第5話 年齢不詳の凄い人

「ただいま〜」


 俺は両手一杯の木の実を持って帰ってきた。

 しかし両手一杯に抱えられる木の実の個数が4個とか、……不甲斐ない。


「あら、お帰りなさい、ジルア。いつも木の実ありが……どうしたの!?そんな泥だらけになって!?」


 マリーカさんが柔らかな笑みで迎えてくれるかと思いきや、俺の姿を見た途端大慌てで駆け寄り、怪我はないかとあわあわしだした。

 心配を掛けてしまったなと少し反省する。


「大丈夫、大した怪我はないよ」

「擦り傷くらいならあるのでしょう。隠してないで見せなさい」

「……はい」


 手の平と膝小僧の擦り傷を見せた。


「はぁ……木の実を取ってきてくれるのは嬉しいけれど、あまり心配掛けないでね」

「……ごめんなさい」


 割と本気で凹んでいる俺を見て頷いたマリーカさんは優しく微笑んだ。


「それじゃ、まず手出して。すぐに治してあげますから」


 マリーカさんに手の平を見せるように出すと、そっとその手をマリーカさんが包みを紡いだ。


「【治癒の光ヒール】」


 淡い白光が手を覆い、ほんのり温かくなるとみるみると傷が癒えてゆく。

 5秒もしない内に何事もなかったかのような綺麗な元の状態の手の平へと早変わりした。


「ほら、次は膝を出して」


 膝の傷も同じように光に包まれたかと思うと綺麗さっぱり消えていた。


 そう、この世界には魔法があったのだ。

 エルフがいるのなら……と、なんとなく予想はしていたが実際に見てみると、何度見ても不思議である。

 細胞の分裂を促進している?時間の巻き戻し?何にしても科学じゃ説明出来ない不思議現象だ。

 とても興味がある。


 マリーカさんのようなエルフだから魔法が使えるのか、それともこの世界の住人であれば誰でも使えるのか、よく分かっていないが使えるのならば使ってみたい。

『彼女』がよく貸してくれたファンタジー小説では、転移・転生した主人公は剣や魔法を駆使して強大な敵と戦っていた。

 順当にいけば俺もそんな敵と戦うのだろうか?

 好んで戦いたいとは思わないが、何があっても『彼女』を守れるくらいには強くなっておきたい。

 体は今鍛えている最中なので、魔法を習得できるか色々と試してみよう。

 まずは身近な先生に質問からだ。


「魔法、使ってみたい!」

「えっと……【治癒の光ヒール】を、ですか?」

「魔法ならなんでも!」

「そうですね……ジルアなら出来ないことはないと思うけど、まずは魔法の基礎から始めましょうか」

「はーい」


 既にマリーカさんは俺のことを天才だと決めつけて接するようになっていた。

 1歳児の身でありながら流暢に(と言っても舌が発達しきっていないから片言っぽくなっている)言葉を話し、近場の森の中を走り回る、そんな子供がいたら目を疑うのが世の常というものだろう。

 で、目の前にそんな子供がいたならば、「この子は天才」ってことにして異常・非常識は当たり前と考えるようにする。

 うん、マリーカさんの判断は最善のものだったようだ。

 マリーカさんは子育ての面倒が減り、俺は若い(むしろ若すぎる?)うちに色々なことを学べるウィン・ウィンの関係。

 1歳から始める早期教育、我ながら将来が楽しみだ。


「ではジルア、魔法を発動させるために必要なものはなんだと思いますか?」

「……『魔力』?」

「……正解です。というかなんで知っているんですか?」


 お、当たった。

 前世の知識、と言って信じてもらえるだろうか……

 マリーカさんなら信じてくれると思うが、自分でも理解不明な現象を説明するとか、話がごちゃごちゃするに決まっている。

 それにたぶん長い話になるから面倒臭い。

 詳しく聞かれない限り話さなくても問題は無いかな。


「ん〜、なんとなく!」

「なんとなくで出てくる単語ではないと思うのですが……まあ今はいいです。その『魔力』について説明しましょう。『魔力』は『魔法』を発動させるための動力源と考えてください。火を保つための薪の役割です。心臓から生み出されていて全身を巡っています。不可視とされていますが―――ほら」


 マリーカさんが盆にした手の平の上には、いつの間にか緑白色の淡い光が浮かんでいた。


「少し練習すれば圧縮して見えるようになります。この時に出る色は個人の性格や適性属性が関係しています」


 …………俺は今、一般常識を超えたものを教わっているらしい。

 俺って1歳児のなんだけどな……


「ですが『魔力』だけ使えても『魔法』は発動しません。ここで必要になってくるものが―――」

「詠唱?」


 いや、詠唱と言えるほど長いものではなかったか?

 先程マリーカさんがしてくれた回復魔法では【治癒の光ヒール】と唱えていた。

 発動させるための鍵となる言葉が必要なのでは?と考えて出た言葉だった。


「だからなぜその言葉を知って……いえ、聞いても意味はなさそうですね。そう、詠唱することによって体内の魔力を操り、思い通りの魔法を生み出す。魔法使うには詠唱が必要…………と勘違いしている人が最近は多いのですよね」


 困ったように頬に手を当てるマリーカさん。

 この人、またなんか凄いこと言おうとしてないかな?


「ここ50年ほどは、唱えていれば魔法が使えるからと言って、魔法の基本も理解せず詠唱の種類ばかり増やそうと躍起になる人ばっかりで……」


 これは愚痴が始まったと捉えていいんだよな?

 しかもサラリと50年て……

 見た目20代半ばのマリーカさん、あなた実年齢何歳なんですか!?


「自分の適性属性すら分からない人もいる始末。王国で教鞭を執ることがあっても生徒は『才能があるから出来るんだ!』とか腑抜けたことを言い出して……」


 王国とか言い出したよ、マリーカさん……!

 教鞭?生徒?

 もしかしてマリーカさんってなんか色々と凄いトップクラス的な人なの!?


「『魔導師』とか持て囃されていい気になっていた頃が嘆かわしいですね……生徒達にはなんの進歩も与えられなかった……」


 今度は『魔導師』ときたか……!?


「こう言っては陰口みたいで申し訳ないですが、でも、あの子達にも原因はあると思うのです!『魔導師』の授業なら聞いただけで魔法が上手くなるとか思っていたようですし、なんでも才能で片付けて意味を理解しようとしないのはずるいと思います!努力を無視したいだけではないですか!そうは思いませんか!?」


 いや俺に言われても……

 でもそっか……とても苦労していたんですね、マリーカさん。

 今、俺が言えることはこれしかない。




「落ち着こう、ね?」


「………………はい」

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