだかんだ言っても許可してくれそうだし、餌も俺がランニングがてら採ってくれば問題ない。


 保護しようとそっと近づくと子猫は襲われるのではないかと思ったのか威嚇してきた。


「ミーッ!」


 パリパリパリ


 …………えっ、これなんの音?

 何かの破裂音、て訳でもなさそうだし……ま、いっか。

 分からないけれど、もう手が届く距離まで近づいてしまったし、取り敢えず抱き上げて―――


「ミーッ!!」


 バリバリバリッ!


「いででででッ!?えっ、静電気!?」


 子猫に触れようとした瞬間、痺れるような痛みが襲った。

 ちょうど静電気のような感覚だったが、静電気なんてそうそう起こるものではないはずだ。セーターなんて着てないし……

 となるとこの子猫が原因なのか?

 今なお威嚇し続ける子猫から1歩離れ、よくよく観察してみる。

 黒い毛並みに金の瞳、手に収まるくらいの体躯、体の倍はあろうかという程長い尻尾の先にはパリパリと黄色いが迸って……


「電気!?」


 なんだ、この世界の猫は皆、前世にいた某赤いほっぺの国民的人気ネズミみたいな特性を持っているのか!?

 ……んな訳ないだろう。

 見間違いかと思い、目を凝らしてみてもやはり尻尾の先はパリパリしている。


 これは打ち解けないと触れられないパターンかな……


 そっと手を伸ばし――


「ミ〜……」パリパリパリ


 引っ込める。

 うーん……どうしよう……?

 餌付けでもしてみようか。

 親は見当たらないがこの辺りに生息しているのなら、この辺りの木の実も食べられるはずだよな。

 どこかに木の実はないかと周囲を見渡す。


「お、あったあった!」


 位置的には地面から2メートルくらいの高さに1つ、よく熟しているような赤い実が実っていた。

 3歳児には厳しい高さだろうが 、例外的な3歳児である俺ならいける。


 助走をつけて実がなっている木ターゲットに向かって全力疾走。

 ぶつかる2歩手前で勢いを殺さず大きく跳躍。

 空中で適当な幹の部分を確認し、それを足場にもう一度跳躍。

 ぶら下がっても折れないようなしっかりとした枝に掴まり逆上がり。

 枝の上に上がり、そのまま枝を伝って行き赤い実に手を伸ばせば……


「ほい、確保っと」


 ここ最近は程よく筋肉も付いてきて軽いサーカス芸なら出来るようになってしまった。

 マリーカさんに見せた時は、心配で顔を青くしていたが、俺の感覚としてはグルグル回ってなんか楽しかったりする。


 餌を持って木かスルスルと降り、あの子猫のいる場所に戻ってきた。

 子猫はまた俺が戻ってきたことに気付いて尻尾をパリパリさせているが、気にしない。

 採ってきた木の実を子猫の目の前に置いてみる。

 最初、子猫は警戒してこちらを睨んだままだったが、空腹には勝てないようで、俺が2・3分も何もせず待っていたら木の実の匂いを嗅ぎだした。

 前足で引っ掻いたり噛み付こうとしているが、上手くできない様子。


「お前……まだ自分で食事が出来ないのか?」


 ほんと、何故こんな子供の近くに親がいないのか不思議である。

 もしかしたら他種の魔物とかに襲われたとか?

 だとしたら可愛そうだな……こんな幼いのに……

 ちゃんと独り立ち出来るくらいになるまでは、俺が世話してやろう。


「み〜……」


 俺が、子猫が食べようと苦労していた木の実を取り上げると悲しそうな声で鳴いてくる。


「心配すんな、すぐ食べれるようにするから」


 俺は手にした木の実を齧って咀嚼した。

 その後、口のものを手のひらに出し、子猫の前に近づけた。

 離乳食風にすれば食べられるだろう。

 少し汚いと思うかもしれないが、握力で実を潰せるわけでもないし、これ以外の方法がなかったのだ。


 今回は手の上だから警戒が強かったのか、顔を近づけてくれるまでに5分くらいかかった。

 最初はチロチロと舐め、次第に口に含んで少しずつ飲み込めているようだった。

 保護したあとは暫くこういう形で食事を与えてやる必要がありそうだが、餓死は免れたと思っていいだろう。


 俺は夢中で食べ続ける子猫を微笑ましく見守るのだった。

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