9話「要塞凄すぎる」


 異世界生活最初の食事を終わらせた後、グランおばちゃんの手が空くまでの時間で、技術者……ゴルゴンさんに水洗トイレとシャワー付き便座の使い方を説明していた。


「なぁるほどな。このボタンを押すと尻を洗うための水が出てくる訳か」

「ええ。んでこっちの丸いつまみを左右に回すと強弱をつけられます」

「みんな怖がってボタンを押さないか、興味本位で押した奴らが、壊れた壊れたって次から次に押し寄せてて困ってたんだ。助かるぜ」

「元いた世界のトイレが似たようなもんだったんで」

「そいつはすげぇなぁ。帝國はこの大陸でもっとも進んだ下水があるし、水で流す方式だから、大まかには理解してたんだが、てっきりその流す為の水がぶっ壊れてるのかと思ってたぜ」


 たまたま食事に来ていたゴルゴンを捕まえて、トイレの説明をすると、熱心にその仕組みを理解していた。

 格納庫まで説明にいく手間が省けたので万々歳だ。


「それならわざわざノズルを別に作ったりしませんよ」

「それもそうだな。しかしメンテはめんどくさそうだなぁ」

「こまめに拭き掃除した方が良いかもしれませんね」

「よし。掃除当番にはノズルを折らないように厳命しとくか」

「それが良いと思います」


 他人に説明するために、何度も便座を確認したので間違い無い。幸い日本と似た衛生概念をもっているらしく、トイレットペーパーは無かったが、代わりにお尻用シャワーと、乾燥するための温風が出るシステムになっていた。

