第34話 ナタラージャ

 緊急ステージクリアだって? 一体何のことなんだよ……。目を覚ますとそこは、ついさっきまでラクタヴィージャと戦っていた場所に違いはなかった。あぁ、もしかして……俺はあの時からずっと寝てたってことかァ。

 しかし、長い間頭の中かき回され続けたせいでえらい疲れたなぁ……そう思い、ひとつ溜息をついた。そしてそれは途中であくびに変わっていく。ノイも横ですっかり寝ちまってる。カミナリ落としたり、大暴れだったもんなぁ、はは。


 ――しかし……さっきまでの事は、夢だったんだよなあ?

 逆に、あんな事が現実のワケがねえ。だとしたら、なんだよあのノイのミュータントっぷりはよ……俺のハイアーセルフも十分イカレてたけど、こいつはあの異次元空間を引き裂いて中に入って来たんだぞ、なんだそれ……はは。そんなことが実際にあるワケがねえ。あるワケがねえんだ。……そう、あるワケがねえ、んだけど……夢にしてはやけにリアルだったな。悲しい気持ちとか、俺の生まれる前の話とか……にしても、俺ァこの世界の創造主ってか、大それた話もいいとこだぜ。



 ――うん、あり得ない内容ばかりだったんだけどさ……ただ、やっぱり日常生活よりもある意味リアルだったぜ。それに……ノブルはノイに目をやった。


 ノイの顔のヒビ、さっきのまんまなんだよなぁ……。

 改めてそれを認識すると、不安と胸の苦しさに押しつぶされそうになる。

「ごめんな、ほんと」

 なんだか凄く申し訳ない気がしてきて、聞こえているはずもないのは分かっているものの、ノイに詫びてみる。


 ――――その時。

 突如上空に気配を感じた俺はパッと上を向いた。


 あ? なんだあれ?

 俺らのちょうど真上辺りに、なんだかよくわからない塊の様な物体が浮かんでいるぞ。

 いや、浮かんでる……? 段々大きくなって……って、もしかして落下してきてる? おいおいおい。しかもかなり高い位置から凄い勢いで落ちて来てるみたいだぞ……距離から察するにめちゃくちゃでかそうだ……嘘だろ? あんなん今から逃げてかろうじて直撃をまぬがれたとしても、衝撃やらでどうにかなるもんじゃないだろ!

 今から寝てるノイを抱えて逃げる……いや、確実に間にあわないな。ちっくしょうなんだよあれ! ふざけやがって……


 なんにせよ、逃げられない。ゲームオーバーじゃん。ノイごめん。早々に諦めた俺は変な半笑いでその物体が落ちてくる様を眺めていた。もうすぐそばまで落ちて来ている。「まじなんなんだし……はい終了~……っていや、マジでよぉぉォオオオ!」

 俺はノイに覆いかぶさる形で伏せ、恐怖のあまり目をギュッと閉じた。


 そのまま頭上の得体のしれないそれは物凄いスピードで俺らの頭上まで落ちてきて……そして。


 ――ガキイイイイイイイイインッ!!

 俺らの頭上、すぐ目の前で何者かに阻まれるかのように落下を止めるその物体。

「…………え、へっ!?」

 その時初めて自分達の周りがドーム状のバリア? の様なもので覆われている事に気付いた。それはどこか高級感を感じるような淡い色味を携えており、意識しなければ実体を感じさせない程の薄さ……にも関わらず、とてつもない耐久力をもったそれは――ラクタヴィージャ戦でノイが怒りに任せて作り出した歪な形の物より、明らかに質の高いものだった。


 やがてその巨大な塊から、二つの人影が姿を現し俺らの元へ降りてきた。


「うわあ、本当にキズ一つ付いて無いやあ! エラさんの作る結界は本当に凄いんだねえ、キシシシ」

「だから言っただろ。さっきは僕の結界を試すようなふざけた言い方してさ……。舐められたく無かったし、自信があったから今回は挑発に乗ったけど、次回からはこんなサービスしないからね」

「ハイハイ、優しいなあエラさんは! シシ」


 「な……ッ!?」二人の会話を聞いた俺は、自分の耳を疑った。結界とやらの強度を試す為にわざわざ俺らの真上に落ちてきたっていうのかよ、いくらなんでもクレイジー過ぎだろ。


