第25話






 大猿ギャリドンを倒した翌朝、モヒートは防衛隊と共に防壁の外側を捜索していた。


「モヒート卿は魔族の侵攻ルートを辿って見てください。満足歩けない疫鬼グールや道中で疫鬼グール化したものが眠っているはずです」

「いいだろう。見つけたら瘤を破壊すればいいんだな?」

「はい、休眠中の疫鬼グールは捜索犬がすぐに見つけてくれるはずです。よろしくお願いします」

「おぅ、行ってくるぞぉー」


 モヒートは片手でアリオンのアクセルを回し、もう一方の手には捜索犬のリードを握って防壁の外へと走り出した。

 随伴者はいない。従者であるルイザは急激なマナ欠乏状態で気を失った後、死んだように眠ってまだ起きていなかった。


 その代わりに、モヒートの背後にはキラービットが一機追随している。


 大猿ギャリドンを殺る手段として稼働させたキラービットだったが、元々防衛用のキャスターと対を成す、攻撃用のドローンとして大戦時には広く使われていた。

 球状の胴体後部に配置された二対の円盤型スラスターで浮遊し、二門のミサイルランチャーとビームガンを基本装備とした拡張型の無人攻撃ドローンなのだが、文明崩壊後は弾薬の補充や換装兵器の確保、製造が難しく、アルキメデスから弾薬を変換補充できるビームガン以外の武装を使用できる機体は殆ど残っていなかった。


 だが、モヒートの場合は違う。体内の武器製造プラントでマナを変換して弾薬を製造し、用途に合わせて武装の換装も可能。キャスターと運用方法は同じだが、全長一メートルにも満たない小型ドローンの汎用性はキャスターの比ではない。


 モヒートもそれをよく理解しているからこそ、防衛用キャスターの製造を二機にとどめ、この一ヵ月でキラービットを二機、それに拡張装備を何種類も製造していた。

 だが、大猿ギャリドンを殺る手段を考えた時、キャスターをいとも容易く破壊する膂力に、ビームガトリングガンの乱射が致命傷になりえない耐久力、それらを見せつけられれば、二機では不十分だと感じるのも無理はない話だった。


 プラス二機――それだけの戦力を急ピッチで製造するには、大猿ギャリドンと戯れながらでは無理。そう判断したうえで、モヒートは一時的に身を隠して急造に専念していた。


 結果的にルイザのサポートによって大猿ギャリドンは身動きが取れなくなり、生きたまとでしかなかったが、魔族との戦いはモヒートの行く道に立ち塞がる強大な障壁になることは間違いない。


 キラービットを複数機用意したことは決して無駄にならないはず。モヒートはそんなことを考えながら、捜索犬の走る速度に合わせてアリオンをゆっくりと朝日に照らされる雑木林の中で走らせていた。


 魔族と疫鬼グールたちが樹々をへし折って出来た雑木道を逆走していると、さっそく捜索犬が騒ぎ始めた。


 モヒートはアリオンを停車させ、捜索犬が引く力に任せて雑木林の中を進むと、すぐに悪臭に気づいた。


「こうみると、ただの腐乱死体じゃねぇか……」


 悪臭に鼻を歪ませながら進んだ先には、上半身だけの背中に大きな瘤をつけたものや、縦半分に分断されたものなど、明らかに移動がままならない疫鬼グールたちが休眠状態となっていた。


 捜索犬のリードをビームガンの銃身に括り付け、同時に体内からスパイクメイスを取り出し、畑仕事でもするかのように瘤を潰し始めた。




 モヒートがそんな作業に追われている中、砦内では昨夜から粗末な会議室に主要人物たちが集まり、昨夜の被害報告や魔族襲来についての協議に明け暮れていた。


「――破壊された防壁の修復と負傷者の治療はどうなっているの~ン?」

「防壁は緊急対応として土嚢を積み上げています。負傷者に関してはルイザ卿のお陰で治療が完了、結果的に死者一名で済んだのは奇跡としか言いようがありません」

「そのルイザはまだ寝ているの?」

「えぇ、モヒート卿が言うには、ライデン様の治療でマナを使い過ぎたのだろうと……」


 大猿ギャリドンの強打を喰らったライデンも、ルイザが持つ治癒の能力によって全開し、夜通しの協議に参加していた。

 しかし、戦闘によってマナを消費したのはライデンも同じ、青ざめた表情に気怠そうな体――疲労も重なり、本来ならば休養を取らなければならないのだが、アクマリアの支配者として協議には参加せざるを得ない。