 魔力で動くシステムらしく、結構強力な温風だった。


「しかし魔法って便利ですね」

「おいおい、こんなシステムは帝國にも無かったぞ。誤解しちゃあかん」

「そうなんだ」

「ああ、こりゃ貴族共が知ったらこぞって欲しがるだろうな」

「気持ちはよくわかります」


 タケルとて、外でトイレを借りる時、シャワーのついてない便座だとげんなりするというものだ。

 一度使ったらその便利さは骨の髄にまで刻み込まれる。おそらく日本人であれば、シャワーのついてない便座というだけで、文明的な生活からかけ離れたと感じるかも知れない。


「いっそ真似して作って、貴族に高く売りつけたらいいんじゃないですか?」

「金にはなるだろうが……概念はわかったから、作れないこたぁないが、量産する余裕は無さそうだな。そもそも帝國に持っていくわけにいかんしな」

「ああ、そりゃあそうですよね」

「今のところ資金には余裕があるはずだが……ミコナ?」


 ゴルゴンがミコナに視線をやった。


「ええ、潤沢とは言えませんが、皆が頑張ってくれているおかげで、食費などはなんとか」

「資金難になりそうなら一つの手として考えておこう。まぁ当面は無理じゃがな。手が空かん」

「覚えておきます」


 根本的にこの動き始めたばかりの要塞で手一杯なのだろう。

 それにしても……男子トイレで固まって何やってるんだろうね俺達は……。

 タケルは自分の状況を冷静に俯瞰し、頭を抱えた。


「あんたら何やってんだい?」

「あ、グランおばちゃん」

「食堂を見てくれるんだろ? さっさと行くよ!」

「なんの話じゃ?」


 呆れ顔でやってきたグランに、ゴルゴンが片眉を上げた。


「もしかしたらこのトイレと同じように、タケルが何か気づいてくれるかも知れないので、これから確認に行くんです」

「ふむ」

「わからなくても、シャルが調べてくれると思いますし」

「なるほど。ならワシも行こう」

「それは助かります」


 そんなわけでタケル、ミコナ、シャル、ゴルゴン、グランというメンバーでゾロゾロと食堂へと移動した。

 食堂は生活区画、つまり自室の階層の奥にあった。

 かなり広い食堂で、二百人はいっぺんに食事が出来そうだった。奥に大きな配膳カウンターがあり、その向こう側がキッチンのようだった。


「……なんていうか、要塞というか、軍艦っぽい作りだよなぁ」

「ふむ? そう言われると若干似ている気はするの」

「え? 帝國にもこんな軍艦があったんですか?」


 タケルは驚いてゴルゴンに振り返るが、ゴルゴンは軽く手を振った。


「まさか。大型の木造帆船に一度乗り込んだことがあるんじゃが、三十人くらいがいっぺんに食せる食堂と、キッチンがあったのを思い出しただけじゃ」

「ああ、なるほど」


 てっきり鉄製の軍艦でもあるのかと驚いた。

 もっともここに存在するのだから他に存在しないとは限らないのだが、まわりの反応を見るにこの浮遊要塞がずば抜けて特別製のようだ。

 時々すれ違う武装した人間の武器が、剣や槍なのだからその文明レベルが知れるという物だ。


「まぁとりあえず確認しちまいましょう」


 タケルはてっきりガスコンロがあるんじゃ無いかと思っていたのだが、五徳らしき物は無かった。だが、どうみても火加減調整用のレバーは存在するのだ。

 レバーを動かすと小さくランプが点灯するので、稼働はしているらしいが炎が出る様子が無い。


「んんん?」

「ほら! やっぱり壊れてるんだよ! いくら便利な船だからって薪が無きゃ始まらないだろ!」

「この狭い中で竈なんぞ作られたらたまらんぞ!?」

「じゃあずっと外で調理しろってのかい!?」


 グランとゴルゴンが取っ組み合う勢いで言い争いを始めた。

 ミコナはそれをなだめつつもシャルに質問する。


「ねえシャルちゃん。何かわかる?」

「……待って」


 シャルはとてとてと壁際に移動すると、何かの装置を操作する。すると空中に半透明のスクリーンの様な物が現れた。


「すげー……」

「本当に凄いわよね、これ」

「艦橋はもっと凄かったけどな」

「私も初めて見た時は驚いたわよ。まだ全然使いこなせてないんだけど、とりあえずこの移動要塞を進ませる操作だけは最優先でやってもらったわ」


 そりゃそうだろう。あんな渓谷に留まってたら良い的だ。


「……それが加熱装置……使い方は……よくわからない」


 シャルが指さすのはやはりコンロ風のレバーのついている板だった。コンロというよりはIHの……。

 タケルはそこまで考えてピタリと動きを止めた。


「ああ、そういう事か」


 なんで気がつかなかったのかと、辺りを見回す。


「何かわかったの?」

「もしかしたら……えっと鍋は無いかな? 金属製の奴」

「それならそこの木箱に入ってるよ」


 ミコナの代わりにグランが答える。

 おばちゃんの指した先には大型の木箱がいくつも転がっていた。

 タケルはその中から手鍋を取り出すと、蛇口から水を入れる。


「ああ、流しは普通なんだな」

「ええ。これ便利よね。レバーを上下するだけで水が出るんだもの」

「帝國にもミデリア王国にも、上水道はあったぞ。さすがにここまで機能的では無かったがな」

「井戸からくみ上げる労力が無いなんて素敵よね」

「まぁ設備を揃えるのには莫大な金と時間と労力が必要じゃがな」

「それは、そうよね」


 ミコナとグランの会話から、水道そのものが普及していないことがわかる。

 逆に言うとそんな文明レベルの世界で上下水道が完備されている帝國という国は、とんでもない国力を持っているということになる。そんな便利な国から逃げ出してくるのだからよっぽどなのだろう。


「とりあえず試してみる」


 タケルは円型の印が描かれた板の上に、水を張った鍋を置いてから、火力調整用と思われるレバーを最大にした。


「……何もおこらないねぇ」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 皆が興味深げに鍋を覗き込む風景は、端から見たらギャグだろう。

 だが全員が真剣なのだ。


「ああやっぱり」

「何がやっぱりなの?」

「見てればわかるよ。ほら」

「……あ!」


 ミコナは鍋の底に小さく産まれた空気の泡に気がつく。一つ、また一つと増えていき、気がつけば水はゆっくりと沸騰していったのだ。

 何てことは無い。そのまんまIHコンロだったのだ。


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