「ふっ……ふざけんなよテメーら! もしこいつが衝撃に耐えれてなかったら、俺ら今頃ぺっちゃんこで間違いなく即死じゃねーかよ! ほんと一体どういう神経してんだか……」


 逆上した俺の言葉を聞いた二人はきょとんとしていた。


「おお……平面ガエルみたいだね。シシ」

「さっきも言ったとおり耐えられないなんて事はないんだけど……まあうまく言ったんだし、結果オーライでしょ? 結界だけにさ。それにしても無事クリアー出来たんだね、ノブル君さすが。」


 ……駄目だ、こいつらいつか殺す。

「ノイちゃんはまだ寝ているようだね」

「……あぁ、疲れてんだ、もう少しそっとしといてやってくれ。それはそうと、この頭上のバカでかいのは一体なんなんだ……」

 そう言って俺は歩きながら、まじまじと眺めてみた。よく観察してみた所――


「うわあああ!! 動いた!!」

 最初は真下から見いてたから全然わからなかった。全貌を確認するために少し距離を取って改めて見てみると、凄く巨大な人だった。って人なワケないけどな。


「な、なんだコイツ……」

「コイツなんていっちゃいけないよ。ノブル君を助ける為にわざわざ来てもらったんだから。彼こそインド神話最強の神、シヴァだよ」

「マジかよ……」


 俺がじっと見ていると、そのシヴァとやらと目があった。

 ――そいつは俺に対し笑みを見せて、口を開いた。


「नमस्ते」




 ――いやいや、わかんねーから……。




「こんにちはって言ってるよ」

 ほうほう、エラはほんとなんでもわかるんだな。

「え? や、やあ、こんにちは」

「यह एक अच्छा चेहरा है」

「えっうっうっうん、そうだね、うん」

「राहत मिली」

「はは、心配かけましたね……」


「あははは、なんとなく会話成り立ってるよ、ノブル君」

「笑ってんじゃねーよ!!」

 そこでエラが会話に入った。

「というわけなんだ。わざわざここまで来ていただいたのに申し訳ないけど、問題は無事解決したみたい。あなたにはアムリタを無事渡せてあなたも復活出来たし、カーリーにとって悪い虫であるクンダリニーを退治したってことで彼女の機嫌も問題無いだろうし、これにて一件落着だね」

「यह सही है」

「え? エラ? 全然状況がわかんねーんだけど」

「またあとで説明するよ。それほど大した話でもないんだけどね」

「あ、そう」

「それではシヴァ、あなたの踊りを見せて!」

「छुट्टी」


 エラがそういうとシヴァがゆっくりと手を動かし始め、足はステップを踏み、リズムを刻みだした。

 最初はへええと面白半分にその踊りを見ていたが、流れる様な滑らかさと躍動感溢れるそのリズムに次第に視界がシヴァに強くフォーカスしていき、やがてシヴァの踊りにしか認識が及ばなくなる。


 エラがゴクリと喉を鳴らして言った。

「か、彼のダンスは、宇宙のリズム。この退廃した世界を滅ぼし、再生へと導く……」

 シヴァの動きが物凄く細かいストロボ状に見えてきた。動きが絶えず連続していく様はまさに再生のイメージがぴったりだ。


 あ、わああああ……すごい、すごすぎるうう……

 あの滑らかで表情のある手の動きで脳味噌を撫でられているかの様な不気味な快感に襲われる。

 わあああああああやばいよこれ! 頭おかしくなりそ!


 そんなこんなで意識混濁でガクガクしていたらシヴァの踊りが終わりを迎える。


 ――バーン!!