「モヒート卿といえば……ライデン様、あの幻装騎兵エクティスは一体何なのですか?」


 協議に参加していたヘッケルの疑問は参加者全員の疑問でもあった。魔族を打ち倒すさまを一部始終見ていたヘッケルにとって、モヒートの力と幻装騎兵エクティスの能力はバストラルを単独で倒す以上の衝撃だった。


「アタシにだって判らないわ~ン。それでも一つ確かなことは、魔族を仕留めるほどの圧倒的火力を持った騎士ライダーが、アタシたちの味方になったってことよ~ン」


 ライデンはルイザの一族に伝わる儀式について吹聴するつもりはなかった。そもそも正確な話は知らないし、全ての話を聞いているわけでもない。ここでモヒートの正体がいかなるものなのかを語るよりも、ルイザの能力と共に頼れる騎士ライダーであることを確信する方が重要だ。


「その通りです。魔族を退けるほどの騎士ライダーに守られる街はそう多くはありません。アクマリアの民はライデン様を中心により結束し、対外交渉でも非常に優位な立場で当たることができるはずです」

「だけどカーライル、魔族の死体は残っていないけど大丈夫なのかしら~ン?」

「それは問題ないでしょう。戦闘で飛び散った肉片を少し調べるだけでも、潤沢なマナを感じることが出来ます。こんな素材は魔族由来以外にあり得ません」


 魔族の肉体はマナに満ち足りており、それを触媒とした武器の製造などに用いられる。だが、この技術を今も継承している職人は少なく、その殆どが有力な騎士ライダーに囲われている。

 アクマリアには一人もいないのだが、大猿ギャリドンの肉片を手に入れたことで、今度の領主会議では物財として魔剣を手に入れられる可能性が出てきた。


「そうなると……鍛冶師を一人連れて行く必要があるわね」

「むしろ、魔族を狩る力を見せつければ腕のいい職人を招き入れることも可能かもしれません」


 カーライルの進言はもっともだった。魔族の素材を手に入れることが出来るのならば、それを餌に魔剣職人を囲うことも不可能ではない。

 だが、この交渉は他の街や騎士ライダーにどう思われるか判らない。魔剣は幻装騎兵エクティスに遠く及ばないにしろ、人が持つには大きな力となる。もしもそれを量産できる街が出てくれば、周辺地域を支配圏に納めることも可能だ。


 それはバストラルが望んだ現実味のない欲望ではあったが、モヒートの存在によって一気に現実味を帯びてきた。


 だが、ライデンはそれほど欲深い人間ではない。今はただ――多くの国々が滅亡し、文明が荒廃したこの大陸でどうやって生き抜いていくか。

また、押し付けられたアクマリアをどうやって守っていくかを考えるのに精一杯だった。




 魔族襲来から数日後、アクマリア周辺の疫鬼グールをあらかた排除して迎えた満月の日。モヒートを団長とした交易団はアクマリアの正門に整列し、領主会議が開かれる街へと出発しようとしていた。


「ルイザ、カーライル、頼んだわよ~ン」

「行ってきます」

「商談と交渉はお任せください」

 

  見送りに立つのはライデンとヘッケルたち防衛隊の面々。当初はカーライルも残る予定だったが、モヒートの体内に収納できる食糧の量が予想よりも多く、さらには魔族の肉片という貴重な物財を手に入れたこともあり、交渉役として同行することになった。


「さっさと行くぞぉー」


 モヒートはすでにアリオンに跨って交易団の先頭にいた。物財の殆どをモヒートが収納したため、交易団と言っても幌馬車二台程度の規模しかない。


「まったく……あのイケメンにも困ったものね。ルイザ、領主会議ではくれぐれも頼んだわよ~ン」

「ふふっ、心配はいりませんよ」


 領主会議でも何かをやらかしそうな不安がよぎるライデンだったが、ルイザは何も心配していなかった。

 たとえ何が起こっても、モヒートなら飄々と乗り切ってしまうだろうし、ルイザは何が起きても――何を起こしてもモヒートについていくと決めていた。


 そんな二人の気持ちを知ってか知らずか、モヒートはアリオンのアクセルを回し、永久機関『アルキメデス』をフル回転させて爆発的なエネルギーを生み出していく。

 そして交易団の先頭から最後尾のライデンたちの所へとアリオンを回し、車体を滑らせるようにしてルイザの真横に着けた。


「行くぞ」

「はい」


 僅かに視線をルイザに向けて、モヒートは道なき道の先に視線を戻した。


「モヒート! 頼んだわよ!」

「おぅ――出発だ!」


 ライデンの一声に投げやりに応え、モヒートはルイザがリアシートに座ると同時にアクセルを回した。





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