星団(4/9)

学校創立二十年の歴史の浅いチームを甲子園出場まであと一歩に導いたのは、エース笠井と東の存在によるところが大きいが、その礎を築いたのは、県内の強豪校からヘッドハンティングされた指導者だった。子供たちに甲子園を夢見させた男――それが笠井幸司の父である笠井巌だ。

たばこを胸前に掲げ、東はかつての相棒に喫煙のサインを送ると、ジャケットのポケットから年季の入ったジッポを取り出し、紫煙をくゆらせた。

「コージ、最近、ゴルフの調子はどうだ? 相変わらず、接待ゴルフ漬けか?」

「ま、飛距離が伸びただけだな」

くわえたばこの東が、脂肪のついた笠井の肩口を見てニヤリと笑う。

「ま、メタボのお前にはゴルフボールはちっこすぎるってことさ」

苦笑いで、笠井はグラスを傾ける。

「……さて、オレはちゃんとフィアンセを紹介したし、お前の悩みでも聞こうか?」

「え? 別に悩みなんてないけどな。半年前と何も変わってないよ」

「つまんねぇな。せっかくお前のホームグランドまで来てやったのに」

口を尖らせた東が吸いかけのたばこを灰皿に置いたあとで、赤く染まった頬を右手で二三度こする。

「ま、強いて言えば、昨日、赤ちゃんポストに捨てられた赤ん坊が、オレの心配のタネかな……」

野球から話題を反らそうと、テーブルの端に置かれたメニューに手を延ばして、笠井がぼそりと言った。

自分の悩みではないが、新聞のニュースが心の奥底に留まっていた。生まれたばかりの赤ん坊を病院に置き去るのは道徳的にどうなのか。

「赤ちゃんポストねぇ……。ミカはどう思う?」

左側で聞き耳をたてるフィアンセに、東はボールを投げた。

玉子焼きに手をかけようとしていた彼女は、箸を丁寧に置いて、椅子の背もたれにかけたハンドバッグからたばこケースを出した。そうして、目線を笠井に合わせずに「失礼します」と言い、メンソールの一本を摘まみ上げた。表情のぎこちなさと相違したスムーズな動作だ。

東も笠井も何も言わずに彼女を待ち、つかの間の沈黙がテーブルを支配する。

「あまり考えたことはないですけど……こうのとりのゆりかごって、わたしはニュースでしか知りませんけど……どんな母親にだって、それぞれの事情があると思うの……」

そこまで続けて、メンソールを深く吸い込みながら、彼女は相手の反応を確かめた。

「わたしはまだ経験がないけど、子供を産むのはたいへんな仕事でしょ? 仕事って……おかしいかしら?」

男二人は何も言わず、体も動かさない。

「赤ちゃんと一緒に手紙を置くのを義務づけたらどうかしら? 何かの理由があるはずだから、それを明らかにしないと」

「経済的な理由とか、家族の事情とかな」

東がボールを受け、恋人同士は申し合わせた感じで、向い側の笠井を見つめた。

「そう、手紙じゃなくてもいいわ。お役所に提出するような書類でも。赤ちゃんを預けた理由が分かればいいの」

「……理由ねぇ」

二本目のたばこを指に挟んで、東がひとりごちた。

「それもね、母親じゃなくて、できれば父親が書いてほしい。幼児虐待なんかでクローズアップされるのはいつも母親だけど、わたしは父親こそオモテに出るべきだと思うわ。赤ちゃんが大きくなって、自分の過去を知ったとき、どんな理由にせよ、父親の意思を知った方が納得するんじゃないかしら……わたしはそう思います」

笠井は手に持っていたメニューを元の位置に戻し、腕を組む。

対話のない状態がしばらく続き、彼女は俯いた姿勢でテーブルの一点を見つめ続けた。

「そう、男の責任だよ!」

煙を天井に向かって吐き出してから、いきなり、東が声を上げた。

「……責任って言えばな……二人には初めて話すけど、オレ、別れた女房の再婚相手の連れ子に野球を教えたことがあるんだぜ」

東の告白に、フィアンセが眉を動かす。

「それは知らなかったな。初めて聞く話だよ」と笠井。

「まぁ、別に人に言い触らす話じゃないからな。オレはダメ亭主だったけど、奴の再婚相手は東大出の開業医でさ、オレとまったく正反対……で、その小学生のガキが急に野球をやりたいって言い出したんで、それなら前のダンナに教えてもらえって、『お医者さま』が言ったらしい」

たばこをアルミの灰皿で潰して、東はおでこを掻いた。



(5/9へ続く)

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