「す、すばらしすぎるううううううううううう!!!!」

 その姿はとても雄大で、眩しいくらいの後光が差していた。その素晴らしさに俺らは全員で歓喜した。


 皆で声を合わせ、涙を流しながらシヴァに感謝を伝えた。

「最高の踊りを見せて下さって、ありがとうございましたあああ!!!!」

「अंत करने के लिए गुड लक」



 例のガイダンスロボの声が聞こえてくる。

「おめでとうございます。これにて第四ステージ、クリアーとなります」


 おお。初めて気分よくステージが終わったぜ。

そう思っているうちに景色が霞んでいった――


 ~~~~~~~~◎~~~~~~~~~


「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 ゴメオの悲痛な叫び声がラボ内にこだまする。ゴメオは両目から大量の血を流していた。

「ゴメオ様! 大丈夫ですか!?」

「うるさああああい!! 大丈夫なワケあるかあああああ!!」

 ゴメオに近寄った研究員は思い切り吹き飛ばされ、壁に思い切り激突する。

「クソォォオあの死にぞこないの女、調子に乗ってぇぇえ!」


 ゴメオの荒れ具合を、研究員達は怯えた様子で見守っていた。呼吸も乱れ、非常に興奮していたゴメオだが……唐突にフッと落ち着きを取り戻す。


「――まぁ、いいや。視覚なんて無くたって。むしろ集中したい時には、邪魔だとすら思っていたからね。それより、私の予感は間違いでは無さそうだ。私の予知夢はやっぱり当たる。それがわかっただけで、十分だ。みんな、悪かったね。もう、落ち着いたよ」


 その言葉を聞いた研究員達、取り敢えずと言わんばかりに胸をなでおろす。


 そんな中、一人の研究員が口を開いた。

「ゴメオ様、すぐ医務室にて応急処置を受けていただいて病院に行かれた方がよろしいかと……ミッションクリアーした四名の被験者についてのご指示さえいただければ、後は我々が……」


 そう話す研究員の言葉を遮らんばかりに、ゴメオは閉じた状態の目で鋭く睨む。

「――もう済んだと言っただろう。イライラさせるんじゃないよ」

「いやっそうはいいましても……ヒッ!?」


「――――うるさい。お仕置き、DIPTだ」

 研究員が言い訳を始めるもゴメオは聞く耳ももたず一言、言い放った。すると――――




 その言霊の対象である研究員の体に、今まで生きてきた中で感じた事の無いような激しい快感の波が押し寄せる。筋肉はみるみるうちに弛緩していき、立っている事もままならずその場にへたり込む。表情筋も完全に緩みきったその顔は、酷くだらしなくよだれも垂れ流し状態だ。




 かと思っていた矢先、研究員の様態は急変する。

「アアアなんだこれは……気持ちいい、気持ちよすぎるぞ……頭が……アアアアアーッ!!!!」

 対象の研究員の体を続けざまに、恐ろしいまでの快感が襲う。研究員は身悶えし、錯乱状態で体を掻き毟る。やがて掻き毟る力もコントロール出来ず痛みも全て快感に変換されてしまう為、彼は自らの顔や体の肉を抉り、あっという間に血みどろになっていく。

「あは、あははは、あっははははは!! あっははははははははははははははは!! みんな大好き!! もうだいしゅき過ぎて、おかしくなりそう!!」

「フン。お前、もう十分おかしいよ。それより、お前達は私の言う事を聞いてさえいればそれでいいんだよ。意見なんて求めてないよ」


 その研究員の男はそのまま奇声を発したまま辺りを血の海にする程まで体を掻き毟り――やがて動かなくなった。掻き毟り続けていた胸元は彼の肋骨の綺麗な白い色を覗かせており、赤と白のコントラストがより一層異常さを物語っている。


「しかし、DIPTに関する実験は、猿やマウスを使った動物実験を今まで何度も行ってきたけど……人間でもこうなるのか。なんていうか……人の知性なんてどうにも浅ましいもんなんだね。お前らも勉強になったろう、色んな意味で」

「えっ……あっはい……」


 これこそがこのラボの研究員達に『死ぬ時はゴメオ様のDIPTで快感に打ちひしがれながら死にたい』等と冗談交じりに言い伝えられているゴメオの脳力の一つ『DIPT』である。


 そうして、ゴメオは他の研究員達に体を向き直す。

「お前達には、今から伝える内容で、最後のミッションの準備に至急取りかかってもらうよ」

「な、なんですって……先程の第四ステージが最後のミッションのはずでは……」

「予定変更だ。このまま終われるか。今日は人類、いやこの世界にとって長い歴史における最も重大な1ページなんだよ」


「しかし、第五ステージなど全く準備しておりませんでしたが……我々は一体、どうすれば……」

「決まってるだろ。――あの部屋を使う」

「あの部屋というと、『アター』ですか? 無茶です! あれはまだ開発段階で十分な検証が取れていません!!」

「大丈夫だよ、心配いらない。私がホストをやるからね。それに私はこの実験で命を落とすなら本望だ。フフフ」


 研究員達が呆然と見つめる中で、気持ちを高めていくゴメオ。




「よし、これから説明するよ。SPACEBABY MEDITATIONファイナルステージ。


――題して『Divine Moments of Truth』」

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