第29話

 



 モヒートの指示に従い、馬を降りて綱を引きながら宮殿内に入っていたルイザは、給仕として追随していた一人に馬を預けて幌の中へと入っていった。


 幌の中には僅かな物財が入った袋と、モヒートの金属ロープで縛られた赤毛の少女が転がっていた。


 賊の襲撃から赤毛の少女を強奪した後、モヒートたちを別の賊だと勘違いした――いや、正確には勘違いでもなく正にその通りなのだが、赤毛の少女がひどく暴れ騒いだため、食事の時など以外は縛り上げて猿轡と目隠しをされていた。


 ルイザは人を物財とみなして扱うことを肯定しているわけではないのだが、時代の流れとモヒートの方針に黙って従うことにしている。


「目的地に着きました。まずは目隠しを外しますので暴れないように――」


 ルイザの声に少女は体を震わせたが、女性の声とその言葉に最も恐れていた事態が起きたわけではないと知り、されるままで体を硬直させていた。


 目隠しと猿轡を外し、体を縛る金属ロープを緩めて一定の自由を取り戻させる。ロープの先端に付いている鉄輪で両手を後ろに繋がれ、反対側はルイザの手に握られている。


「ここは……モールの宮殿?」


 赤毛の少女は幌の向こう側に見える景色を眩しそうに見つめると、自分がどこに連れてこられたのかをすぐに理解した。


「そうです。貴女はアクマリアの交易団に拾われ、今は物財として領主会議の会場となる宮殿にいます」

「ア……アクマリア……まさか……よりによってあの強欲デブの仲間に捕まるなんて……」


 赤毛の少女は森で賊に襲われてからここまで、自分が助けられたとは一瞬たりとも思っていなかった。

 襲いかかった相手が変わっただけ、ただそれだけだ――だが、それがよりにもよってアクマリアだとは思っていなかった。


 アクマリアを支配するバストラルと言えば、女は全て自分のものとし、老人子供には重労働を課して奴隷にすると有名だった。

 そんな所へ連れて行かれれば、自分の自由は二度と手に入らない――いや、すでに体を縛られ、目隠しまでされてここまで連れて来られた。自由などすでに失ったも同然なのかもしれない。


 そんな赤毛の少女の心情を察しながらも、ルイザは何も言わなかった。


 モヒートによってアクマリアの支配体制が一変したことは、街の住人以外には誰もしらないことだ。国という統治体制が崩壊し、国同士・街同士の繋がりは分断され、情報が自然と流れ出ることは決してない。

 僅かな情報すらも交渉材料として売り物扱いされる時代だ。それも支配者の交代という大ニュースは、街という安全圏と肥大した支配欲を満たすには格好の獲物。


 おいそれと外に漏らす話ではない。アクマリアの支配体制が変わったことは、領主会議の場で初めて伝達されることになっている。


 それまでは、漏らす必要のない情報を伝えることはない。


「あなたをここに残しては置けません。私たちの部屋へ連れていきますので、このまま付いて来てください」

「……わかったわよ」


 少女の両手を鉄輪と金属ロープで繋いだままルイザが先に幌から降り、続いて少女が飛び降りた。


「本当にモールの宮殿なのね……ハァ〜、あたしの人生どうなっちゃうんだろ……」


 まるで捕縛された賊を連行するような姿は、宮殿内で働く給仕たちや領主会議の関係者たちの好奇の目に晒された。

 だが、少女をロープで繋いで堂々と歩くルイザの姿は凛々しく、清廉された立ち振る舞いは間違いなく騎士ライダーのそれだった。




 一方――モヒートとカーライルの二人は宮殿の一室で物財の確認をおこなっていた。


「この長剣……未使用ですね」

「こっちの鍋や包丁もだな」

「あの少女……どうやら鍛治師の娘のようです。鍛治師本人が手に入らなかったのは残念ですが、もしかするとあの少女、良い拾い物かもしれません」


 賊の上前をはねて手に入れた物財を床に広げ、野営中に確認しきれなかった物を一つ一つ品定めしていく。


「アクマリアの鍛治師は足りていないのか?」

「基本的に、足りているものなどありません。アクマリアに鍛治師は数人おりますが、皆が高齢で生産能力は落ちる一方です」

「馬車に潰されて死んだ奴もジジイだったが、何か教わっていれば若い鍛治師が手に入るってことか」

「そういうことです」

「ふふん、悪くねぇな。この布に包まれたのは確認したか?」

「いえ、まだで――す!?」


 モヒートが布に包まれた刃が剥き出しの短剣を取り出すと、カーライルの表情が一変した。


「ほぉ〜って、普通のナイフに見えるが?」

「普通どころじゃないですよ……ちょっと、よく見せてもらえますか?」


 モヒートはナイフを回転させて白銀に輝く刃を摘むと、柄をカーライルへと差し向けた。


「ありがとうございます」


 差し出された柄を恭しく受け取ったカーライルは、ナイフを部屋の明かりに照らしながら何度も刃を返し、そっと指先を引いて切れ味を確かめる――。


「魔剣です――間違いなく魔剣です。この刃幅から考えると試作品だと思いますが、刃の輝きと内包するマナの波動、小さくとも立派な魔剣です」


 魔剣――それは魔族の肉体組織を素材として作られた特別な武器だ。人が内包する微量のマナに反応し、刀身に宿した能力を発現する。

 幻想騎兵エクティスを持たない人々が、その力への羨望から生み出した人を一歩先へと誘う魔法の武器。


 その素材となる魔族の肉片だけでも交渉材料としては申し分ないのだが、それが魔法の武器となれば望みの物を望むだけ手に入れられる。


「食糧だけでも十分かと思ったが、思わぬ拾い物でボーナスが期待できそうだな」

「えぇ、後で目録に加えておきます」

「ルイザにあの小娘をここへ運ばせている。話を聞いて造った奴と場所を聞き出せ、可能なら……そいつも手に入れるぞ」


 魔剣を打てる鍛治師は金の卵を生む鶏も同然だ。その鶏か、もしくは金の卵が護衛も付けずに馬車で移動などと、それは誰の庇護も受けていない証左でしかない。


 モヒートとカーライルが息を合わせるように鍛治師探しの打ち合わせを続けるが、その内容は働き手を探すような穏やかなものとはかけ離れていた。

 強盗団に属す悪党であったモヒートにとって、技術者を攫って発掘・発見した機械を修理させることは珍しいことではなかった。

 だが、カーライルはバストラルに雇われていたとはいえ、唯の実務担当官でしかない。人を殺めたこともなければ、喧嘩すらしたことがない男だった。


 しかし、だからと言ってカーライルが生真面目で優しい人物かといえば――そんなことはない。いや、あるはずがなかった。


 バストラルの配下としてアクマリアのあらゆる数字と付き合い、どんなに冷酷なことであってもバストラルに進言して判断も下してきた。


 つまるところこの男――カーライルもまた、悪党であった。



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